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第三十三話 得たものと失ったもの

 


 店を出ると、もうすっかり夜になっていた。

 帝都を照らす魔石灯の下、目抜き通りに向かう住民たちが行き交っている。

 勢いよく飛び出した私に何事か視線が向けられてきたけど、構ってられない。どうせ騎士団には誰かが通報しているだろうし、今はジャックを追いかけるほうが先だ。


(たぶんあいつなら、あそこだと分かるはず……)


 あとは走って竜車を借りに行けばそれで済む……んだけど。


「ぜぇ、ぜぇ」


 店から十メルトも走らないうちにバテてしまう。

 そうだ、私、体力、ないんだった……。


 その時、見覚えのある紋章をつけた竜車が隣を通り過ぎた。

 というかツァーリ家の竜車だった。

 思わず振り向くと、竜車のほうも止まって、窓からルアンが顔を出してくる。


「姉上!?」

「ルアン……ぜぇ、ぜぇ、ちょうどよかったわ」


 のっしのっしと歩いて竜車の車体へ。


「あ、ちょっと、今は──」


 車体の中には額を押さえたルアンと、


「ラピス……」


 唖然とこちらを見るラディンが居た。

 すぐに目を逸らした浮気野郎は意を決したように私に向き合い、


「ラピス。その節は……」

「うるさい黙ってその竜車寄こしなさい」

「は?」


 私は容赦なく蹴りを入れてルアンとラディンを竜車から蹴り出した。

「姉上!?」と悲鳴をあげたルアンを無視して、御者のほうに身を乗り出す。

 顔馴染みの御者だ。何も言わずとも私が誰だか分かる。


「出して。目的地は──」

「え、えっとお嬢様。あの、皇子様が」

「私の命令が聞けないの? 噛み殺すわよ」

「えぇぇぇえ──……」


 御者はドン引きした様子で、


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 蹴り出したラディンが車体に縋りついて来た。


「あ、あの。ラピス? 俺たちはどうやって帰れば」

「歩いて帰ればいいでしょ」

「帝城まで何キロルあると思ってるんだ!?」

「愚かね、何のための護衛よ。愚弟に背負ってもらいなさいよ」

「姉上、あなたはそんなだから……」


 ルアンが何かを言おうとして私を見て口を閉ざした。


「姉上、どちらに?」

「ちょっと馬鹿を回収してくる」

「……なるほど」


 ルアンは竜車の行き先──つまり私の店の入り口を見た。

 まだ滅茶苦茶になっている入り口は何があったのか察するのに十分な材料だ。

 盛大にため息をついた愚弟はラディンを立たせて言った。


「殿下、行きましょう」

「ルアン?」

「ジョゼフ。悪いけど酒でも飲んで待っててくれ。迎えに来るから」

「は、はい。分かりました」


 御者に硬貨を渡したルアンが御者と席を入れ替わる。


「殿下は僕と御者をしてください。さすがに同席させるわけにはいきませんので」

「いや、でも」

「どうでもいいけどさっさとしなさい。口の中に毒薬ぶち込まれたいの?」

「わ、分かった」


 ラディンはおどおどとルアンの隣に座る。

 鋭い鞭の音と共に竜車が動き出し、車窓の景色が流れ始めた。

 御者の席から車体の窓を覗き込んだラディンが申し訳なさそうに口を開く。


「ラピス、あの、この前は」


 私は一瞥して、すぐに車窓の景色に目を戻した。


「そういえばお前、持病の薬は持ってるの」

「え? いや、持ってない、が。それを譲ってもらえないかと……」

「あとで買いに来なさい」

「え」

「言っとくけど許したわけじゃないから。調子に乗って縒りを戻そうとしたら蹴り潰して不能にするわよ。指一つ触れたらお前の命はそこまでだと思いなさい」


 ぞく、と御者の男二人が肩を震え上がらせた。

 ラディンはごくりと息を呑んで言った。


「わ、分かってる。さすがにそんな都合のいいことは言わない……つもりだ」

「そ。ならいいけど」

「……聞いていいか?」

「答えるかは分からないけどね」


 ラディンは一拍の間を置いて言った。


「今から迎えに行くのは、ラピスのなんだ?」


 ……なんでしょうね?


 最初は犬、次は下僕。じゃあ今は?

 私たちは別に、恋人じゃない。好き合っているわけでもない。

 だからといって、ただの友人かと言えばそうでもない。


 それでも言葉にするなら──


「……相棒、かしらね」

「そうか」


 ラディンは諦めたように息をついた。


「俺もなりたかったな、相棒に」

「私を手放したのはお前でしょ」

「……あぁ、そうだな」


 言って、ラディンは寂しそうに俯いた。


「上手くいくといいな、その相棒と」

「…………そうね」


 車窓の景色はどんどん流れている。

 これほどの速さで進んでいても無駄に広すぎる帝都の街は行き止まりを知らない。


(もし……あの場所にいなかったら)


 不安の一粒が、水滴みたいに私の胸に波紋を立てた。

 目的地を外したら帝都の街から探し出さなきゃいけなくなる。


 私の考えが正しければ、あいつは自分を犠牲にして店を救うつもりだ。

 これ以上なく、救いようがない方法で──


「……せめて無事でいて」


 ルイスを殺すつもりだ。


「無事でいなきゃ、許さないから」





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