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第十七話 暴れん坊のジャック

 

 嵐の日に雨が屋根を叩くような、寝つきを悪くする喧騒。

 下町のこんな夜も慣れて来たとはいえ、今日は初日と同様に酷かった。


「──!」

「──っ! ──!」


 私の城の前でバカ騒ぎをするなんていい度胸ね……。

 あんまりに寝付けないから毒薬でも持ってこようかしら、と真剣に考えていると、少しだけ騒ぎがマシになった。一秒経つごとにマシになる。やがて一分もする頃にはマシになったから、私は身体を起こすことなく、天井を眺めながら息をついた。


「まったく。何なの本当に」


 次に騒がれたら鼻水が止まらなくなる薬でも撒いてやろう。そうしよう。

 固い決意を胸に刻んでから目を閉じて、眠りの世界に飛び込んだ。




 ◆◇◆◇




 公爵家にいた頃は毎日妃教育や薬学研究で早起き遅寝を繰り返していた私だけど、薬屋を開業してから朝起きるのが遅くなった。やるべき仕事はその日のうちにやってしまえるし、毎朝ジャックが起こしに来るまで惰眠を貪る。それが私の日常になっていた。

 だけど、今日はいつまで経ってもジャックが来なかった。


 ──ぐぅうううううう。


「うぅん…………お腹空いた……」


 自分のお腹の音で目が覚める。

 もうちょっと寝たいところだけど、どうやら私は睡眠欲より食欲のほうが強いらしい。

 目を閉じてもぱっちり意識が冴えてしまったから、仕方なく身体を起こした。


「ねぇ、朝ごはんまだ?」


 呼びかけるけど、いつも呼びに来る男が来ない。

 何やってんのよ……主人が呼んでるんだからすぐに来なさいよ。

 毒づきつつ、軽く着替えを済ませた私は肩掛けを羽織りながらリビングへ。


「ねぇってば。お前、何をして……あれ。いないわね」


 がらんとしたリビングには人っ子一人居なくて、朝ごはんも用意されていなかった。あの目つきの悪い男はどこにも居ない。調合室を覗くと、ソファに毛布だけ残されていた。


「どこ行ったのよあいつ……」


 まさか夜逃げ? 鎖につないでおかないと逃げちゃう駄犬なの?

 だけどあいつも実家と疎遠だし、行くところなんて……


「まさか女を捕まえて適当に一夜過ごしてるんじゃないでしょうね」


 まぁ、それならそれでいいんだけど。

 私には関係ないし?

 でも朝ごはんくらい作って行きなさいよね。ほんと駄犬なんだから。


「なんか面倒くさいし、今日は朝ごはん抜きでいいか」


 人が作ってくれるようになったら自分で料理をするのが本当に億劫だ。

 どうせあいつより美味しく出来ないんだし、栄養剤で済ませちゃおう。

 さて、そうと決まったらまずはお店を開けて──思わず固まった。


「お前、何してるの」


 血まみれの駄犬が店の壁に寄りかかっていた。

 以前よりはマシだけど、身体中に傷を作って服がズタズタだ。

 私に気付いたジャックが緩慢に首を動かし、ニヒルに笑って見せる。


「よぉ。今日は早起きだなオイ」

「……なんでそんな怪我してんのよ」

「別に。夜中に酒場に行ったら平民が見下した目で見てきやがったから喧嘩売った。んで負けてこのザマだ」

「はぁ?」


 別に酒場に行こうが構わないけど、そんなくだらないことで怪我したの?

 夜中に、私に黙って、せっかく私が治した怪我を再発させたわけ?


「お前、私を馬鹿にしてるの」

「なんでそうなんだよ。してねぇよ」

「じゃあなんで私が治してやった怪我をぶり返してるのよ」

「これは、あれだ……男には譲れねぇもんがあんだよ」

「くだらないわ。私言ったわよね、自分の命を大事にしない馬鹿は嫌いだって」


 こんなことをするならまともに治療なんてしてやらない。

 私は店の奥から包帯を取ってきて、無造作にぐるぐる巻きにした。

 ミイラ男の完成である。かなりいい出来だと思うけど、ジャックが邪魔そうに顔の部分だけ外した。


「苦しいだろーが! なにすんだ!」

「お黙り。お前は今日、これをつけて過ごすのよ」


 仕上げにジャックの胸に張り紙をして完成。


 ──私は自分の命を大切にしない愚かな不能野郎です。


「ちょ、おまっ、これはあんまりだろ……」

「ふん。今日はそれをつけて店の前に立ってなさい」

「マジかよ……」

「怪我も治さないから。唾でもつけとけば?」


 命を大事にしない奴に治療する価値なんてない。

 死にたければ私が見ていないところで勝手に死ねばいいのよ。

 生きたくても生きられない人もいるってのに……。


「ラピス様!」


 私が店の中に入ろうとすると、サシャがやって来た。

 きょとんとした彼女の腕には出来たての包帯と塗り薬が抱えられている。


「あの、ジャック様。怪我……」

「なに。なんでお前がこいつの怪我を? こんな朝早くに来たの?」

「もう二の鐘が鳴ったあとですよ。私はお店に来たらジャック様が怪我してたから……あの、ラピス様に言うなって言われて、それで」

「ふぅん」


 それで十二歳の女の子に包帯を持ってこさせるのか、この男は。

 主人に助けを求めず依頼人に助けを求めるなんてとんだ駄犬ね。あきれ果てたわ。


「サシャ、こんな馬鹿は放置してていいわよ」

「えっと、でも……」

「気にすんな。余計なこと言わなくていいからな」

「あぁ、そうだ。どうせ暇だし顔に落書きでもしようかしら」

「テメーは余計ことしなくていいからな!」





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