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第三十六話 知られざる戦い

 


 バラン家にはいざという時に兵士たちが集まる屯所がある。

 その場所は秘匿されているものの、ジャックはアランからこっそり場所を教えてもらった。本当に切羽詰まった時、そこへ逃げ込め──という意味ではあったが。


 ──アヴァロン帝国帝都、第一地区。


 第一皇子が地区長を務めるその場所は第二皇子とは無縁に思えるが、バラン家の屯所が隠されている。いざとなればすべての罪を敵対する皇子に被せてやろうという魂胆が透けて見えて、その性根の卑しさに吐き気がした。


「ここだな」


 ジャックが辿り着いたのは、一見何の変哲もない上流階級の家だ。

 しかし、よくよく見てみればそのおかしさに気付くだろう。

 家を囲む壁は地竜の背丈より高く、外から中が見通せないようになっている。


 こういった上流階級の家にありがちの豪勢な門はない。

 使用人用の通路があるだけで、壁の上には返しがついた棘が生えていた。

 ジャックは気配を探る。


 ──いる。


 ──ここに、あいつが。


 一度拠点によって整えた装備をチェックする。

 腰に佩いた双剣は手になじみ、ミスリルを編んだ鎖帷子は身体にちょうどいい。

 よし、と息を吐き、


「せーのっ!」


 ジャックは家の壁を、猛烈な勢いで蹴りつけた。


 ──どがぁんっ!!


 破砕音。濛々と立ち込める土煙のなかにどよめく人影が見える。

 ざっと十人ほどだろうか。黒づくめの格好をした男たちだ。無地の車体と地竜を用意し、今にもどこかに戦いに行こうとしているような者達。


「なんだ!? 敵襲か!?」

「向こうに誰かいるぞ!」

(ハッ、相も変わらず、ぞろぞろと集まってやがる」


 度重なる襲撃を防いだことでかなり数を減らしているはずだが、それでも十人だ。恐らくは第二皇子の私兵の中でも精鋭にあたる者達だろう。

 そんな彼らとまともに戦おうとするほどジャックは愚かではなかった。


 双剣を抜く。


(一気にカタをつける)


 雷光が駆け抜けた。

 そう錯覚するほどにそれは速く、鋭く、流星のごとき剣捌きだった。

 煌めく剣閃が襲撃に戸惑う者達をなぎ倒し、一人、また一人と悲鳴を上げて倒れていく。


 粉塵の中、神出鬼没に現れるジャックは暗殺者のごとく。

 そのまま一気に建物の中へ駈け込もうと……


「やはり来たか、愚弟」

(──殺気っ!!)


 ガキンッ!!

 硬い者同士がぶつかり合う金属音が響きわたる。

 咄嗟に両手の剣を右に振り抜くと、重い衝撃が手に伝わって来た。

 大剣だ。


「テメェ」


 衝撃で粉塵が吹き飛び、相手の姿が露わになる。

 軍服じみた騎士服に身を包み、マントをはためかせる男。

 年の離れた黒髪短髪の兄は幼い頃と変わらぬ侮蔑の視線を投げつけてくる。


「ダリウス・バラン……!」

「器物破損、不法侵入、殺傷罪、どれだけバラン家の名を貶めれば気が済む」

「ハッ! テメェらのほうこそ殺人未遂と不敬罪と誘拐罪の欲張りセットだろうが」


 ギリギリ、と金属同士が鍔ぜり合う。

 ダリウスはまだ余力を残していそうなのに、二本の剣で受けなければすぐに仰け反ってしまいそうなほど重い。押し切られる前にジャックは剣を前に押し出し、後ろへ飛び退いた。


「テメェらの魂胆は分かってる。あいつの店を滅茶苦茶にした報いは受けてもらう」

「愚かだ、と。貴様に言うのは何度目だろうな」


 ダリウスは門番のごとく剣を地面に刺した。


「この国の現状を知っているか、愚弟」

「……」

「アヴァロンが大陸を統一してから二百年あまり。飢餓と貧困により各地の諸侯は不満が溜まり、反逆を企てている。現皇帝は享楽に耽るばかりで政に感心を示さず、四大貴族へ任せきりにする始末。誰が国の外へ目を向ける? 誰が帝国の存亡を救ってくれる? 国の外へ目を向けているのはルイス皇子だけだ」

「……そのためならラピスの居場所を奪ってもいいってのか」

「皇帝の妃になるのだ。むしろ公爵家の令嬢たるもの、皇族へ尽くすのが臣下たる義務であろう」

「あぁそうかよ、もう聞き飽きたよ。テメェらの理屈はよ」


 これまでの戦いでもはや言葉は語り尽くしている。

 互いに信じる正義があり、その道はどうしようもなく隔たれていた。


「俺には小難しいことは分からねぇし、皇族の在り方だとか帝国の存亡とかどうでもいい。お前らにとっちゃ俺は間違ってるんだろうよ、でもな」


 ジャック・バランはぶれない。


「お前らはもっと間違ってる」


「女の笑顔を奪う奴が、国の未来がどうとか語ってんじゃねぇよ!」


 ただ一人のために戦うと、十年前に決めたのだ。


「そうか」


 ダリウスは頷き、剣を持ち上げた。


「貴様も、尽くすべき主を見つけたということか」

「……絶賛片思い中だ。テメェとは違う」

「ふ。ならばもはや言葉は不要」


 黒い剣だ。数多の血を吸って来た大陸一の強者の剣。

 自分では届かない遥か高みにいる強者が身震いするほどの殺気を向けてくる。


「全力で相手をしてやる。来い」

「……望むところだ」


 ジャックは口元を三日月に吊り上げ、左足を前に出す。

 左手の剣は前に、右手を後に引く。

 対するダリウスは無造作に大剣を構えていた。


「いざ、尋常に」


 両者の間を血風が吹き抜け、


「──勝負っ!!」


 因縁の戦いが始まる。




 ◆◇◆◇





「──フッ!!」


 初手を仕掛けたのはジャックだった。

 地面を爆砕する踏み込みと共に右手の剣を振り上げ、一気呵成に斬りかかる。

 またたく間に懐に入り込んだジャックにダリウスは即座に反応した。


「甘い」


 大剣を無造作に掲げる。

 ただそれだけで、渾身の一撃は容易く防がれてしまった。

 ダリウスは右足を僅かにずらす。片刃を大剣で弾こうとしたその時、


「む」

「らぁっ!」


 ジャックは既に、ダリウスの背後に回っていた。


 ──ガキンッ!


 再び弾ける火花、ダリウスに応手を与えずジャックは動き続ける。

 銀閃を嵐のように舞い狂わせれば、さすがのダリウスも防戦一方だ。


(ここで決める! 反撃の隙は与えねぇ!)


 蒼天色の瞳を煌めかせ、全身の筋肉を躍動させる。

 これまで完敗を繰り返したダリウス相手にジャックは一歩も引いてなかった。


 これまでジャックはラピスを攫わせないために多人数相手に立ち回り、ダリウスを相手に守りに入っていた。しかし、本来双剣は守ることに不向きだ。剣身が狭く、二本の剣を振るう都合上、どうしても軽くならざるをえない。超重量の大剣を操るダリウスを相手に守りに入れば不利になるのは当たり前の話だった。


「らぁぁぁぁああっ!」


 右の剣を振るう。続いて左、続いて右、続けざまに回転して左──。

 縦横無尽に跳ね上げ、あるいは斬り下ろすジャックは剣の化身だった。

 剣武一体となった凶犬の刃は確実にダリウスの身体に傷を作っていく。


「軽い」

「!?」


 剣風が、吹き荒れるまでは。

 ただの一振り。一足一刀の一撃がジャックの猛攻を止めた。

 両手の剣が弾かれ、後ろに仰け反ったジャックは致命的な隙を晒す。


(しま──)

「貴様の剣は、軽すぎる」


 一閃。

 振りかぶられた大剣がジャックの肩から胴を撫で切りにする。

 本能的な動きで右手の剣を側面に当てたジャックは無様に吹き飛ばされた。


 衝撃は浅い。

 皮一枚。すぐに態勢を立て直せば取り戻せる程度。

 戦意を失わぬジャックは空中でくるりと一回転し、地面に轍を作る。


 そして再び前に行こうとして、


「速さが貴様の専売特許だと思っているのか」

「は」


 目の前にダリウスがいた。


「甘すぎる。だから貴様は出来損ないなのだ」

「づぁっ……!」


 弾く暇すら与えてもらえない。

 両手の剣を交差させて大剣を受け止める。


 重い。

 まるで家一軒分の重量が自分にのしかかっているような感覚。

 膝を折る。地面が陥没する。この体勢は──不味い。


「貴様程度の剣士、いくらでも潰してきた」

「……っ」


 大剣が一撃の重さに比重を置く剣であれば。

 双剣のような速さで振るう大剣はどれほどの──


 それは蹂躙だった。


「ぉぉっ!」


 裂帛の気合を共に振り抜かれる大剣の猛攻。

 重さと速さ。本来共存してはならないそれが実現し、ジャックの身体にまたたく間に傷が増えていく。息つく暇など与えてはくれない。


(これが、大陸一の剣士の本気)


(対応できると思ってた。この前までは)


(今の今まで、遊んでたってのかよ……!)


「この程度で己の正義を通そうとするなど、笑止千万」


 ダリウスの声が耳に届くと同時に──


「もう眠れ、愚弟」

「……っ」


 豪剣一閃。

 袈裟切りに裂かれたジャックの身体から鮮血が噴き出した。

 よろめき、数歩前に進んだところでジャックは地面に倒れ伏す。


(くそ……ここまで、かよ……)


 沈黙。やがて、


 ──ぱちぱちぱち、と。


「いやぁよく戦ったね。すごいすごい。骨肉の争い、楽しませてもらったよ」


 家屋の中から人影が現れ、笑顔で拍手を鳴らす。

 ジャックの頭を踏みつけたルイスは忠実な部下を労った。


「おつかれさま、ダリウス」

「殿下。外に出て来られては……」

「いいじゃないか。ゲームは見てるだけじゃつまらない。やっぱり参加しないとね」


 ルイスは興味を失った玩具を見るようにジャックを見やる。


「コレは楽しめたけど、やっぱりラピスには及ばないよ、早く迎えに行こう」

「は」


 ダリウスを引き連れてルイスは歩き出す。


「さようなら、ジャック。このゲーム、僕の勝ちだ」

「……」

「ダリウス?」


 ダリウスの足が止まった。

 否、正確には──止められた。


「──だ」


 口の端から血を流しながら、ジャックは彼の足を掴んでいた。

 ぎり、ぎり、と骨を軋ませる握力で宿敵をその場に縫い留める。


「まだ、だ」

「貴様……」

「あいつの下には行かせねぇ……行かせてたまっかよ……!」


 左手でダリウスの足を掴んだまま、ジャックは思いっきり体当たりした。

 よろめいた男の隙を突き、右手に持っていた剣で切り裂く。


「ぐ……!」


 ──ぼたぼたぼた……。


 滂沱の血を流すジャックを見てダリウスは目を見開く。

 既に出血多量、もはや立っていることすら不思議なほど身体がよろめいている。

 にもかかわらず、その目の闘志は衰えるどころか燃え上がっていく。


「ひゅぅ~。まだ立つんだ。すごいね、君」

「……なぜだ」


 ダリウスはルイスを庇いながら口を開いていた。

 言葉は不要。されど問いかけずにはいられない気迫。

 幾度(いくたび)ひれ伏そうと倒れることなく、血まみれで立ち上がる不屈の闘志。


「なぜ立ち上がる。何がそこまで貴様を駆り立てる。帝国の未来よりも優先すべきことが、ラピス・ツァーリにあるというのか!?」

「言ったろ……小難しいこたぁ、どうでもいい」

「……?」


 ぺ、と血の混じった唾を経き捨て、ジャックはへらりと笑った。


「俺はただ、守りたいだけだ」


 あいつの笑顔を。

 あいつの居場所を。

 あいつの心を。


「そこのクズの傍じゃ、笑えねぇだろ。なら却下だ。止める」

「……そのために国へ歯向かうのか。貴様のちっぽけな力で」

「あぁそうだ。あいつを泣かせる奴ぁ、皇帝だろうが誰だろうが絶対許さねぇ」

「理解出来ん」


 ダリウスは不可解そうに言った。


「そうまでして己を犠牲にして貴様は何を得る? 貴様が救ったラピス・ツァーリはツァーリ家の至宝。どの道、バラン家と対立している彼らは貴様と令嬢の婚姻を認めない」

「それでもいい」


 もう、諦めた。

 自分の幸せなんて諦めた。二の次だ。そんなものは。

 この手でラピスに酷いことを言った時、もういいと思ったのだ。


(あいつが笑える場所を作れるなら、それでいい)


 例え自分があいつと一緒にいられなくなっても。

 あの居心地のいい場所に自分の場所が無くなっても。


 ──あいつの言葉に、救われたから。


「俺はお前に勝つよ、ダリウス」


 へらりと笑ったジャックに、ダリウスは目を見開いた。


「……認めよう」


 やがて息をつき、武人は真っ向から向かい合う。


「貴様は出来損ないではない。バラン家の悪童だ」

「ハッ」

「我が全霊を以て、貴様を屠ろう」

「光栄、だね……」

「ダリウス~。すぐに済ませてくれよ? 僕、もうソレには飽きたんだからさ」

「……しばしお待ちを」


 視界が朦朧とする。手に力が入らない。

 自分が今、どういう体勢で立っているかも分からない。


(あぁ、死ぬな)


 自然とそう理解出来た。そう納得出来た。

 ジャックは笑って、ラピスの顔を思い浮かべた。

 惚れた女のために死ねる──この凡才には十分な末路だ。


「潔く死ね。我が愚弟──ジャック!」


 大剣が迫りくる中、ジャックは最期の力を振り絞る。


 もう、いい。

 ここで終わってしまってもいい。


 だから。

 だから、こいつらは。

 こいつらだけは、絶対に行かせない。


「ぉぉ」


 燃えろ。

 燃えろ。

 燃えろ。


 俺の魂、

 俺の全部。


 ──今ここで、全部吐き出せ!


「……っ!?」


 大剣を弾いた。

 これまで両手で受けることすら精一杯だった大剣を──片手で。

 蒼氷色の瞳が、ギラリと煌めく。


「──フっ!」


 駆ける。

 大剣が弾かれて態勢を崩すダリウスの懐に入り込む。


「貴様、一体どこにそんな力が……!」

「ぉぉお」


 迸る閃光、舞い散る火花、弾き合う金属音。


「ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 血風と剣の軌跡が入り乱れ、嵐が二人を覆い尽くす。


 早く。

 速く。

 疾く。

 もっと疾く。もっと先へ。届かぬ高みへ。


「ぁぁああああああああああああああああああああああああ!」

「手数、が」


 死の間際に見せる潜在能力の発露。

 人生最後の力を込めたジャックの猛攻はダリウスの鉄壁をも打ち崩す。


「──押し切られ」

「俺は、あいつを──守るっ!!」

「……っ」


 一点突破。

 速さ以外のすべてを捨てた男の一撃が、格上の剣士を撃破する。


「あいつの幸せを、壊すんじゃねぇ──────っ!」


 二人の身体が交錯する

 数百もの連撃を受けたダリウスの身体がぐらついた。

 沈黙。

 やがて武人は嗤った。


「見事」


 ばたん……と、ダリウスは倒れる。

 血まみれのジャックは剣を地面に刺して身体を支えながら、息荒くダリウスを見つめる。


「ダリウスが、やられた……?」


 動揺するルイスを見ながら、ジャックは剣を構える。


「まさか、大陸一の剣士がこんな男に──」


 一閃。

 ルイスの片腕がくるくると宙を舞い、真っ赤な噴水が噴き出した。


「ぎゃぁぁああああああああ! う、腕が、僕の、腕がぁあああ!」


 叫び声を無視し、ジャックはルイスの身体に斬りかかろうとして──


 出来なかった。

 身体が傾き、地面に倒れていく。


(あぁ)


(悪ぃ、ラピス)


(俺はぁ、ここまでみたいだ)


 もう身体が言うことを聞かない。

 もはや指一本動かすことは出来ず、ルイスを殺すことは敵わない。


(……ごめんなぁ)


 血だまりの中に、倒れていく。

 自分の血に染まった視界がジャックのすべてだった。


(……赤……あいつと、同じ色)


 緋色の輝きを思い出す。

 彼女の笑った顔を。怒った顔を。拗ねた顔を思い出す。

 

(……じゃあな。ラピス)


(絶対に、幸せに……なって……)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 腰に佩いた双剣は手になじみ、ミスリルを編んだ楔帷子は身体にちょうどいい。 いいところなのに申し訳ありません(-_-;) とげとげしてかっこよさそうではあるのですが… 楔→鎖なのではな…
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