モノローグ6
時刻は13時、私は早歩きで目的地へと向かっていた。
遅刻確定で焦る気持ちを抑えて律儀に信号を守る。
せっかく髪も服も今日のためにセットしたというのに、ここで急いで崩してしまっては意味がない。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこだから大丈夫」
英雄を見つけ、謝ったところで……彼の顔色の悪さから申し訳なさがどこかへ飛んで行ってしまった。
「大丈夫? すごい眠そうだけど……」
「実は昨日夜更かししてたらあんまり眠れなくて」
「はぁ……しっかりしてよ」
明らかに調子が悪そうで心配が半分、楽しみにしていた出来事が台無しになりそうで不満が半分、二つの感情がせめぎあっている。
「藤さんの私服、すごいお洒落だね」
「そう? ……ありがと」
私服を褒められた……!
もう満足かもしれない。
……いや、ちょっと待て、
「……ってもしかして、それもあの女の入れ知恵?」
「うっ……いや! 確かに梓から助言はもらったけど、今思ったのは本心だから!」
「なら、いいけど……」
図星かー、なんかちょっと複雑な気持ち。
「これみんな会場の神社に向かってるっぽいね」
「人の数が思ったよりすごい……」
ほどほどにまばらでほどほどに混みあった列を作って祭りの会場へと向かう。
道中、英雄は道の両脇に広がっている景色をよく見ていた。
これ以上気分が悪くならないように気を紛らわしているのかな?
「山田君は人込み平気?」
青々とした木々が立ち並ぶ遊歩道に置いてあったベンチに腰かけて、答えがわかり切った質問をしてみる。
「正直、あんまり得意じゃない」
だよね。
本来は今日誘われたことに浮かれるんじゃなくて、あの時点でもっと別の場所を提案すべきだったんだ。
その考えに至れなかった自分が憎い。
「……無理して誘わないでもよかったのに」
辛そうな英雄の様子を見て、つい口からそんな言葉が漏れ出てしまった。
「私、ちょっと飲み物買ってくるね」
「それなら俺も……」
「山田君は座ってて、顔色悪いし。……私が2人分買ってくるから、ちょっと休んだ方がいいよ」
「わ、わかった」
調子の悪そうな英雄を休ませて、一人で祭りの会場へ向かう。
……さて、とりあえず飲み物はオレンジジュースあたりを買ってくるとして……確か屋台に行ったら焼きそばを必ず食べるとか言っていたような?
異世界での記憶を頼りに、私は屋台での買い物を済ませる。
焼きそばが嫌いだった時のためにたこ焼きも買っておこう……。
ね、寝てる……。
戻ってきたら、ベンチにもたれかかって英雄が眠っていた。
「っはい、ジュースと……焼きそばね」
「ありがとう……」
眠っていた様子をじっと見つめていたのを悟られないように、何事もなかったかのように焼きそばとジュースを手渡す。
よかった。
多分ばれてない。
「その藤さんって呼び方やめない?」
そして、英雄の調子が戻ってきたところで、今日会った時から思っていたことを口にする。
そう、あの隣の席になった榊原のことを「梓」と呼んでいる以上、私も負けていられないのだ。
2人の関係はよく知らないが、恋人未満の親しい間柄であることは察せられたので、ここは平等に私のことも下の名前で――
「わかった。昇子、そのたこ焼き一つもらってもいい?」
「……! さんはつけて」
やっぱりちょっと照れちゃうからやめてほしいかも……。
「ね、元気がない理由、教えてよ。寝不足だけが理由じゃないんでしょ?」
英雄の健康的な肉体において、寝不足だけが理由でここまで不調になるとは考えられず、ついつい聞いてしまった。
「……うーん…………うまく説明できるかはわからないけど、それでもいいなら」
最初こそ躊躇していたが、私の訴えかけるような視線に負けたのか、決心したようにゆっくりと話し始めた。
「……昔、仲が良かった友達がいるんだ。そいつらとは連絡先も交換してないから今はもう会えないんだけど……毎日忙しくて大変だったけど、いざ別れるとさ……なんかいつも一緒にいたはずのあいつらがいないのは寂しくて」
これ、私のことだ。
……いや冗談抜きで私達のことじゃない?
やれやれ、全くこの英雄は……
「し、昇子さん? ……その、当たってますよ」
真偽はともかく、弱っている主を慮って行動してきた元従者兼相棒の習慣が私を突き動かす。
「当ててんの。別にいいでしょ? 山田、人肌恋しそうだったし」
肩を寄せただけだというのに、この驚き様。
微笑ましくて、思わず顔がにやけてしまう。
「……ありがとう」
かく言う私も内心はドキドキが止まらないんですけども。
「よ、よし! そろそろ移動しようぜ」
「うん、山田が大丈夫ならいいよ」
焼きそばを食べ終えた英雄の呼びかけで2人同時に立ち上がる。
「これからどこか行きたいところあるの?」
「一応あるけど……その前に屋台で甘い物買いに行こうかと」
「いいね!」
嬉しさから声が大きくなってしまった。
ちょっと恥ずかしい。
「はい、わたあめ。ベビーカステラは気軽に取って食べてもらっていいからね」
「……別にわたあめ代くらい出したのに…………」
横からベビーカステラをつまみつつ、財布を取り出す私を制止してさっさと買って戻ってきた英雄に聞こえるように呟く。
「これで焼きそば代はチャラかな。後でジュースの分も返すよ」
「ん、わかった」
どこまでも律儀だなぁ……財布の中にお札が入ってなくて心配になるけど。
「それで、どこに向かってるの?」
細い小道や人通りの少ない道路をゆっくり歩きながら聞いてみる。
駅とはまた別の方角に進んでいるため帰るわけではなさそうでちょっと安心。
「『秘密の場所』かな」
幼い子供が自分で工作した作品を早く見せたくてワクワクしているような無邪気な表情で英雄が答える。
その顔に見とれながら、曲がり角を進んだ先で……私は、一面に広がる桜の絨毯を目の当たりにした。
……いや、これはもはや絨毯というより……
「池? みたいに積もってる……すご」
上からは絶えず花びらの雨が降り注いでいて、この光景が絶える気配がない。
頭上には斜面に植えられた数本の桜が見え、こちらも今日見てきた他の桜に見劣りすることのない見事な満開っぷりだ。
建物や塀に囲まれたこの場所では、花びらが散開することなく溜まっていくようだ。
「ね……すごいでしょ。ここ、ちょうど神社がある山の裏手でさ、穴場なんだって」
「へぇ…………確かに、わざわざここまで来るにはちょっと手間かもね」
「……い、嫌だった?」
「別に嫌だなんて言ってないでしょ。……ま、私は好きだけど、他の子はわかんないから……気軽に誘ったりしないでよ?」
「し、昇子さんならここの良さをわかってくれると思ったから誘ったんだよ」
私のまんざらでもない反応を見て安心したのか、英雄はホッと胸をなでおろすように短く息を吐いた。
「教えてもらった時は不安だったけど、あず……友人Aを頼って良かった」
「うん……なんか、わかっちゃった」
少し悔しいけど、認めざるをえない。
榊原梓もまた、彼の良き理解者なのだということを。
「あ、昇子さん、じっとしてて」
「えっな、何――!?」
いきなり頭に手を伸ばされて声が上擦ってしまった。
言われた通り動きませんけども!
「花びら、頭に付いてたから」
「あ、ああそう…………ありがと」
恥ずかしい――!
声も変だったし、謎に期待して目も瞑ってたし、いくらなんでも気が早すぎでしょ私!
き、気まずい……何か別の話題を、いやむしろこのまま流れに任せて……
「せ、せっかくだからここで写真とらない……?」
「……! いいね」
よし!!
「はい、チーズ」
「いぇい」
シャッターを切る度に心の中でガッツポーズする。
……現像して写真立てに飾ろ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか?」
「うん。この時間ならまだ電車混んでないだろうし」
本当はもう少し二人きりの時間を堪能したかったけど、仕方ない。
英雄の体調も心配だし……なによりこれ以上は私の心臓が持たない気がする……!
「また来年も桜、見に行けたらいいな」
「次はもっと落ち着ける場所でもいいよ」
「ははは……間違いない」
あたりに立ち込めていた桜の甘い香りが、しばらく鼻腔から離れなかった。
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