12.帰還勇者とスポーツテスト 前編
骸骨模型の襲撃(?)から一夜明けて、俺は始業のチャイムが鳴るかなり前の時間に学園にやってきた。
外や体育館からは朝練に精を出す学生達の声が聞こえてくる。
「……ここは異常なしか」
手芸部の前で立ち止まって、1人呟く。
昨日は閉門の時間だったし、無関係の昇子さんを巻き込むわけには行かなかったからすぐに帰ったわけだけど……今日は違う。
犯人が残した手がかりが何かないかと考え、この人通りの少ない朝の時間を利用すべく部室棟へやってきた。
「あら、英雄様もいらしていたのですか」
「花梨さん……! おはようございます」
聞き覚えのある声の方を振り向くと、そこにはやはり伝承研究部の長こと春風花梨さんがいた。
「花梨さんももしかして……」
「はい、昨夜英雄様から連絡いただいたので、私もこうして部室棟に足を運んで調査に来ていたのですが……」
浮かない顔でそう話す彼女を見て、なんとも言い表せない不安が募る。
「英雄様、こちらに来ていただけますか」
そうして花梨さんに連れられてやってきたのは、部室棟4階の端にある我らが伝承研究部の部室……の隣にある天文部の部室だった。
「これって……」
部室内の床には、以前見せてもらったあの写真と同じようにでかでかと魔法陣が書かれていた。
「昨日、天文部では顧問が18時以降に資料整理をする予定だったため部員の方が帰られるタイミングで施錠しなかったみたいでして」
「その18時以降の誰もいない時間を狙って魔法陣が書かれたと……」
そこまで言ってから、ハッと気づく。
「18時以降ってことはまさか……!」
「ええ。恐らくこれを書いた犯人は英雄様が骸骨に気を取られている間に侵入し、魔法陣を書き残したのだと考えられますわ」
そう言って花梨さんは、俺に一枚の紙を差し出す。
「昨日の天文部について、顧問から聞き取った内容がそこに書かれておりますわ。後で目を通して置いていただけると助かります」
……後で?
「ということは、俺達でこれから何かをする……?」
当然の疑問に対して、花梨さんはにこりと笑って告げる。
「もちろん。この魔法陣の後片付けを」
「俺達って実は清掃部だったりします?」
「さ、時間は限られていますからサクサク進めますよ」
若干の皮肉を混ぜた俺の小ボケは無視されて、泣く泣く掃除を開始した。
すでに生徒会長から許可をもらっているらしく、現場の写真を一通り撮影した後で、始業時間に間に合うように急いで魔法陣を消していくことになった。
「はぁ……朝からなんだか疲れたな」
時計を確認することなく、無我夢中で掃除をした結果、始業の10分前に教室に着くことができた。
「どしたのヒデ君? ひょっとしてスポーツテストが嫌だったりする?」
朝の一仕事を終え、机に突っ伏している俺の顔を覗き込む人影が見えたため、渋々上体を起こす。
「ち、ちげーし……別に、嫌とかじゃねえし」
「なんでツンデレ風?」
正しくは素直になれない小5男子風な。
「始業前に色々あったんだよ。その結果、部室の掃除をする羽目になって疲れたって話」
俺とは対照的で元気そうな梓に先ほどまであったことをさらりと話す。「魔法陣」という単語は絶対口に出す気はないが、疲れた理由を説明しないことには梓も納得できないだろう。
「ふーん……部室って、ヒデ君が所属してる部活の?」
「あ、ああ。そうそう俺が入ってる部活」
どうやって誤魔化すか一瞬迷ったせいで受け答えがぎこちなくなってしまった。
理由はわからないが、梓に見つめられると蛇に睨まれた蛙みたいになってしまう時がある。
「うーん……」
俺の反応を見た梓は、何か思うことがあるのか顎に人差し指を置いて唸っている。
今の俺の態度を怪しんでいるのか、はたまた全く別のことを考えているのか……。
「よし、決めた! 私もヒデ君と同じ部活に入るよ」
「この話の流れでか!?」
そんな魅力的に感じるようなこと言ってないぞ!?
「放課後に入部届を部長宛てに持って行けばいい?」
「ちょ、ちょっと待って……今、部長に確認取るから。また後で教える」
そもそも伝承研究部って正式な部活でよかったっけ?
花梨さんの権力と生徒会長の認可で部活として成り立ってるけど、実質非公式みたいなものなんじゃないか?
だって俺、入部届を書いた覚えがないし……。
「入部試験みたいなのがある感じなの?」
「ま、まあ面接はあると思う」
そこで始業のチャイムが鳴ったため、ひとまず部長の花梨さんに入部希望者がいる旨の連絡を送ってこの話は終わった。
「……ふむ」
スポーツテストのスコア表を見て、1人で深く頷く。
すでにほとんどの競技を終わらせた俺だが、すべての競技で全国平均のちょい上の値を取れている。
スコア表に記載されている点数で表すと10点中7点と言ったところか。
(完璧だ)
異世界帰りで習得した超人的な身のこなしと、体内魔力を使った身体能力強化を駆使すればもっと上位を狙えたとは思う。
だけど俺はこの記録でいい。なぜなら変に目立ちたくないから。
記録を取ってくれていたペアの子が俺のスコア表を見返して驚く。
「山田君、ここまでオール7点なのすごくない!?」
でもやっぱりちょっとは運動できるアピールはしておきたいから平均よりちょい上を狙ってしまったのは許してほしい。
「……ん?」
残りの種目を終わらせるために体育館に入ると、その一角で小さな人だかりができているのが目についた。
「あれ、なんの集まりだろう?」
「さあ……? あそこの種目だけ進みが悪いとかだったら嫌だけど、そんなことはなさそうだしなー」
どっちかというとただのギャラリー、もしくは野次馬みたいなものに見える。
「俺らには関係ないし、先に空いてる種目やっちゃおうぜ」
そう言って先に進もうとした時だった。
人と人の間から出てくる彼女らの姿が見えてしまった。
梓と花梨さん……そして昇子さんが一列になって歩いてくるのが見えたのだ。
「やべっ!」
咄嗟に人影に隠れる。
「……昇子さん、どうかしましたか?」
「なんか山田の声が聞こえたような気がして」
「そう? 私は聞こえなかったけど。気のせいじゃない?」
気のせいですよー。
人込みの中からのらりくらりと動きつつ3人の背を見守って、体育館を去ったのを確認してから安堵の息を吐く。
「あ、いたいた。山田君が急に消えるから驚いたよー」
「ああごめん。ささ、次の種目やろう」
一仕事負えたように、額から流れてきた汗を拭きつつ反復横跳びの測定コーナーに移動する。
それにしても……どうしてあの3人で回ってるんだ?
昇子さんも、花梨さんも、梓もお互いに面識がないはずなのに。
もしかしたら、俺が知らない間に知り合っていたのか?
「や、山田君! すごい記録が出たよ!?」
ペアの子も含めた周囲の驚きの声と測定時間の終了を告げる音で我に返る。
「あ……!!」
しまった。無意識のうちに動いていたから記録を考慮したペース配分なんて全く考えてなかった。
肝心の記録は……良かった、まだ人間の範疇の記録っぽいや。
自分が一番楽なペースで動いていただけだったため、あまり変な記録にはならなくて助かった。
「えーっと……はぁはぁ、ひぃー疲れた!」
それでも若干の注目を集めていたのは事実だったので、一応疲れてますよアピールをしておかなくては。
これで涼しい顔でペアの子と交代するのもそれはそれでよくない気がしたからだ。
「ねえねえ、この後ちょっと外にいかない? あの3人が今度は屋外の種目をやるらしいよ」
俺が口をパクパクとさせながら回数を数えている間に、後ろの人達の声が耳に入ってきた。
”あの三人”というのは十中八九昇子さん達のことだろう。
これ以上の考え事は、数えるのに邪魔になるからシャットアウトするとして……俺も後で見に行ってみよう。
……そうして見に行った運動場で、今朝とは別ベクトルのトラブルに巻き込まれることを、この時の俺はまだ知らなかった。
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モチベが復活したので勝手に再会します!
次回は数日以内に投稿できると思います。




