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13.帰還勇者とスポーツテスト 後編



「お疲れー」

「おー! お疲れ~」


 スポーツテストの全種目が終わり、体育館にいたクラスメート達と一日を(ねぎら)いあう。


「そういえばあれ見た?」


 そのうちの1人が雑談の話題を振ろうとしたタイミングで割り込んで断る。


「すまん、ちょっと外で用事あるから行ってくるわ」

「おお」

「行ってら」


 こういうのは言い出しづらくなる前に話した方がいいと決まっていたり、いなかったりする。

 早歩きで体育館を出て向かうのはもちろん、屋外種目が行われているグラウンドだ。

 先ほどの3人の集まりを見た時からなんとなく胸がざわざわして落ち着かない。




 真剣な表情で種目に取り組む見知った面々(あの3人)、そしてそれを見守る無数のギャラリー。

 グラウンドに出た俺の目に飛び込んできたのはそんな光景だった。

 物理的にできた人の壁を乗り越える気が起きなかったので、人の少ない場所からちょっと様子見することにした。

 ……どうやら次に種目に取り組むのは花梨(かりん)さんみたいだ。

 50m走のスタートラインに立った彼女は、雲間から差し込む陽に照らされ、まるでステージを掌握するスターのように見えた。


「ふっ!!」


 スタートを知らせる笛の合図と同時に走り出した彼女は、どんどん速度を上げて、余力を残した様子でゴールした。


「ふぅ……これくらいが限界ですわね」

「えーっと……記録は6.5秒!」


 記録係だった昇子(しょうこ)さんが周りのオーディエンスにも聞こえるように声を張り上げて伝える。

 しかし6.5秒って……日本記録に近くないか?

 どうやら花梨さんの運動能力はかなり高いっぽい。

 そしてその後も花梨さんを筆頭に3人ともが目を見張る記録を残し、スポーツテストを終えた生徒達が続々と集まってきた。






「「「おお~!!」」」

(ついに歓声以外なにも情報が入って来なくなったな)


 次々とやってくる観客に場所を譲り続けた結果、人の壁で3人の姿が見えないどころかどんな記録を出したのかすら聞こえなくなってしまった。


「……教室に戻るか」


 あの3人がなぜ一緒にスポーツテストを行っているのか気になって仕方がなかったからここまでやって来たんだけど……これだけ人が集まっては呑気に会話することすらままならない。

 競い合っている雰囲気こそあったけど、特に雰囲気が悪い感じはしなかったし後で聞けばいいか。

 ……やっぱり気になるから今すぐ聞きに行くべきかも。


「うーん……無理だな」


 あまりにも人が多いし、そこに話かけに行った時の周りの空気が怖い。

 だって誰一人としてあの3人に話しかけないんだもんなー。


「何が無理なんですか?」

「うわっ!?」


 突然横から声がして反射的にその場から飛び退く。

 一瞬誰かわからなかったが、彼女のその瀟洒(しょうしゃ)な立ち姿には覚えがあった。


「えーっと、もしかして花梨さんのとこの……」

「はい、使用人をしております」


 やっぱりそうだったのか。

 前回花梨さんの家(?)で会った時はなぜか仮面をかぶっていた彼女がなぜか今回はサングラスを付けて俺のところに現れた。


「…………」

「…………」

「……あのー、名前はなんていうんですか?」

「あ……失礼しました。名を苧環(おだまき)ネイと言います」


 意外と抜けているところがあるのかもしれない。

 苧環さんも俺と同じく学生服を着ているため、ここの学園の生徒ということになる。

 そして、彼女は片手に松葉杖を持っていた。

 それも杖に体重を掛けているわけではなく、本当にただ持っているだけの状態だった。


「怪我されたんですか?」

「ソウデスネ。お嬢様のご命令でスポーツテストが終わるまで足を挫いてしまっているところです」


 不満があるのかはわからないが、虚無を感じさせる口調で俺の質問に答えてくれた。


「それは……大変ですね」

「いえ、手持無沙汰になった時によく言われる『何か面白い話して』と比べれば造作もないですよ」

「……心中お察しします」


 どこの世界の使用人も大変なんだなー。


「ふむ……御三方がこちらに来るまでもう少し時間がかかりそうなので、山田様が思っているであろう疑問についてお答えさせていただこうかと思います」

「おお。それはぜひ教えてほしいです」


 予想外の所から回答が来た。


「まず、今朝の出来事からですね。山田様からお嬢様へ一通のメッセージが届きました」

「あー……送りましたね」


 またしても予想外の所から話が始まり面食らう。

 まさかこの状況になってるのは俺が原因なのか?


「そしてスポーツテストが始まるタイミングで、お嬢様は山田様のメッセージに書いてあったお二人を見つけました」

「あれ? 花梨さんってあの2人と顔見知りでしたっけ?」


 最低限顔と名前が一致する程度の事前知識がなければ、2人のことを見かけても声を掛けられないと思うんだけど。


「……いえ、私がささっと調べ上げてお二人のお顔をお嬢様に見せておいたからですね」

「そ、そうですか」


 どうやって調べたら2人の顔が出てくるんだ……?

 新学期に撮ったクラスの集合写真とかか?

 それがすぐに出てくる情報網も怖いんだけど。


「お嬢様がお二人の前でこう宣言したのです。『あなた達、(わたくし)の部活に入るならこれからスポーツテストで勝負しなさい!』と」

「それはまた、血気盛んなことで……要するに、今朝俺が送ったメッセージを見た花梨さんが新入部員候補の2人をスポーツテストを利用して試してるってことですか?」

「その通りでございます」


 苧環さんの情報網と、花梨さんの行動力に冷や汗を垂らしながらここまでの話を自分なりの要約で反芻(はんすう)する。


「試すっていっても、そんな大会とかがあるタイプの部活じゃないんですから」

「競い合うことで見えてくるものがあるのではないでしょうか」

「案外、青春っぽいことがしたいだけだったりして……?」


 茶化すように言ってみる。

 年相応の好奇心を持っている彼女だけど、人の上に立つものとしての大局観も持ち合わせているように感じる。

 どうしても、この行動にも何か考えがあるのではと思ってしまう。


「まあ、それもあるでしょうね……」


 そう言ってぼそりと独り言のように呟いたかと思えば、松葉杖をカッカッと鳴らした。

 花梨さんのわがままに普通にキレてるなこの人。


「全く、昔からあの人は後先考えずに自分のやりたいこと優先で……そのツケが誰に回ってくるのかわかってるんでしょうか」


 「はぁ……」と苧環さんは大きなため息を吐く。

 文句を言っているようでいて、その声音はとても穏やかで慈愛に満ちているように感じた。

 この感じは多分あれだ、ツンデレ的なやつだ。


「愛されているんですね、花梨さん」

「ふふ、それはお互い様ですよ」

「え?」

「ほら、お嬢様達がこちらに来ますよ」


 苧環さんの言葉の真意を聞く間もなく、花梨さん達3人組がこちらに気づいた。


「あー! ヒデ君、見に来てたの?」

「お、おう。珍しすぎる組み合わせだったんで、つい来ちゃったわ」


 俺の姿を見つけるや否や、(あずさ)が駆け寄ってきて手を握ってきた。

 制汗剤の匂いだろうか、ふわりと爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

 平静を装いつつ、他の2人にも目を向ける。


「つっても、まともに3人の記録を見れたのは最初の方だけで、後半は人込みに追い出されてここに避難してたんだけどな」


 3人を取り巻いていたギャラリーは続々と教室に帰って行っている。

 恐らく花梨さんあたりが教室に戻るように誘導したのだろう。


「そうなんだ。そこのネイさんが怪我しちゃって急遽3人で回ることになって大変だったんだよ」

「イテテテテ、古傷が痛みますねー」


 わざとらしく右腕を押さえて中二病っぽい構えをする苧環さん。

 結構ノリのいい人らしい。


「ああ、そこら辺の話なら丁度さっき苧環さんから聞いたんだ」


 梓と目を合わせると、ようやく俺の手を話してくれた。

 ……ほっ。吐息多めの汗ばんだ女の子に近寄られることほど心臓に悪いイベントはないかもしれないな。


「それで3人ともどんな記録になったんだ?」


 「私はこれくらいだよー」と言って梓が記録用紙を見せてくれた。テープで隠されている体重の項目を指で覆い隠しながら。


「おお……やっぱすごいとしか言えないな」


 どの記録も最高得点クラスで、ただただ感嘆する他なかった。


「じゃあ他の2人は……」


 梓のように記録用紙を見せてもらおうと2人の近寄ると、さっと距離を置かれてしまった。


「……なんで離れるの?」

「いや何でもないけど……」

「とりあえず今は近寄らないでいただけますか?」


 苧環さんを盾にして、2人は足早に室内に戻ろうとする。

 その場に残る意味もないので、2人に合わせて俺達も歩き出す。


「ふふ、男は皆ケダモノと言いますからね」

「ええ……」


 またしても苧環さんが含みのある言い方をする。

 俺が何をしたって言うんだ。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

感想、誤字脱字の指摘はお気軽にどうぞ。

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予定通りいかず、いつもすみません。

次話は今週中に更新予定です。

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