11. 帰還勇者と噂話
「昇子さん、こんな噂聞いたことある?」
昼休みの食堂で、昨日花梨から聞いた噂を話題に出す。
「18時まで学校に残ってると、廊下を走りまわる人体模型や骸骨に遭遇するらしいよ」
オカル……伝承研究部を掃除している最中に教えてもらったその話は、いかにも学校の七不思議と言える代物だった。
「…………」
昼食の照り焼きチキンを堪能中の昇子さんの表情は真顔だ。
(これは……どっちだ?)
苦手だからこの手の話はやめてほしいタイプなのか、作り話っぽすぎて呆れてるのか。
これでもし前者だったらすぐに謝って明るい話題に変えよう。
「……ばかばかしい。どうせ閉門までに生徒に帰ってもらうために先生達が面白半分で考えた噂とかでしょ」
他に何かいい話題は無いかと思案していたが、いらぬ心配だったらしい。
「まあ……夜中じゃなくて『18時』なのは俺も気になった」
「ていうか、ほんとにそのオカルト研究部に入ってたんだ」
昨夜もオンライン勉強会を開催したため、そこでお互い学校であった出来事を話した。
「一応正式名称は伝承研究部ね」
「伝承研究部……うん、イインジャナイ?」
昇子さんの感触は昨夜、部活の名前を出した時からよくなかった。
胡散臭いのがいけないのはわかってるけど……こればっかりはどうしようもなくない?
『まあちゃんと活動してるならいいや……なんか変なことに巻き込まれてるとかじゃないなら……』
「こっちの部員集めがうまくいったら、私も入ろうかな。その伝承研究部に」
「え……」
「ん? 私が入ると何か嫌なことでもあるの?」
話の流れが予想外すぎて一瞬思考が停止してしまった。
変に間ができる前に会話を続けないと……!
「いやいや、全然ありがたいけど。見るからに不信がってる部活に入ってくれるのが意外だなと思って」
「見るからに不信なんだから入って確かめないとダメでしょ」
「……返す言葉もございません」
これはこれで逆に昇子さんに伝承研究部の健全な活動を知ってもらういい機会な気がする。
……もともと怪しい活動をしていたわけでもないけども。
「……ふふ」
「どうしたの?」
「部活でも昇子さんと一緒なのは頼もしいなと思っただけ」
あのブレーキ役が必要そうなお嬢様を任せられる人が入ってきてくれて、しかもそれが親しい友人だというのだから、自然と笑みもこぼれるものじゃないだろうか。
「……あっそ」
言葉の素っ気なさとは裏腹に、昇子さんは柔和な笑みを浮かべていた……ように見えた。
「申し訳ありません。今日は習い事があるのでこれで失礼いたしますわ」
放課後の部室にて、花梨が退出する。
ご令嬢である花梨は幼少期から多くの習い事に通っていて、今でもそのいくつかを続けているらしい。
時計を確認すると、17時半……あと30分で18時か。
「じゃあ後は全部俺がやっとくよ。もうちょいで掃除も終わるから、明日から本格始動と行こう」
「ええ、明日の放課後を楽しみにしていますわ。それではまた」
「うん、また明日」
妖艶な笑みを湛えて一礼した後、行儀よく退出する花梨を見届ける。
あの立ち振る舞い……彼女が学園で一目置かれている理由がよくわかるな。
「…………やっぱり、とんでもない人と関わることになっちまったなー」
異世界でひょんなことから王女様とお近づきになった時くらいの感覚だ。
王女様の相手をしてる時も大変だったなー。
花梨と同等かそれ以上にお転婆で振り回されてた記憶しかない。
立場上邪険に扱うこともできないから、塩対応ながらピナも渋々相手してたな。
そうやってあの頃を思い出しつつ掃除を進めていると、携帯にメッセージが届いたのに気づく。
『山田のおかげで部員5人集まった! ありがとう』
空いている方の手をぎゅっと握りしめる。
『お役に立てたならよかった。今も部室でワイワイしてる感じ?』
『うん。18時までやってくっぽい』
『俺も18時まで部室の掃除やる予定。お互いがんばろう(?)』
『よかったら途中まで一緒に帰らない?』と打とうとして、やめておいた。
今日はおそらく手芸部の人達と帰るだろう。
そこに割り込んで行くのはあまりにも無謀な気がする。
「うし! 俺も、もうひと頑張りしますか」
そうして黙々と作業をしているうちに時間が過ぎていき、気づけば閉門を知らせる音楽が流れ始めていた。
「やべっ、全然時計見てなかった!」
鞄を持って、駆け出すように部室を出る。
掃除自体は終わっていたようなものだったけど、家具の配置や他に足りないものは無いか等を真剣に考えていた結果、こんな時間になってしまっていた。
「……は?」
鍵をかけて、部室を出た瞬間に見えた後ろ姿に、思わず足を止めた。
廊下の端に見えた小さな人影だったから、もしかしたら見間違えだったかもしれない。
だけど、確かにあれは……骸骨だった。
「冗談じゃ……ねえぞ……!!」
悪態を吐くのと同時に俺は再び駆け出す。
我らが伝承研究部の部室は4階の端にあり、1階の端にある手芸部とは真反対の位置に存在する。
今度は部室を出た時よりも数倍の速さで、廊下の端から端へとあっという間に駆け抜けていく。
ただの歩く骸骨だったら見間違えだったということにして帰っていたかもしれない。
けれどあれには遠目からでも強い魔力が込められていたのを感じたし、何より昇子さん達のいる部室に向かっているのが放っておけなかった。
(歩く骸骨の噂が本当で、魔力が籠ってるなら……犯人は魔法陣を書いてるやつと同一か?)
走りながら冷静にそんなことを考える。
隠す気配のない魔力はやはり、一階の端……手芸部の部室へと向かっている。
(階段に人の気配は……ないな!)
廊下の端にある階段まで到達した俺は、階段の壁を蹴って、壁キックの要領で一気に降りていく。
ものの数秒足らずで一階まで降りて、すぐに手芸部の前まで走ると……
「し、昇子さん……?」
ガシャンッと音を立てて崩れた骸骨模型と、床に倒れている昇子さんがいた。
「昇子さん!!」
慌てて彼女の元へ駆け寄る。
呼吸は……よかった、正常だ。
「ん……? 山田?」
「昇子さん、何があった? 身体に異常はない?」
「んぇ……ええと、骸骨の模型がこっちに向かって走ってきたから、咄嗟に死んだふりをしてたんだけど……」
「死んだふり……びっくりしたよ。あんまりにも上手だったから」
「ごめん」と一言断ってから、無意識のうちに触れていた彼女の肩から手を放す。
「そう? これ、初めて人に褒められたな」
「そりゃあ死んだふりを披露する機会なんてなかなか無いだろうからね」
「今日入ってきてくれた子が演劇部と兼部してるからかな」
「そうだったんだ」
気の抜けたやり取りをしているうちに俺の気分も幾分か落ち着いてきた。
「で、これ……なんだったの?」
「え……っと。ドッキリだったんじゃない? 俺はこの模型を追って走って来ただけだし、仕掛け人が誰なのかは名乗り出てこない以上わかんないけど……」
変に疑われないよう必死で誤魔化しつつ、骸骨の状態を確認する。
魔力の反応は……きれいさっぱりなくなっている。
これは相当な手練れの犯行だ。
「とりあえず、部室の鍵を届けるついでに一言報告しておくよ」
この無害になった骸骨模型は、申し訳ないけど先生に片付けてもらおう。
「昇子さんはこれから帰るとこ?」
「え、うん。ちょっと忘れ物しちゃって取りに戻ってきて……」
「……せっかくだから一緒に帰らない?」
期せずして先ほど送りかけた文章を口に出すことになった。
いやだって、このまま1人で帰すわけにもいかないし……仕方なく、ね?
骸骨模型を操っていた犯人が俺達に危害を加える可能性だってあるわけだし。
……誰になんの言い訳をしてるんだ俺は。
「うん。いいよ」
夕闇の暗がりで昇子さんの表情はよく見えなかったが、柔らかな声色からして快く同意してくれたと解釈しておこう。
「そういえば明日スポーツテストじゃん。山田は自信ある?」
帰り道にて、昇子さんに何気ない話題を振られる。
あの骸骨を操っていた犯人が彼女に危害を加えないか心配で結局家まで送り届けることにした。
正直、「遅い時間だから送っていくよ」と提案したときは遠慮がちに断られるかと思ったが、意外にもあっさりと了承してくれたため、今に至る。
「う~ん、最近運動してるから多少はある……かな」
「異世界帰りのインチキを使えばほとんどの種目で満点評価を取れるけど、そんな変に注目を集めるようなことする気がないから~」なんていう前提を心の中で唱えていたら、歯切れ悪い答え方になってしまった。
「ふーん。ま、私はぼちぼち出来ればいいかな」
「適度に手を抜くってやつですな」
「そういうこと」
人の体力は無限じゃないんだから、楽すべきところでは楽をしようという話だろう。
「……私の家、ここだから」
「え、もう着いてたんだ」
予告もなしに立ち止まって紹介されても反応に困りますよ昇子さん。
指で示された先にあるのは、住宅街にあるごく普通の一軒家だった。
駐車場には車が1台停めてあり、家の窓からは暖かそうな色の光が点いているのが見える。
外にまで漂ってくる美味しそうな香りからして昇子さんの両親のどちらかが夕飯を作っているのだろう。
「じゃあ、また」
「ん、送ってくれてありがと」
軽く手を振りあって別れる。
突然のお別れで名残惜しいような気分になるけど、明日も学校で会えるんだからここは潔く帰ろう。
未だに沈んでいない夕日に季節の移り変わりを感じながら俺は帰路に着いた。
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月1投稿になってしまってるのが情けない。
次話こそは1週間以内に投稿できるように頑張ります。
対策というわけではないですが、この文量に慣れればなんとかいけないかなと思ってます。




