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前編

130部分からの分岐のお話です。

最終話を書いてから数ヶ月してようやく書くことができたお話です。書いてみると不思議にも、なかなかしっくりきてしまいました。こっちの終わり方も好きです。



「フィン・オースティンを呼んできて! レット・フォードを殺したわ……!」


 牢の兵たちにそう叫ぶと、彼らは素直にフィンを呼びに走る。牢の中では、レットが驚愕の面持ちで、煙が昇る銃を見つめた。

 

 発出された弾は、レットを大きく外れた位置に着弾している。明らかに、殺意のない弾だと分かるにもかかわらず、レットは青ざめていた。


「よせ、よすんだ……」


「あなたを助けたいの」


「言っただろう、助けなら、もうもらっていると。あなたが生きていることが私の幸福だ」


 彼にとっては、死よりも、生きて外へ出ることの方が恐ろしいのだ。ロキシーは無性に腹が立ち、牢の柵を両手で掴んだ。

 これだけしても、なぜ彼に、伝わらないのだろうと思いながら。


「あなたはいつだってそう! 自分がすり切れるまで人のために生きて、今度は人のために死のうとしている。それが幸せだって納得して。――だけど、じゃあわたしの幸せはどうなるの!」


 レットの顔に、困惑が広がっていく。

 ロキシーの言葉の意味が、まだ分からないのだ。普段の彼は鋭いくせに、自分のこととなると途端に鈍い。

 その時、廊下の奥から声がした。


「ロキシー!」


 叫ばれた声は、フィンではなくルーカスのものだった。

 驚き振り返ると、背後にフィンを伴って、ルーカスがやってきた。

 

「ルーカス、どうして……」


 余計な罪を、弟まで抱え込むことはないと、これからしようとすることを、ルーカスには言っていなかったのに。


「ロキシーの考えならお見通しだ。何が望みかも――」


 寂しげに微笑むルーカスは手に、兵服を持ち、それをレットへ差し出した。


「ほら、これを着てくれ。牢を出るとき誤魔化せると思う」


 レットは動かず、兵服を凝視する。

 ルーカスの背後にいたフィンは進み出るとまっすぐにレットを見据え、言った。


「ルーカスから、全て聞いた。フォードさん、あんたは馬鹿だ。稀代の大馬鹿野郎だ。

 だけど、俺はもっと馬鹿だった。何一つ、気がつかなかったんだから」


 フィンは拳を握りしめる。レットへの怒りか、自分への憤りか。だが彼らしい、真摯な言葉だった。


 持っていた鍵でフィンが牢を開けると、レットに向けて手を差し伸べる。

 それを凝視していたレットだが、やがてゆっくりと、その手を取った。


 フィンはレットを、牢の外へと導く。


「……フィン。君はすごいよ。腐らず曲がらず夢を叶え、見事、成し遂げたんだから」


 だがフィンは自嘲気味に笑う。


「正直言って複雑だ。一人の力じゃ無理だった。だろう? ……結局、勝てなかった。国を思う気持ちも、ロキシーのことも」


「すまなかった。君にも、随分とひどいことを言ったし、許されない仕打ちをした」


「くそ、勘弁してくれ」


 居心地が悪そうに、フィンは言う。


「謝罪なんていらない。善人が死ぬのはもうたくさんなだけだ。

 とはいえ、どうにかして落とし前を付けなくちゃならない。レット・フォードは獄中死したことにして、あなたは、姿を消してくれ」


 望むなら身分と家は保証する、とフィンは言った。

 時間はあまりない。悠長にしていると、何も知らない兵士に出くわしてしまうかもしれない。まだ棒立ちのままのレットの腕を掴むと、ロキシーは言う。


「行きましょう、レット。わたしも一緒よ」


「なんだって?」


 彼の眉間に皺が寄る。

 気にせず、ロキシーは言った。


「あなたの行くところに、わたしも行くと言ったのよ」


 レットが即座見たのはロキシーではなく、唇を噛みしめているルーカスだった。


「ルーカス、君はそれでいいのか?」


 遠慮がちに尋ねるレットの言葉に、ルーカスは堪えるように目を閉じ、だが堪えきれなかったのか声を荒げて叫ぶように言った。


「ふざけてんのかよ!」


 持っていた兵士の服は、勢いよく床に投げ捨てられる。ルーカスは怒っていた。怒りながらレットの胸ぐらを掴み、壁に押しつける。


 慌てて間に入ろうとしたロキシーを、フィンが止めた。


「彼らが大切なんだったら、好きなようにさせてやれ」


 だからロキシーは、二人を見守る。

 ルーカスは言った。


「あんた本当に、馬鹿なんじゃないのか!? この後に及んで、まだ他人のことなんて考えてんのかよ? 

 もう今更誰もが知っているから言うけど、オレはロキシーのことが好きだ。大好きだ! 他の誰にも目が向かないくらい、恋してるんだよ!」


 ロキシーの心はずきりと痛む。ロキシーだってルーカスを愛している。だけどそれは、レットへ抱く思いとは、また別だった。

 ルーカスは、聡い人間だった。それに既に、気がついていたのだ。きっとロキシーが気付くよりも、遙か昔から。


 顔を歪めながらルーカスは言う。


「だけど、オレはあんたにだって、幸せになって欲しいんだ! あんたのことだって、オレは好きなんだよ! あのくそったれの戦場で、あんたは本気で人のために働いていた。それにどれだけ勇気をもらったと思ってるんだ? 

 戦場だけじゃない。いつだって、どんな時だってそうだ。オレがあんたに、どれだけ敵わないと思わされて、嫉妬して、憧れて、尊敬したと思ってるんだ!」


 ついに堪えきれなかったようにルーカスの目に涙が溢れ、そして手を離し、懇願するかのように頭を垂れた。


「あんたとロキシーが、いつもそうしてくれたように、オレだって、愛する人たちの、幸福の糧になりたい」


 赤い目が、ロキシーに向けられる。


「行って、ロキシー。お母様がいつも言っていたように、幸せになるんだ」


 そしてルーカスは、レットに微笑みかけた。


「ロキシーを幸せにしてくれ。そしてあんたも、絶対に幸せになってくれ。もう誰のことも気にせずに、自分のために生きて欲しい。……ありがとう、あんたに会えて、本心からよかったと思ってる」


 それが、愛する弟との別れだった。


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