未来へと、彼女は進む
ロキシーが目を覚ました時、側にいる人物を見て、夢なのかとまず疑った。
「ロクサーナさん、おはよう」
「シャノンさん……?」
自分の声はひどくかすれる。
起き上がろうとするが体が痛く、失敗する。見ると体に包帯が巻かれていた。
「ロキシー! よかった。本当に……」
ベッドの反対側にはルーカスがいて、目に涙を滲ませている。彼の後ろの窓から、日差しが降り注いでいるのが見えた。朝だ。
ようやく事態を飲み込んだ。
自分は撃たれて、そしてシャノンに助けられたらしい。
「ここはどこ?」
やっとそれだけ言った。
「ルーカスさんの部屋よ。傷を見るわ。ルーカスさん、外に出ててくれない?」
「ロキシーの側にいるよ」
「服を脱がして裸にするのよ。それとも手伝う?」
するどいシャノンの声に、ルーカスはたじろいだようだ。
「朝食でも準備してくれていた方が、よっぽどいいんだけど」
無言で頷き、彼は部屋を出て行った。
「誰だか知らないけど、上手に撃ってくれたのね。筋肉が元の形に戻ろうと、血を止めたのよ。内臓も傷ついていなかったし、生きてるのは、偶然。または奇跡、ね。あたしが近くにいたのも、運が良かったわ。だけど三日も目を覚まさなかったから、そのまま死ぬかと思った。病院は負傷者で溢れかえっていてとてもじゃないけど受け入れてもらえなかったこら、こに連れてきたわ。あなた専属の、優秀な看護師もいることだしね」
「……あなたってやっぱりすごいわ。ルーカスが選んだのも、よく分かる」
てきぱきと包帯を変えていく姿に感心した。だがシャノンはわずかに嫌そうな表情を浮かべる。
「それって嫌味で言ってるわけ? ざまあみろって思ってるんでしょ?」
「まさか! 思ってないわ、そんなこと」
大声を出したため、また傷口が痛んだ。
シャノンはため息をつく。
「いい人なのね、ロクサーナさん。自分がすごくみじめになるわ。ほら、消毒するから、染みるわよ」
傷口に薬品が染み込み、呻いた。
「……結婚してないのよ、あたしたち」
「なんですって!? 痛っ……!」
呟くような言葉に驚き、再び体を起こそうとして、またしても失敗した。
「やっぱり、ルーカスさんたら言ってないのね」
シャノンがさらに深くため息をついた。
「彼、記憶が戻ってるのよ、もう二年も前に。あたしの嘘もばれちゃった。あたしたち、元から恋人じゃなかったし、あなたに言ったことも、全部、嘘。記憶がないのを良いことに、あたしの都合の良いように吹き込んだだけ。それに、ルーカスさんが愛してるなんて言ってくれたこと、一度だってなかったもの」
あまりにも衝撃が大きく何も言うことができないロキシーを横目に、シャノンは自嘲気味に笑った。
「すっきりしたわ。もしあなたに死なれでもしたら、嫉妬で意地悪を言ったこと、ずっと後悔したままだったから。だから助けたの。彼のためでも、あなたのためでもない。自分のためよ」
「やっぱり、あなたはすごいわ」
本心からの言葉だった。
「わたしたち友達になれそう」
「よしてよ」
泣き出す寸前の子供のように、シャノンは顔をゆがめる。
「友達になんて、なれるわけないじゃないの。魅力的な提案だけど、とても無理よ。あたし、これ以上、自分のこと嫌いになりたくないもの。平気な顔して笑い合えないわ」
その目が、見る間に赤くなっていく。
だが、シャノンは遂に泣かなかった。
「……だけど、そうね。十年くらいして、どこかでばったり会ったら、お茶くらい、できたらいいな」
その言葉に、ロキシーは救われた気になる。
――十年。その未来に、自分は生きているだろうか。
遥か遠くに、思いを馳せた。
と、突然乱暴に表の入り口が開くような音がした。
「おいちょっと!」
扉の向こうでルーカスが叫ぶ。どたどたと足音が聞こえ、二人がいる部屋のドアが開けられた。
息を切らしながら現れたのは軍服を着たレットだ。
ロキシーを見て心底ほっとしたような表情をした。
「彼もあなたに付きっ切り。二人の男に想われてるなんて、羨ましい限りね」
シャノンはそう言って、気を利かせたのか部屋を出て行く。
入れ替わるように、レットが側に歩み寄った。