5.席替えと委員会決め
突然だがみんなには不思議な縁のようなものを感じた瞬間はあるだろうか。
俺にはある。
ご存じの通り今のお隣さんからその不思議な縁のようなものを連日感じているわけなんだが……それが終わりを迎えようとしていた。
「えー、それでは皆さんお待ちかねの席替えの時間です」
一日の終わりのホームルームに、担任の中嶋先生が眼鏡を光らせて宣言した。
途端にざわつく教室。
いつかはあるイベントだとは思ったが、こうも突然、しかも担任がノリノリで取り仕切るとは……。
「まじ……?」
隣の席の藤さんも驚いたのか口を開けて放心状態だ。
「ここの席、結構楽だったから手放したくないよねー」
俺達の席は廊下側の後ろから二番目に位置していて、居眠りや他事をかなりしやすいいい席だった。
「ほんと、最悪なんだけど……」
「そ、そんなに……?」
頭を抱えてわかりやすく落ち込んでいる。
藤さんは今日一日真面目に授業受けてたし、別にどんな席でもやっていけそうだが、そういう問題ではないのだろう。
「このあと委員会決めもあるからねー、サクサクやっちゃうよー」
先生がそう言って窓際の一番前の人からどんどんくじを引くように促している。
「藤さん……俺、藤さんのこと忘れないから……!」
「……毎日ちゃんと挨拶しにきて、もしくは挨拶したらちゃんと返して」
「お、おう……」
冗談を冗談で返してくれないとは……よほど参っていると見える。
「げ、もう俺の番じゃん」
慰めの言葉の一つでもかけようかと迷っていたところ順番が回ってきてしまっていた。
「案外また近くだったりしてな」
俺に続いて重い足取りで教卓にあるくじ箱まで歩いてきた藤さんを元気づけるべく、明るい表情を心がけて声をかける。
こういう時こそ不思議な力が働いてどうにかなったりするのではないかと腹をくくって結果を確認した。
「すっげー対局……」
新しい席で率直な感想を呟く。
俺は廊下側の端の一番前、藤さんは真反対の窓際の一番後ろの席になった。
――おお、俗にいう主人公席じゃん……!
――……全然嬉しくない。
藤さんの発した抑揚のない枯れた声が頭の中で残響する。
「ねえねえ……私のこと、覚えてる?」
……肩をつつかれながらこちらに向かって声が聞こえたということは、隣の人が俺に話しかけているのだろう。
「……ごめん、全然記憶にないかも」
「えー酷い! 意識してたの私だけってこと!?」
「ちょっと待って、真面目に思いだす……」
名前は確か”榊原梓”さんだったかな……?
だめだ。名前だけじゃ何にも思い出せない。
見た目からなら何かわかるかもしれない。
一目見た印象では、肩よりも長い黒髪と整った顔立ちから大和撫子と言い表せるように感じるのだが、よく見ると制服をほんの少しだけ着崩しておりどことなく明るいオーラを感じる。
……どうしよう、まったくピンとこない。
これで割と親しい人だったら申し訳ないな……。
「まあ無理もないか、もう10年近く前の話になるもんねー」
「10年……?」
10年前からの女の子の知り合いというと……あっ。
「ええ!? あの、小学校にあがる頃に俺に一言も別れを言うことなくいきなりいなくなったあずちゃん!?」
幼馴染が生えてくるというのはこういう感覚なのだろうか。
忘れていた……というよりあまり後味のいい思い出ではないため封印していたというのが正しいだろうか。
小学校に入る前、家が近所ということでひょんなことから知り合った俺と彼女はとても仲が良く、毎日のように遊んでいた。
それが突然、何も言わずにいなくなってしまったのだ。
親伝いで遠くに引っ越したとは言われたが、便りが送られてくることもなければ、どこに引っ越したのかすら一切知らされなかった。
「えー、お別れならちゃんとしたじゃん。ほら、『またねっ!』って」
「めっっっちゃ気軽な一言で済ませるなよ!? 普通に次の日も会えると思って公園行ってたわ!」
梓の記憶が次々と蘇ってきた俺は様々な感情をごちゃまぜにしたまま率直な文句を言う。
公園に付き添いで来ていた母親から知らされた衝撃の事実にあの時の俺は放心状態で、一日中ブランコを漕いでいた。
「何々、二人とも幼馴染なの?」
「実はそうなんだー。ヒデったら私があんまりにも可愛くなりすぎててわかんなかったっぽい!」
「そりゃ10年も前に分かれたっきりだったからね!」
「10年!? それは確かにわかんないかも……」
俺と梓の騒ぎようにつられて、後ろの席の2人も話に交じってきた。
真後ろと斜め後ろが女子ですか……俺だけ隔離された気分だぜ。
隣が知り合いで助かったというべきだろうか?
あと自意識過剰だと思うけど、さっきからやたらと対局にいる藤さんと目が合う気がする……。
「はーい、それじゃあ続いてクラスの役職決めを行いたいと思いまーす」
席替えでざわついていた教室がやや落ち着きを取り戻し始めたところで、先生が呼びかける。
見ると黒板にクラス委員に始まる各役職の名前が板書されている。
「最初にクラス委員という名の雑用係を決めて、そのあとは司会進行をその二人に任せようかな」
今さらっと酷いこと言ってなかったか?
まあいいや、俺はそんなにやる気ないし……。
「クラス委員やってくれる人ー?」
「はーい! 私達2人がやりまーす!」
隣で梓がそう言うと同時に俺の肩腕が勢いよく持ち上げられた。
「ちょ……俺はやるなんて一言も言って、」
「他に候補者は……いなさそうですね! それじゃあ榊原さんと山田くんに司会を変わろうと思います」
嘘だろ……この幼馴染、相変わらず強引すぎるだろ!?
それから俺達は、クラスの役職を一通り決め、放課後にあるというクラス委員の集会にそのままの流れで参加し……解放されたころには17時30分になっていた。
「梓……お前まじで、他人をそんな乱雑に振り回すなよ」
「? 誰にでもやってるわけじゃないよ。ヒデくんだから振り回してるの」
「すごい、特別扱いされてるのに全然嬉しくない」
帰る方向が一緒らしく、並んで歩きながら下校する。
言動に愛嬌があって、見た目も大和撫子然としている女の子と一緒にいても、内容次第では腹が立つことを今日俺は改めて理解した。
「というか、迷惑かけてる……もとい振り回してる自覚はあったんだな」
「だって、私が誘わないとヒデくん動かないじゃん。下手したら3年間特に何事もなく終わっちゃうよ?」
「そんなことは……ないと思うけど……。いや、何事もなく終わるのは別にいいことだろ」
彼女の主張を完全に否定できるほどの自信は俺の中にはなかった。
「例えば部活動……どこかに入ってみるどころか、体験入部にすら興味がほとんどないんでしょ?」
「ぐ……いやいや、今日の放課後あたりに行ってみようかなとか思ってたし! 梓のせいで行けなかったけどな!」
まずい。今の言い方は流石にちょっと嫌味が過ぎたか?
「ふーん。本当は体験入部そっちのけで図書館で藤昇子さんと一緒に勉強するつもりだったのに?」
「なんでそれを……」
俺の心配そっちのけで鋭いカウンターが飛んできた。
というか、なんだろう……梓の目が据わってて若干怖いんだけど。
「結構有名だよ? うちのクラスで早速男女のカップリングが誕生してるって」
そうだったのか……確かにクラスの男子から「山田って藤さんと仲いいよな」とか言われた気がする。
「ちなみに参考までに聞いてもいい? ヒデくんが興味ある部活動。ま、どうせ口から出まかせを言っただけで、そんな部活ないと思うけど!」
「うぅ……10年ぶりの再会なのになんでそんなに人の性格把握してるんだよ」
俺が降参の意を示すように両手を上げると、梓は堰を切ったように腹を抱えて笑い出した。
「あははははっ!! いやー……相変わらずヒデくんはわかりやすい嘘つくなーって思っていじめたくなっただけ。ちなみにカップリングの話、半分は嘘だから安心してね」
「な、なんだぁ……あんまり驚かせるなよ」
これからクラスで変に冷やかされるとかあったらたまったもんじゃないよ。
俺はともかく藤さんはそういうの嫌いそうだし……。
「ただ、一部の間でちょっと噂になってるのは事実だからそれだけは伝えておくね」
「あ、ああ……」
とはいえ、俺は何か新しいことを始めるのに時間がかかるタイプなのは事実で、今の会話からわかる通り興味のある部活も特にないのだ。
異世界では常に何かしらの危機感に追われていたため、日々の鍛錬と魔法の座学は欠かせなかったわけだが。
……今の俺には、こんな風に無理やり動かしてくれる人が必要だったのかもしれない。
「まあ、その……なんだ、ありがとな」
「ど、どうした急に?」
「なんか、俺のことを考えていろいろしてくれてたみたいだからさ」
「え~ちょっと、そんなこと言っていいの~? 本当に嫌なんだったら全然謝るつもりだったのにー」
予想以上に梓が照れくさそうにしていて、こっちもなんだか調子が狂う。
「いや、いいよ。こんな無茶ぶりもう慣れっこだし」
「そっかーヒデくんも成長してるんだなー」
多分成長の大部分は女神の気まぐれのせいで異世界召喚させられたせいだと思うけどな。
「その代わり、次からは予告できるなら事前にしといてくれよ」
「うん、わかった」
そういうと梓は自分のスマホの画面をこちらに見せてきた。
「じゃあこれ、私の連絡先」
「お、おう」
昨日藤さん相手にあんなに苦労していたのが嘘のように女子の連絡先をゲットしてしまった……。
「はぁ……これからどうしよ」
「? 入学早々悩みがあるの?」
ちょうど、その藤さんとのトーク画面が視界に入り、思わず溜め息が出てしまった。
「いや、違うけど。……藤さんと今日も予定合わせられなかったのはちょっと申し訳ないと考えちゃって」
『ごめん、クラス委員の仕事で放課後行けないかも』
『わかった。体験入部行ってくる』
という会話内容で、事前に連絡できたのはよかったのだが……やはり二日連続で藤さんの予定を狂わせているようでどうにもモヤモヤしてしまう。
「なんだ、そんなことか。だったらさ……」
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