9.手伝いと引っかかり
突然だがみんなは何かから逃げだしたことはあるだろうか。
俺はめちゃめちゃある。
こっちの世界でもよく苦手なことからは逃げているし、異世界では不要な戦闘を避けたり戦力的に敵わない相手から仲間の生存優先で逃げ出したこともあった。
そして、一年間の冒険の末に精神的に少しは成長した俺は――
「ごめん、今日は放課後部活行くから」
少々、現実から逃避したくなる話に直面していた。
「そっか」
昼休みの食堂で昇子さんにそう告げられ、短い返事で応じることしかできなかった。
当たり前のことだが、廃部がかかっている以上、部活動を一日も欠かすことはできないだろう。
……わかっていたことだけど、昇子さんと放課後一緒にいられないのは残念だ。
「前も言ったけど、俺に手伝えることがあれば何でも言ってくれよな。なんてったって帰宅部志望の暇人だからな」
「……わかってる。だから、放課後付き合ってよ」
「え?」
てっきり呆れられてジト目で見られるか、溜め息を吐かれると思っていた俺は予想外の返答に面食らってしまった。
「や、山田君ありがとね……!」
「いやいや、特に放課後やることなかったからこれくらいなんてことないよ」
昇子さんに手芸部の備品整理……もとい大掃除の手伝いを頼まれた俺は使っていない机や椅子を廊下に出したり、奥の方に積まれていたダンボールを運んだりしていた。
「……帰ったらちゃんと宿題やりなよ?」
「昇子さん、母親みたいなこと言わないでよ」
「あはは……」
昇子さんは、俺が床に置いたダンボールの中からぬいぐるみや手袋を取り出して糸並さんの座っている机の上に並べていく。
そして糸並さんはそれらを使える物と使い道がないが再利用できそうな物、使い道がないので処分する物に仕分けていく。
「とりあえずこんな感じかな」
糸並さんの手際が良く、作業自体は意外と時間がかからなかった。
「結構あるね」
「うん、なるべく使える物はたくさんあったほうがいいと思って」
「何に」使うのかというと、当然部活への勧誘・紹介用にだ。
糸並部長が厳選した作品を一つずつ見ていく。
手袋、人形、アクセサリーそしてプラモデル。
「プラモデル!?」
思わず声に出してしまった。
プラモデルがあったことにも驚いたが、それを外装のダンボールごと雑に床に置いてしまったことへの後悔から漏れ出た言葉だった。
「これ……安いタイプのだから前の部員の人が置いて行ってくれたんだと思う」
「基本的に手を使って何かを作るなら手芸部の活動としてはなんでもOKなんだってさ」
「へー……おお、ドレスとかもあるんだ」
「それはたぶん演劇部の人に頼まれて作った物、かも」
なるほど、裁縫が必要な衣装や小道具を他の部活に頼まれて作ってもいたのか。
……あれ?
「山田、どうかした?」
「うーん。なんかもうちょっとでいい案が浮かんできそうなんだけど……思いつかなくて、とりあえずこいつら動かそうか」
「うん……! この作品と、廊下に出した机と椅子を使ってうまく展示しよう!」
手芸部の部室は部室棟一回の一番端だ。
新入部員確保には呼び込みも当然必要だが、廊下に何かを置いてアピールしなければここが部室だということにも気づかれない。
「よ、呼び込みは……できる時間が決まってるから……また明日頑張るとして、今日は廊下の展示と掲示と、部室の掃除をがんばろ!」
「うん」
「了解!」
部室前の展示は糸並さんに任せて、俺は昇子さんと一緒に手芸部の場所が書かれた案内のポスターを校内各地にある掲示版に貼っていく。
このポスター、どうやら糸並さんの手作りのようで何とも言えない温もりを感じる。
「部活の勧誘に決まりがあるってなんか珍しい気がするよね」
昇子さんが抑えているポスターに力強く画鋲を刺しながら適当な話題を振る。
「うん。なんならできた経緯も意味不明だし……」
我が高校では部活動への勧誘にある程度決まりが存在し、そのうちの一つが教室以外での勧誘に時間制限があることだ。
これは、過去に部活動勧誘に関してトラブルがあったから……ではなく、居酒屋などの呼び込みが迷惑防止条例違反に当たる話から着想を得た校則らしい。
どんなところからアイディア持ってきてんだと言いたいところだが……。
「まあ、いつでも勧誘できるってなったらそれはそれで気疲れしちゃいそうだからいいんじゃない?」
「そうだね。部員足りてない部活の人も、四六時中勧誘される生徒も」
ちなみに名指しで勧誘したい場合は時間に制限などなく、その生徒の教室内であればいつでも可能という謎の抜け道みたいなルールもあったりする。
「……よし、これで全部かな?」
「うん。ポスターももうないし、部室に戻ろっか」
2人で息を合わせてテンポよく終わらせたおかげで、戻ってから掃除をする時間を十分に確保できた。
初めて会った日からわずか一週間ながらこの連携力……もはや俺と昇子さんは親友と言っても過言ではないかもしれない。
「……運動部の人達も頑張ってるね」
謎の感慨に浸っていた俺は、昇子さんの声で現実に戻される。
グラウンドでは多くの生徒たちが今日も熱心に練習に励んでいる。
異世界での活動で情熱というものが燃え尽きた俺があんな風に輝けるとは思えないし……なんならもう何もやりたくないとすら感じている。
だからこそ熱心に何かに取り組んでいるその光景が羨ましくて、それでいて疎ましくも思えてついグラウンドから目を逸らしてしまった。
……そして拳を握りしめる。
「今日、手芸部がこれから頑張っていこうとしているのだったり……ああやって運動部が練習しているのを見たりしてさ」
見たくない現実は見なくてもいいし、逃げてもいい。
そこに間違いなんてないし、おかしな話でもなんでもない。
でも肝心なのは直視できない状態の時に、逃げている間に何をするかだと思う。
「やっぱ俺も部活やりたいや、具体的に何やりたいかは一切決まってないけど!」
だから、俺も他の人のように部活でもなんでも楽しめるようになった時にこの現実を直視すればいい。
「……そ。いいんじゃない? 山田が何をしようとしてても私は支えるよ、今日手伝ってもらったしね」
「それは願ってもない話だね」
100%まっすぐな応援に、燃え尽きていた心に火が灯った気がする。
話を聞いてくれた相手が昇子さんで本当によかった。
「あんまグズグズしてるとまた梓に無理やり部活動やらされそうだしね」
「その時は私が代わりに怒ろっか?」
「いやー……流石に自分で断るから大丈夫」
昇子さんと梓……この二人の口論に挟まれた時のことを考えるだけで胃がキリキリしてくる。
「あ……そうだ。昇子さん、今夜暇?」
最悪のイメージを頭の中から排除すべく、話題を変える。
「え……まあ、空いてるけど」
「通話しながら宿題しない? お互い無言でもいいから」
経験上、俺は見守ってくれる人がいると作業効率が上がる……っぽい。
そしてお互い無言でも気まずくない人筆頭の昇子さんだとさらに助かる。
「ちゃんと終わらせる気があるなら、いいよ」
夕日に照らされた彼女の微笑みは、今日感じていたモヤモヤがどうでもよくなるほど美しかった。
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山田を見習って、これから頑張っていきたいと思います。




