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第二十二話 弟との再会

 

 私の予想していた以上にサシャの物覚えは良かった。

 元々、家の織物業を手伝っていたからだと思うけど、計算や文字の読み書きも出来るし、薬棚の場所は一日で覚えてしまった。今日でサシャが働き始めて三日目になるけど、薬草の種類や効能についても自分から積極的に聞いて来て、教え甲斐がある。


「いらっしゃいませ! 何をお探しですか?」

(こんな言い方はアレだけど……本当に拾いものだったわね)


 元気よく店番をするサシャの声を聞きながら私は研究室で作業をする。

 あの時、お金がないと言っていたサシャを助けなかったらどうなっていただろう。少なくとも店はここまで軌道に乗っていなかっただろうなと思う。


(あの子なら私の技術も継げるかしら……でも薬師になりたいかは別の話よね)


 あくまでサシャの意思が第一だ。

 私だって本格的に勉強を始めたのはお母様が病気になってからだし。

 人間、理由がないと動かないことは誰よりも知っている。


「ラピス様!」

「どうしたの、サシャ」


 薬草をすりつぶしていた手を止めて顔をあげる。

 カウンターから研究室に顔を出したサシャは戸惑ったように言った。


「あの……お客さんが来てます。ラピス様に会いたいって……」

「なに、また貴族絡み? 悪いけど、病気じゃないなら追い返しなさい」

「いえ、それが……ラピス様の弟を名乗ってるんですけど」


 私は眉を顰めた。

 もちろん私には弟がいる──ラディンと一緒にこの私を嵌めた愚弟だけど。


「追い返しなさい。必要ならジャックを使っても良いわ」

「えっと、でも、あの……とても真剣な様子なんですが……」


 はぁ……。

 サシャには貴族のあしらい方を覚えさせるべきかもしれない。


「……今行くわ」

「お、応接室にお通ししますね!」


 白衣を椅子にかけ、調合室を出て応接室に行く。

 扉の前にはジャックが立っていて、「いいのか」と目で問いかけてくる。


 私は頷くだけに留めて、応接室に踏み入った。

 真ん中のソファに男が座っている。

 黒髪赤目。ツァーリに代々伝わる風貌なのにいつまでも頼りない男。

 私を見たそいつは目を見開き、少し高めの声で言った。


「……姉上。本当にこんなところにいたなんて」

「今さらどの面下げて会いに来たのかしら、お前、私に会わせる顔があるの?」

「……っ」


 ルアンは蒼褪めた顔で俯いた。


「僕は……」

「『僕は』なに? ハッキリ言いなさいよ」

(……何も変わってないわね)


 きつく拳を握り、唇を結び、言いたいことを耐える。

 実家に居た時から察してくれと言わんばかりの態度が気に入らなかった。

 まるで私が虐めてるみたいじゃない。何なの本当に。


「あ、姉上は…………薬屋を、営んでいるのですね」

「そうね。お前たちに嵌められたおかげでね」

(あー……ちょっと言葉がきつくなっているかもしれない)


 でも仕方ないわよね?


 だって、私は実の弟に殺されかけたようなものだし。

 あのままラディンが私を捕まえていたら絶対に殺されていたわよ?

 多少、言葉の端に毒が滲んでも責められる謂れはないと思う。


「母上の夢を……継いだのですね」

「そうね」


 こいつは本当に何をしに来たんだろう。

 もしラディンに言われて私の居場所確かめに来たならこっちも対応が変わるんだけど。


 だけど見たところそういう感じじゃないのよね。

 子供の頃に何度も見た、右手の親指を人差し指に重ねる仕草。

 これは、こいつが悪いことしたときに謝る直前に似ていた。


「シルル・バース令嬢……覚えていらっしゃいますか」

「忘れる訳ないでしょ」

「あの方の部屋から……こんなものを見つけました」


 ルアンが懐から赤い瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。

 私が触ろうとすると、ジャックが先に手に取って中身を検分する。

 すんすんと鼻を鳴らしたワンコは「う」と鼻を押さえた。


「んだこりゃ。くせぇな」

「馬鹿。貸しなさい」


 ひったくり、ちょっとだけ栓を抜いて確かめる。

 むわりと広がる甘い匂い。ほんの少し粘度のある液体には光の粒子が漂う。


「イッサヒルの花とハオマの樹液。高純度の魔術媒体ね」

「魔術ぅ? この瓶がか」

「えぇ。おそらく魅了の魔術が入ってるわ」

「!?」


 ジャックが飛び跳ねるように驚いたけど、そんなに驚くことかしら。

 ルアンが目を見開いて、やがてため息をついた。


「……やっぱり気付いていたんですね。ラディン殿下は、バース令嬢の魅了に掛かっていると」

「当たり前でしょ」


 ラディンは大陸の覇権国家であるアヴァロン帝国の第一皇子だ。

 流石に幼い頃から英才教育や覇王教育を受けているだけあって、そんじょそこらの皇子とは自覚が違う。教育費だって莫大な額が使われているのだし、魅了でもかけられていなきゃ何の後ろ盾もない子爵令嬢に心を奪われるなんてことはあり得ない。ましてやツァーリ公爵家の令嬢を冤罪で嵌めるなんて以ての外だわ。そう話すと、ジャックが噛みつくように言った。


「お前、第一皇子に冤罪かけられたのか!?」

「えぇ、そうだけど……何を当たり前のこと言ってるの」


 ……あれ?

 そういえば私、こいつにラディンとの因縁のこと話したっけ?

 ジャックの事情は一方的に聞いたけど……。


「聞いてねぇよ! そんな大事なことは早く言えよ!」


 話してなかったらしい。まぁいいや。


「今話したからいいでしょ。大体、公爵令嬢が薬屋をやってる時点で色々察しなさいよ」

「まぁお前だから何かしら問題を起こしたんだろうなとは思ってたが」

「どういう意味よ」

「そのままの意味だよ。言わせるなよ」

「ねぇ、甘いのと苦いのどっちが好き?」

「毒薬飲ませるのは確定なのかよ!?」

「毒薬って分かるのね。偉いわ。頭撫でてあげようか?」

「……要らねぇ!」

「なんで毎回間があるの?」


 本当に撫でてあげたらどんな反応をするのかしら。

 ちょっと気になった私にルアンは責めるような目を向けて来た。


「姉上は、魅了のことを知ってて殿下を捨てたのですか」

「無知を晒すのはやめなさい、愚弟。魅了の魔術はそこまで強力なものじゃないのよ」


 せいぜいが思考力を低下させたり、術者に魅入られやすくなるだけ。思っていないことを言わせたり、命令することは出来ない。つまり……。


ラディン(あの馬鹿)は最初から私のことが疎ましかったのよ。あの場で言ったことはすべて本音で、あいつは私よりもあの女を選んだ。そこにどんな理由があろうと、愛を語っておきながら他の女に惑わされる馬鹿に、私が付き添う理由はないの」


 だって愛してるなら、なにものにも揺るがないはずだもの。

 我が身がどうなろうと、絶対に守ろうとするはずだもの。


 ──お母様が、私を最期まで愛してくれたように。


「……ラディン殿下は変わりました」


 ルアンは悔しそうに言った。


「確かに能力には欠けるかもしれません。知略に優れた第二皇子や武力のある第三皇子、魔術に秀でた第四皇子、周辺諸国との交易を成功させた第一王女にと比べ、あの方には傑出した才能がありません。それでも……病に倒れる前は一生懸命で、民に優しくて……僕に手を差し伸べてくれた、気のいい人だったんです」


 それも知ってる。

 だから私だってラディンのために薬を作ってやっていたんだし。

 お母様を殺した病と同じ病をどうにか治したくて、寝る暇も惜しんで薬作りに励んでいた。


「虫のいい話だとは分かっています」


 ルアンは顔をあげた。


「ですが姉上。助けてくださいませんか」


 紅色の瞳は涙で濡れている。

 社交界の令嬢はこいつの捨てられた子犬のような仕草を可愛いと言う。


 まぁ、私も姉として? 

 仕方なく助けてやったことも何度かある。


 ラディンのことも病に倒れる前は心から嫌っていたわけじゃない。

 拙いなりに私を一生懸命気遣ってくれたことを好ましく思ったこともなくはない。だから言った。














「愚かね。私の知ったことじゃないわ」



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