モノローグ9 噂話と帰還魔狼
「昇子さん、こんな噂聞いたことある?」
昼休みの食堂で、英雄が話す。
「18時まで学校に残ってると、廊下を走りまわる人体模型や骸骨に遭遇するらしいよ」
「…………」
そのいかにもなオカルト話を聞いて、私は逡巡する。
(これは……どっち?)
幽霊や怪談の類は全然平気なんだけど、ここは一旦苦手そうな雰囲気を出して、彼の気を引くのもありなのだろうか?
「……ばかばかしい。どうせ閉門までに生徒に帰ってもらうために先生達が面白半分で考えた噂とかでしょ」
迷った末に、素の自分で勝負すると決めた。
「まあ……夜中じゃなくて『18時』なのは俺も気になった」
「ていうか、ほんとにそのオカルト研究部に入ってたんだ」
最初聞いた時は冗談だと思っていたが、まさか本当にそんな怪しげな部活に入っていたなんて。
「こっちの部員集めがうまくいったら、私も入ろうかな。その伝承研究部に」
「え……」
「ん? 私が入ると何か嫌なことでもあるの?」
「いやいや、全然ありがたいけど。見るからに不信がってる部活に入ってくれるのが意外だなと思って」
「見るからに不信なんだから入って確かめないとダメでしょ」
「……返す言葉もございません」
これは……早急に手芸部の部員を集めないといけないかもしれない。
……と、思っていたわけだけど。
「これで……ついに手芸部存続に必要な5人が集まりました……!!」
私と静枝が彼女を部室に連れてきた時点で残りの2人も察したと思う。
……それを踏まえた上で、興奮した様子の糸並さんが改めて宣言した。
結論を言うと、兼部してくれそうな生徒のいる部活候補の筆頭だった演劇部を私達が訪ねたところ、彼女の勧誘に見事成功した。
部長が不在だったため担当顧問に兼部の許可を取り、顔合わせもかねて今日は手芸部の活動に付き合ってくれることになった。
「えー、ごほんっ! 演劇部と兼部している華形鮮火だ。みんな、これからよろしく! 丁度良かったよ。今日は部長のいないオフ日だったからね」
演劇部らしい(?)ハキハキとしたしゃべり方で簡単な挨拶を済ませる華形さん。
170越えの身長と、その堂々とした立ち振る舞いにしばらく圧倒されていた私達だったけど、しばらく話しているうちにそれもあまり気にならなくなっていった。
『山田のおかげで部員5人集まった! ありがとう』
『お役に立てたならよかった。今も部室でワイワイしてる感じ?』
『うん。18時までやってくっぽい』
『俺も18時まで部室の掃除やる予定。お互いがんばろう(?)』
手短に英雄へ報告と感謝の言葉を送る。
その後は……5人で談笑しながら各々が各々の作業していると、あっという間に時間が過ぎていった。
「ねー、この後どこか寄ってかない? 私まだまだ話足りないよー」
部室の鍵を返しに行っている糸並さんを外で待っている時に布川さんが私達3人に呼びかけた。
「それいいね!」
「まあ今日くらいなら」
華形さんはともかく、勉強星人の静枝ですら珍しく乗り気だ。
「私も……」
2人に続くように返事をしようとしたその時……部室棟から強い魔力を感じた。
「? 昇子、どうしたの?」
「……ごめん、私この後予定あるんだった……! じゃあまた明日!」
「ちょっと昇子!?」
静枝の声を背に受けながら一目散に部室棟に駆け出す。
魔力の反応は部室棟の4階……手芸部の真上にあった。
もし英雄がまだここに残っているのなら、あの魔力反応と接触するはず……!
それが敵なのか味方なのかはまだわからないけど、私もその場に居合わせたい。
敵なら見つからないようにしつつ上手く英雄を援護するし、味方なら偶然を装ってそこに行くだけでいい。
「……嘘」
手芸部近くの階段前に来た時に、私は動きを止めた。
魔力反応はこちらに向かってものすごい速度で降りてきているし、それをさらにものすごい速度で追う英雄らしき気配も感じたからだ。
私が一瞬硬直している間に、それは姿を表した。
「骸骨の、模型……」
魔法で操作されているであろうその骸骨は、一足飛びで階段の最上段から飛び降りてくる。
その間に、様々な思考が頭の中を巡る。
――英雄が昼休みに話していた噂ってこいつのことだよね? 戦うべき? そもそも敵なの? この速度で階段を降りてきた意味っていったい? ぐずぐすしてたら英雄が降りてきちゃうよ? 交戦してるのを英雄に見られたらどうする?
『…………』
ゆっくりと、こちらに向かって一歩を踏み出してきた骸骨を見て、確信した。
「あ……」
と同時に床に倒れ伏して、死んだふりを決め込む。
大丈夫。向こうはあくまでも何も知らない一生徒が驚いて倒れたとしか思っていないはずだし……もし万が一、攻撃してきても今の私ならなんとか避けれる……たぶんだけど。
それにこの骸骨、すでに魔力がほとんど抜けている。
加えて英雄も迫ってきているわけだから、これ以上何かできるとは思えない。
「し、昇子さん……?」
予想通り、ガシャンッと音を立てて骸骨模型が崩れたのと同時に英雄が私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「昇子さん!!」
慌てて駆け寄ってきてくれるのがわかる。
努めて平静を装ってゆっくりと目を開こう。
「ん……? 山田?」
「昇子さん、何があった? 身体に異常はない?」
「んぇ……ええと、骸骨の模型がこっちに向かって走ってきたから、咄嗟に死んだふりをしてたんだけど……」
私の無事を確認した瞬間に両肩を掴んできたので、声が上ずってしまった。
「死んだふり……びっくりしたよ。あんまりにも上手だったから」
英雄のこの様子からして、私のことを容疑者として見ていないようだった。
……信頼してくれてるのは嬉しいけど、もう少し私のことも疑った方がいいんじゃない?
こういうのは往々にして第一発見者が犯人のパターンもあるよ?
「――昇子さんはこれから帰るとこ?」
「え、うん。ちょっと忘れ物しちゃって取りに戻ってきて……」
「……せっかくだから一緒に帰らない?」
多分骸骨を動かしていた犯人がまた私のところに来ることを危惧しているのだろう。
相変わらずの超が付くほどのお人好しっぷりに、こっちの方が心配になる。
こんなハプニングさえなければ、今頃手芸部のみんなと楽しくおしゃべりしていたのかなとふと考える。
……そう思うと少し複雑な気分だな。
でもここで、「手芸部の子達と帰る」と言ったらそれこそ英雄に無駄な気苦労をかけちゃうし……
「うん。いいよ」
静枝に謝罪と「なんとかしといてほしい」という旨のメッセージだけ送って、英雄の提案に乗ることにした。
2人で帰れるこの状況を素直に喜べなくて、目を見て話すことができなかったけど。
……英雄に心配されるたびに、なんだか胸の奥がちくりとする。
それの正体が何なのかはとっくに気づいてるけど……もう少しだけ見て見ぬふりを続けることにした。
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投稿が少し遅れて申し訳ないです。
でもこの調子でどんどん書いて更新頻度も上げていけるように頑張ります。




