7.桜と最期
「俺はここまでみたいだ……。ごめん、ピナだけでも生きてくれ」
鳴りやまない地響き、次々と頭上から降ってくる大小さまざまな岩、自分の身体から血が抜けていく感覚、手足はすでに動かず、かすかに機能していた瞼で、名残惜しそうにしながらも去っていく相棒の後ろ姿を目に焼き付ける。
ああ……死ぬのか、俺。
人間死ぬときは一人というけれど、まさか死体すら誰にも見られないとはな。
一緒に旅をしてきた仲間も死んで、統一国王も魔王も死んじまった。
色々と保険はかけといたつもりではあるが……これからこの世界が平和に向かっていく見込みは高く見積もって5割といったところだろう。
「この世界に平和をもたらしてください。それがあなたを元の世界に還せる条件です」
女神の口ぶりからして、条件は未達成の可能性が高い。
つまり俺は……………………………………だめだ、考えるな。
孤独だなんて思うな、死んで終わりだなんて思うな。
俺はやり切ったんだ。
道半ばでもやれることはやったし、成し遂げられることは成し遂げたんだ。
…………ああ、ここは暗くて……さみしいな……。
なんだろう、左側に温もりを感じるような……。
「――はっ! ……はぁはぁはぁ」
夢、か。
「元の世界に還る前に土に還るかと思ったぜ……はは」
軽口を虚空に発して平静を取り戻そうと試みたが、乾いた笑いが出るだけだった。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこだから大丈夫」
午後13時10分、待ち合わせの駅で藤さんと集合する。
家でゴロゴロしているとそのうち寝てしまいそうだったので、少なく見積もっても30分前には来ていたが、30分なら全然「今来たところ」の範疇だろう。
「大丈夫? すごい眠そうだけど……」
「実は昨日夜更かししてたらあんまり眠れなくて」
「はぁ……しっかりしてよ」
まずい。
幻滅されてしまった気がする。
確かに寝ようとした時間自体は遅かったけど、それでも十分な睡眠時間を確保していたつもりだったのに……。
「藤さんの私服、すごいお洒落だね」
「そう? ……ありがと」
白いワンピースを身にまとい、いつもサイドテールでまとめていた髪を完全に下ろしているため、学校で見た姿とはまた違った印象を受ける。
俺が用意できる中で一番マシな普段着を着てきたつもりだったが、なんだか肩身が狭い気分だ。
「……ってもしかして、それもあの女の入れ知恵?」
「うっ……いや! 確かに梓から助言はもらったけど、今思ったのは本心だから!」
「なら、いいけど……」
「と、とりあえず駅の中入ろうぜ」
今一瞬眉根がぴくりと動いた気がする……。
不穏な空気を脱するべく、改札の方へと促す。
……なぜ彼女は梓のことをこんなにも敵視しているのだろうか。
そんな聞きづらい疑問を尋ねることはついぞ叶わず、電車内で世間話をしているうちに目的の駅まで着いてしまった。
4月の第2週、近所の桜はすっかり葉桜になっていて、祭りのような催しも終わってしまっている。
しかし、電車で1時間の距離にあるこの山間の神社では、ちょうど今日が開花のピークだった。
当然花見に来た観光客ばかりで、なかなかの混みようだった。
「電車内の人の多さからなんとなく察してたけど……結構な人込みだなぁ」
併設された公園に逃げ込み、運よく見つけたベンチに2人並んで座り込む。
「山田君は人込み平気?」
「正直、あんまり得意じゃない」
「……無理して誘わないでもよかったのに」
その一言はかなり心に来ますよ藤さん。
今度こそ本当に呆れられてしまった気がする。
「私、ちょっと飲み物買ってくるね」
「それなら俺も……」
「山田君は座ってて、顔色悪いし。……私が2人分買ってくるから、ちょっと休んだ方がいいよ」
「わ、わかった」
それじゃあお言葉に甘えて、背もたれに身体を預けていよう。
……あー、情けなさ過ぎて涙が出てきた。
「はい、ジュースと……焼きそばね」
「ありがとう……」
意識を失うように眠っていたせいで、気づいたころには隣に藤さんが戻ってきていて、屋台で売っていたジュースと焼きそばを渡してくれた。
ちなみに藤さんはたこ焼きを買っていた。
「一応買ってきたけど……無理して食べなくてもいいからね?」
「ううん、少し休んだら気分もよくなったし大丈夫。ありがとう藤さん」
睡魔に襲われるのを考慮して昼食を控えめにしていたので、この気遣いは素直にありがたい。
……それにしても、俺って藤さんに焼きそばも好きだって言ったっけ。
ラーメンから連想して麺類が好きだと思われているだけだろうか。
「その藤さんって呼び方やめない?」
「え? ……ああ確かに、こんなにいろいろ気遣ってもらったんだし、藤様の方が正しいですね」
今日だけは敬称でいかせてください。
「……怒るよ?」
「ごめんなさい」
様付けは駄目らしい。
「そうじゃなくて、友達なんだし下の名前で呼んでよ」
呼び方というのは、どこかで変わる転機があったりなかったりする。
それも往々にして、呼び方を変えるタイミングというのは少し気まずかったりする場合が多い。
確かに、藤さん……昇子の言う通り、今がちょうどいいタイミングかもしれない。
新学期始まってすぐ、まるで以前から親しかったですよといった感じで下の名前で呼ぶのはかなり違和感がない……ような気がする。
「わかった。昇子、そのたこ焼き一つもらってもいい?」
「……! さんはつけて」
呼び捨ては駄目らしい。
「うす」
今度はなれなれしすぎたのか、昇子さんはそっぽを向いてしまった。
それでもたこ焼きの入った容器をこちらに向けてくれているので、嫌というわけではないらしい。
「……ソースがうめえや」
幼いころはたこを口の中で見つけて嬉しい気分になってたりしたけど、今となってはたこが入っていようが入っていなかろうが気にしないようになってしまった。
もちろん、このたこ焼きにはちゃんとたこが入っていたわけだけど。
「ね、元気がない理由、教えてよ。寝不足だけが理由じゃないんでしょ?」
「……うーん…………うまく説明できるかはわからないけど、それでもいいなら」
異世界の話を伏せながらうまく話せるかわからなかったが、どうにか話してみよう。
そうだな……「自分が死ぬ夢を見ちゃってー」というのはありきたりな話だし、それだけで睡眠時間を確保できなかったのかと言われると厳密には違うから……ここは、
「……昔、仲が良かった友達がいるんだ。そいつらとは連絡先も交換してないから今はもう会えないんだけど……毎日忙しくて大変だったけど、いざ別れるとさ……なんかいつも一緒にいたはずのあいつらがいないのは寂しくて」
友達=異世界で共に過ごした仲間、という体で自分の内面を吐露する。
いきなりの別れだったし、その後戦闘が続いたせいで感傷に浸れる時間がなかったのもあり……こちらの世界に還ってきて1日経った後に突然涙が溢れてきた。
……あの時ほどではないが、今でもこうやって異世界で出会った人たちのことを考えると……涙が出るわけではないがどうにも心に来るものがある。
「………………」
「ごめん、寝不足も相まって変なこと言ってるか、も――――!?」
隣に座っていた昇子さんがゆっくりとこちらに身を寄せてきて、静かに息を呑む。
「し、昇子さん? ……その、当たってますよ」
別に肩の部分が接触しているだけで、特にお色気的な意味では断じてないが、吐息が聞こえるくらいの近さまで来られると少しドキッとしてしまう。
「当ててんの。別にいいでしょ? 山田、人肌恋しそうだったし」
「……ありがとう」
「英雄呼びでもなければ呼び捨てかよ!」と思わずツッコミたくなったが、せっかくの好意を無下にするような真似はできなかった。
こんな感じでピナもよく俺の側にいてくれたっけ……それこそ、死ぬ間際にも。
なんだか、安心感がすごいや。
ちなみに帰宅後、冷静になった俺が恥ずかしさともどかしさでベッドを転げまわるまでがお約束だったりする。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
感想、誤字脱字の指摘はお気軽にどうぞ。
よろしければ評価、ブックマークの方もお願いします。
私生活が忙しく更新が遅れがちで申し訳ないです。
次回はモノローグを投稿します!
1週間以内に投稿予定です。




