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第十六話 闇医者ラピス(後編)

 


 私は調合室で二つの薬を用意してカウンターに戻った。

 かたり、と。毒々しい赤色の薬と透明な薬を用意する。


「ファーレンハイト男爵は婚約者の家に来るのよね?」

「え、えぇ。そう聞いています」

「この赤色の薬を婚約者に飲ませなさい。全身に発疹が出来るわ」

「は!?」

「心配しないで。三日だけよ。ファーレンハイト男爵が来る前日に飲ませればいいわ」


 さすが新鋭商会のボンボンといったところか。

 頭の回転は良いらしく、私の言いたいことがすぐに分かったようだ。


「なるほど。婚約者に病気の振りをしてもらい、性的魅力を損なわせるのですね?」

「本物の病気だから振りじゃない。すぐに治るだけ。で、この透明なほうだけど」


 透明な薬瓶を指でつついて説明する。


「こっちが取り扱い注意の薬。イカリソウの毒とザックームの樹液を混ぜてあるわ。男爵が来た時、婚約者の病気が知られる前にお茶に盛りなさい。その日は諦めてもらえばお前の役目は終わりよ。いいこと? 絶対に、瓶を開けるのは飲ませる直前よ」


 こわごわと青年は問いかけて来た。


「あの……その毒はどのような効果が」

「不能になるのよ」

「ふ……」


 男二人が身を竦めながら後退った。

 さしものジャックも子供を産めなくなるのは困るらしい。


「オイ、まじの毒薬じゃねぇか。大丈夫かよ?」

「時間差で作用するから出処は絶対にバレない。無味無臭だしね」


 イカリソウ自体は珍しいものじゃないし、むしろ薬草として重宝される。

 実際、私の店でも薬として調合して売ってるしね。


 問題かつ貴重なのはザックームの葉だ。

幻葬(げんそう)谷』という超危険地帯でしか自生せず、採取の仕方にも注意がいる。


 この草は薬草の効果を反転させ、強力にする作用があった。

 しかも調合が難しく、ちょっとでも扱いを間違えれば触れただけで激しい神経痛を引き起こす。


(素材だけで金貨5枚はくだらない代物。もうちょっとお金を貰えばよかったかしら)


「毒薬を売るツァーリの令嬢……噂は本当だったのですね」

「お前、殺されたいの?」


 失礼にもほどがある。


「この薬だって用法容量を守れば発奮剤になるのよ。うちは普通に薬屋だからね。勘違いしないように」

「も、もちろんです。失礼しました……」

「ふん」

「おい」


 ジャックが耳元で囁いてくる。


「いいのかよ。裏取りもしないで、こんなの売ってよ」


 意外すぎて思わず目が丸くなった。


「お前、意外と考える頭持ってるのね」

「失礼すぎるだろテメェ……んでどうなんだ」

「もちろんその可能性も考えてるわよ」


 例えばこの青年が私を陥れようとする何者かの手先だった場合。

 さっきの話はまるごと嘘で、私が毒を売っていることを確かめようとしていた時。


 そうなったとしても、この毒が毒であることを証明する方法がない。

 ザックームの毒の反作用は空気に触れると順転し、反転させた薬草の効果を元に戻して効果を倍増させる。


 アレを検査しようとした時にはただの発奮剤になっているだろう。

 薬瓶にしてもどこでも買えるものだし、無味無臭だからウチで買ったことを証明しようがない。捏造だと切り捨てればそれで終わりだし、悪評がつくというなら今更の話だ。


「ねぇお前」

「は、はい」

「私はお前がファーレンハイト男爵から理不尽な目に合ってるというから手を貸してるの。その私の誠意を裏切るような真似をしてみなさい。地の果てまで追いかけてその毒を飲ませるわよ」

「ひ……っ、は、はい! 絶対に裏切りません」


 うん。まぁ。

 これだけ言っておけばやらかしたりしないでしょ。

 満足か、と視線を向けると、ジャックは神妙そうに頷いた。


「闇医者ここに極まれりだな」

「はっ倒すわよ」

「堂々とした闇医者だぜ」

「だから違うってば!」


 などと言いつつ、その日にやって来た客はどれも厄介ごとを抱えた者達ばかりだった。客が来てくれるのは嬉しいけど、素直に喜んでいいのかは疑問だわ。


 曰く、貴族と揉めたので助けてほしい。

 曰く、ある人物を黙らせる薬がほしい。

 曰く、娘が病気なので後払いで薬を譲ってほしい。


 どいつもこいつも私を便利屋だとでも思ってるのかしら。

 あんまりに酷すぎる客は帰ってもらったけど、これは色々考えたほうがいいかもしれない。まともに薬を売ったのは二人くらい……まぁでも、昨日と比べれば雲泥の差なのよねぇ。


 いちおう収支は普通に黒字だし、客は選んだし。

 それにしても納得いかないわ……なんで昨日の今日で……


「ラピス様! いらっしゃいますか?」

「ん……あぁ、なんだ。サシャじゃない」


 扉をくぐって元気に挨拶をしたのは私が妹を治療したサシャだった。白髪の少女は私を見るなり顔を輝かせ、何かを期待しているように周りを見渡している。なんとなくピンときた。


「お前、もしかして私の店のこと誰かに言った?」

「あ、はい。宣伝になるかと思って……ラピス様のお薬を飲み始めてからリリもすごく体調が良くなったので……怖い噂は嘘で、本当はとってもいい人だって色んな人に言ってきました!」


 やっぱり……!


「お前が原因ね! お前のせいで変な客がたくさん来たんだから!」

「えぇ!? で、でもお客さん増えた、ですよね……?」

「それはありがとう。助かったわ。でもこれとそれとは別なのよ!」

「はぅ……」


 サシャは眉尻を下げて上目遣いで言った。


「あの、迷惑でしたか……?」

「別に迷惑ではないけど……」

「気にすんな、ガキ。こいつはテメーに怒ってるわけじゃねぇよ」


 ジャックが口を挟んできた。


「結果良ければすべてよしだ。よくやったな」

「でもラピス様、困ってる……」

「素直じゃねぇだけだ。実はめちゃくちゃ喜んでる」

「誰が喜んでるって? 踏みつぶすわよ」

「どこを!?」

「さぁ……どこかしらね」


 私がにっこり笑うと、ジャックは後ずさった。

 とはいえこの男の強面のおかげで面倒な客も引き下がったところはあるだろうし、これでチャラにしておくわ。


「まぁお前のせいじゃないのは本当だし、怒ってるわけじゃないわ」

「そうなんですか?」

「えぇ。むしろ宣伝してくれて感謝してる。でも客層がね……ところでお前、何しに来たの?」

「わたしは昨日のお礼を言いに来ました。リリの容体、本当に良くなったから……」

「取引なんだから礼なんていいのに」


 いちいち律儀な子だわ。平民にしておくのがもったいないくらい。

 用事を終えたサシャは暇なのか、カウンターの近くに立った。


「今日はどんなお客さんが来たんですか?」

「そうね。まずは貴族にひどい扱いを受けてる奴から……」


 ファーレンハイトの変態のことを思い出すと、何か違和感が頭に過った。

 なんだっけ、なんか大事なこと忘れてた気がする。

 ………………あ!


「そういえばファーレンハイト男爵って以前お兄様が何か言ってたような……」


 確か国の上層部に献金を渡してるから捕まえられないとか……。

 根元を断つために慎重に動くとか言ってたような、言ってないような。

 記憶の糸を手繰ろうとしたけど、今さらだから途中で止めた。


(ま、いっか。お兄様だし。何かあっても解決してくれるでしょ)


 ──カランカラン。


「あの~薬を売ってもらえますか……?」

「あ、お客さん、いらっしゃいませ!」


 サシャ、なんでお前が挨拶を……まぁいいか。

 私は客の話を聞くべくカウンターに立った。


「ようこそ薬屋ラピスへ。今日は何のご用かしら」

「あの、妻の浮気をどうにかしてほしくて……」

「だからうちは薬屋だって言ってんでしょ!?」




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