8.旧友の級友
幼い頃のことは、意外にも覚えているようで覚えていないものだ。
それを俺は最近痛感した。
「で、どうだった?」
一夜開けて、月曜の朝。
「おはよう」の挨拶よりも先に、梓はそう尋ねてきた。
「……何が?」
なんだか素直に言う気分じゃなかったので、少ししらばっくれてみる。
「……口角上がってるけど。さぞかしお楽しみだったみたいでよかった」
「ああ、おかげさまでな。無様な醜態さらしたけど、いい思い出ができた気がするわ」
「かっこつかないところがヒデくんらしくていいじゃん」
「よくはないだろ。俺は穴場スポットを紹介するって言われただけで、あんなに人がいる所だとは思ってなかったぞ」
机に突っ伏しながら文句を言う俺をいたずらな笑みを浮かべて見つめる梓。
「だって、単なる穴場じゃだめでしょ~? そこに向かうまでに相応の試練がないとね」
「誰目線の発想だよ」
桜と祭りにそんなの求めてるの梓くらいだよ。
彼女の独特な価値観を改めて実感しつつ、俺は用意していた物を渡す。
「……ほい」
「なにこれ?」
昨日どさくさ紛れに神社で買っておいた『学業成就』のお守りだ。
どのご利益があるお守りにしようか迷ったが、学生ならこれで間違いないだろう。
「まあ、その……何? 昨日の場所教えてくれたお礼……みたいなもん」
「ふーん……」
梓はしばらく手に取ったそれをまじまじと眺めていたが……。
「いらない」
「なっ!?」
おもむろに俺の机にぽんと置いた。
「だって別に勉強に困ってないしー、私よりヒデくんの方が必要でしょ?」
「いや、俺も別に困ってないって」
「藤さんに教えてもらえるもんね~」
ニヤニヤしながら言い返される。
「おま……じゃあいらないんだな!?」
何を言っても煽ってきやがるなこいつ……!
本当に俺の物にしちゃうからな……!?
訂正するなら今日中に頼むぜ!
「……その代わり、放課後ちょっと付き合ってよ」
お守りに興味がなさそうに前を向いている梓を見て、この会話はもう終わりにしようと思い、鞄にしまおうとした時だった。
「放課後って……」
急にトーンダウンした梓の声に少し驚きつつ反応する。
「今日じゃなくてもいいから、お願い」
「わ、わかったよ」
両手を合わせてわざとらしい動作で茶化そうとしているが、声音と表情から俺をからかうために言っているわけではなさそうだ。
「やった。放課後デートだねー」
「……あんま男を勘違いさせるようなこと言うなよな」
やっぱりからかいたいだけかもしれない。
「わかってるって。藤さんが放課後部活ある日、ヒデくん暇だと思ってね。我ながら優しいなー」
「優しさの押し売りってやつだぞそれは……」
いくら何でも、これで恩義とか感じたりしないからな……?
とはいえ、決まったものはしょうがない。
後でふj……昇子さんに部活がある日を聞いておこう。
確か週2日参加でいいゆるい部活って聞いた気がするな。
「そういう梓の方こそ、放課後忙しかったりしないのかよ? それこそ部活とかでさ」
「部活かー……興味はあるけど、入りたいところが特にないんだよね。ヒデくんにマネージャーやってほしいって泣きつかれたりしたら入ってあげなくもないけど」
「なんでそんな上からなんだよ。俺が入る可能性あるのって手芸部くらいだぞ?」
手芸部にマネージャーなんて概念ないだろ。
「あー……このままだと廃部になっちゃうもんね」
「ああ。今月末まで入りたい部活が他に見つからなかったら一応籍だけでも置いとこうかと思って」
昇子さんには昨日の時点で、名前だけでも入部しようかと提案したのだが、断られてしまった。
「糸並さんが今頑張ってるから、頼るのは最後に取っておかせて」とのことだった。
「部員、集まるといいね」
「そうだな……」
他人事と言われればそれまでだが、今はこれくらいしか言えることがない。
朝のチャイムが鳴り、俺達の他愛もない会話はここでお開きになった。
――そういえば、榊原さんとはなんでそんなに仲がいいの? 中学が一緒だったとか?
ふと昨日の帰りに昇子さんと話した内容を思い出す。
「あー……一応幼馴染みたいな? 小さいころに家が近かったからよく一緒に遊んでたんだよ。まあ小学校に上がる時にいきなり向こうの家が引っ越してってさ、再開したのは高校からなんだけど」
「……オサナナジミ…………で、でもそれだけ会わない期間があったわりには親しそうじゃん。普通もっとよそよそしくなったりするもんじゃないの?」
「確かに……!」
今更気づいた。
いくら昔仲が良くても久しぶりに会ったら気まずい感じになるのではないだろうか?
梓の人柄が明るめとはいえ、実質初対面であそこまで踏み込んだ会話ができるようなものなのだろうか……?
「なんか……最近会ってた人と性格が似てたとか? もしくはトラックのせい……?」
「トラック?」
「うん、春休みに遭った事故でシンプルに頭の打ち所が悪くてどうにかなってるのかも」
「その線だと純粋に心配だから前者だと思いたいんだけど……」
懐疑的な表情だった昇子さんの顔がみるみる青ざめていったため、慌てて補足する。
「大丈夫! ちゃんと精密検査受けて問題なかったから!」
「そ、そうなんだ。なら心配いらないね」
「せっかくだから、梓と俺の幼少期の話でもしようか」
「う~ん……じゃあ一応聞いておこうかな。私も榊原さんがどんな人なのか気にはなるし」
不穏な空気を変えるべく、うろ覚えの思い出を頭の片隅から引っ張りだして勢い任せに話した。
「梓は昔から要領がよくて、同年代の子と勝ち負けが出るゲームで遊んだときはいつもあいつの一人勝ちかあいつのいるチームの勝ちだったんだ」
いい勝負になるように何かしらハンデをつければよかったんだけど、生半可な縛りじゃ梓は止められなかったんだよな。
「……んで、それに嫌気が差した子が一人、また一人と梓と遊ぶのをやめていって、最終的に一人ぼっちになっちまった。そこで俺が『一緒に遊ぼう!』って誘った……わけではなく、向こうがぼっちだった俺を強引に誘ってきたのが始まりだったな」
「榊原さん、心が強いね……!」
全くだぜ。
……俺は砂場の端っこで一人黙々と砂いじりしてただけなのにどうしてこんなことになってしまったんだ。
「それからは毎日遊んでたな。幼稚園が一緒で家も近所だったから、幼稚園がある日は園内で、幼稚園がない日は近所の公園かお互いの家で。勝ち負けの着く遊びからままごとみたいな平和な遊びまで幅広くやってたなー」
心の中で頭を抱えつつ、思い出話(?)を続ける。
なんだろう、話せば話すほど昇子さんの顔が怖くなっていくような気がする。
ぱっと見の表情は変わっていないのだが……オーラというか、光のようなものが失われていっているような感じがする。
「……そこまで親しい間柄だったなら、再開してすぐでも話が弾むもんなんじゃない??」
「そ、そうかな……そうかも」
なぜか笑顔の藤さんから恐怖を覚えた俺は、もう二度とこの話をしないと自分自身に固く誓った。
「なあ、梓」
授業の終了を知らせるチャイムが鳴り、俺は隣に顔を向ける。
「どうかした? 言っとくけど、ノート見せてほしいってのはなしだよ? まだ板書消されてないんだから」
「そんなことくらいわかってるし、ちゃんと書き終わってるって」
昇子さんに話したのはあそこまでだったが、俺にはどうしても引っかかっていることがある。
いつだったか、木の上に引っかかった風船を諦めようとした俺を見かねて、梓がよじ登って取りに行ってくれたことがあった。
『危ないからとらなくてもいいよー!』
『大丈夫……! ほらもう少し……!』
10メートル近い高さまでよじ登った梓が懸命に手を伸ばして風船を掴もうとしていたその時だった。
『あっ……!』
『あぶない!!』
一陣の風が吹き、風船は木から離れて宙に旅立ち、それを追うようにして身を乗り出した梓が木から落下したのだ。
俺は梓を受け止めようとして咄嗟に落下地点へと走り…………そこから先の記憶がない。
「……ってことがあった気がしたんだけど、梓は何か覚えてたりしないか?」
「えー……全然覚えてないなぁ。ヒデくん、もしかして昨日見た夢の内容でも話してる?」
「そんなわけないだろ……」
こんな荒唐無稽な夢よりもっと楽しい夢を見たいよ。……夢の内容って大体荒唐無稽か。
いや、そもそも俺の妄想だったならそれはそれで別にいいんだ。ここにお互いがいる以上特に後遺症があるわけでもなさそうだし。
とにかく俺が言いたいのは、
「俺のこと覚えててくれてありがとな、梓」
「ぷっ……なにそれ、ヒデくんってほんといきなりお礼言ってくるよね」
「……恥ずかしくなってきたから、しばらく話しかけないでくれ」
流れとしては急だが、なるべく早いうちに言っておきたかった。
梓から話かけてくれなかったら俺は思い出せなかったかもしれない。
見た目も変わっていて、彼女の本名すら知らなかった。
「ちょっとちょっとー、私も恥ずかしくなるんだから構ってよ」
「わ、わかったからペンで頬っぺたつつくなって」
あやふやな記憶や梓から感じる謎の親しみには今は触れないでおこう。
なんとなくだが、そのうちわかる気がする。
……俺も仕返しに梓の頬っぺたつついていい?
駄目? ですよねー。
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