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2. 学食と青春



 突然だが、みんなには異世界に召喚されて、そのままその世界を救った経験はあるだろうか?

 俺にはある。


 異世界から戻ってきて最初に感動したのは何か?

 こればっかりは人によって意見が分かれるだろうけど、俺は「家族との再会」……ではなく、まともな食事だ。

 誤解しないでほしいが、決して異世界のご飯が不味かったわけじゃない。

 向こうの食事も間違いなく美味しかった。

 ただ、やはり日本人ならば日本で出される料理や食品が口に合うのは当然だ。

 つまり戻ってきたばかりの俺は、海外への長期出張から帰ってきた人と同じ状態と言える。

 病院で提供された味の薄めのご飯に涙していたあの時が懐かしい。


 新入生の鉄板イベントには、学級委員長決めやら部活の勧誘やら色々あるだろう。

 しかし、忘れてもらっては困るのがこのイベント。

 午前授業で帰宅した次の日に初めて体験することと言えば……お昼休みもとい昼食の時間である。


「う~ん……」


 入学式の次の日。

 学食のメニューを眺めて、俺は唸っていた。

 異世界から帰ってきて食への喜びに目覚めた俺は、当然学食を食べられるこの時間を楽しみにしていた。

 何せこの学校は学食のメニューが豊富なことで有名だったからな。


「よし……!」


 悩んだ末に名物の味玉ラーメンを注文して、空いている席に座る。

 俺は初めて行く店では看板メニューを頼むタイプの人間なのだ。


「いただきます」

「……隣、いい?」


 お行儀よく手を合わせていると、聞き覚えのある声が横から入ってきた。

 教室で席が隣の藤昇子さんだ。

 俺の同意を得るまでもなく、彼女は隣に座る。


「あんた、一人なの?」

「まあね。教室で仲良くなったやつら全員飯持ってきてやがったからな」


 そろいもそろって弁当やら菓子パンやらを持ってきていた。

 誰か一人くらいついてきてほしかったが仕方がない。

 この時間、食堂の席は学食を食べる人以外がとってはいけないという決まりがある。

 学食を食べたい学生が一人でも多く利用できるように配慮されているのだ。


「ふーん、ちゃんとラーメン頼んでるじゃん」

「こういうところでラーメン好きなのをアピールしてキャラを確立していかないとな」

「……どこを目指してんの」


 昨日の自己紹介でラーメンが好きと言った手前、やはりコンスタントに食べていかねばなるまい。


「藤さんは……定食?」

「今日はなんでもよかったから、バランスが良さそうなのを選んだの」


 藤さんが食べているのはメニュー表で「本日の定食」の欄に書かれていたチキンカツ定食だ。

 それ以外にも杏仁豆腐が確認できた。


「ちゃんと甘味頼んでるじゃん」

「食事にデザートは必須でしょ」


 それは一理あるかもしれない。

 彼女とは昨日のホームルームの時間以外にも、今朝挨拶したり、授業終わりにノートを見せてもらったりと何度か会話をしている。

 それゆえにクラスメートの中ではそこそこ仲がいい……と、勝手に思っている。


「今日の授業を受けてさ、高校の勉強ついていけそう?」

「さあ? まだ最初だから何とも」


 そこそこの進学校の生徒らしい話題を振ってみる。


「俺は不安だよ。もともと机の上で長時間勉強するのが苦手でさ」


 改めて考えて、こんな性格の俺がこの高校に通えているのは奇跡としか言いようがない。


「あっそ」


 彼女の態度は昨日と変わらずそっけない。


「…………じゃあさ、放課後私と一緒に勉強する?」

「……え?」


 予想外の提案に俺の思考は停止する。

 これは要するに、女の子との放課後勉強会ってやつですか!?

 青春! あまりにも青春!


「……いいの?」

「別に、私は毎日図書館で勉強するつもりだから、そこに勝手に来れば?」


 心臓がバックバック鳴っている俺とは対照的に彼女の態度は変わらずクールだ。

 これはあれだな。

 俺のこれまでの学生生活の中で異性との縁がなさ過ぎておかしく感じているだけだろう。

 そうだ。きっとそうに違いない。

 放課後に男女二人っきりで勉強会を開くなんて普通の出来事なのだろう。


「味玉あげようか?」

「何急に。……別にいらないけど」


 それでも俺にとっては当たり前じゃない。

 何かお返しをせねば気が済まないぞ。


「じゃあ1時間千円でお願いします」

「そんな如何わしい商売してないから」

「ならせめて臓器でも寿命でもなんでもいいから持ってってくれ」

「私のこと悪魔だと思ってる?」


 呆れた様子で溜息を吐いてから、藤さんは再度口を開く。


「私の行く場所を教えただけで、勝手にすればいいって言ってるんだから、変に気負わなくていいって」

「そ、そう……?」


 そこまで言われてやっと冷静になった俺は、


「……じゃあ、困った時はお互い様ということで、何か俺にできることがあればまた何か言ってよ」


 それでもやっぱり引き下がれなくて、ついそんなことを言ってしまった。


「……わかった。考えとく」


 ああ、今から放課後が楽しみだ。

 いや、毎日が楽しみになってきた。


 異世界を救った英雄でも、青春っぽいイベントには弱いらしい。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

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毎日投稿2日目!

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