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6.恩人



 一夜明け、土曜の午前10時頃。

 俺は日課のランニングをしていた。

 異世界から帰ってきてからというものの、身体を鈍らせないために最低限の運動をするよう心掛けている。

 異世界から戻ってくる時に、超人的な身体能力や魔法の類は全て失われてしまったが、それでも春休みに入る前の自分よりも格段に運動ができるようになっている自覚はあった。

 それはそれとして……藤さんと桜祭りに行くのは明日。楽しみすぎて今夜は眠れないかもしれない。

 念のためできるだけ体力を使って、今夜はぐっすり眠れるようにしたい……のだが、この後の予定を考えるとそれはできない。


 実は、昨夜も眠れなかった。

 主な理由は二つある。

 一つ目は単純に藤さんが誘いに乗ってくれたのが嬉しすぎたから。

 そして、もう一つは……これから訪問するお宅に少々覚悟が必要だからだ。



 みんなは、命の恩人になったことはあるだろうか。

 俺はある。

 異世界で多くの人の命を救った自覚はあるが……今最も重要なのはそっちの話じゃない。



「実は……学園長の娘さんが君に会いたいと言っていてね。今週末にでも訪ねてやってくれないか?」

「娘さん、ですか」


 さかのぼること数日前、昼休みの生徒会室にて会長からそう告げられた。

 会長に渡されたメモにはよく整った字で住所が書かれていた。


「……失礼かもしれないんですけど、どうして俺なんかを?」

「おや? もうすでに面識自体はあると思っていたが」

「すみません、ちょっと春休み色々あって記憶がごっちゃになってるところがあって……」

「まさにそう! その春休みの話だよ」


 箸で卵焼きを掴みながらそんなこと言われても俺にはてんでさっぱりだ。


「君が春休みにトラックに轢かれるのを救ったという少女こそが、学園長の娘さんなんだ」

「そ、そうだったんですか……」


 目覚めて記憶が混濁している状態で学園に関する諸々の説明を親から聞いていたので、本当に覚えがない話だった。


「ああ、疑問に思うのもおかしな話じゃない。なぜこのタイミングで、会長である俺から伝えられているのか、気になるよな」


 入学式のある数日前に目覚めた時のことを必死に思い出していると、会長は別の理由で俺が怪訝な顔をしていると解釈されたらしい。


「このタイミングになったのは、山田君が学園に入学して新しい生活に慣れてくるまで待とうと思っていたからさ。俺がこうして伝言しているのは、君が悪目立ちするのを避けるため……と言ったところかな」


 なるほど。

 とにかく俺はその学園長の娘さんからの気遣いでここにいるらしい。


「前者はわかりますけど……後者は理由として微妙じゃないですか? どう考えても会長に生徒会室に連れてかれる1年生って時点で悪目立ちしてますよ」

「はははっ! 痛いことを言ってくれるね。その意見はあながち間違いではないけど……おそらく彼女本人が誘うよりも目立ってはいないはずだよ。何せそれだけ彼女は有名人だからな」

「確かに……この学園の人込みの中心にはほぼ確実に彼女がいると言われているのを聞いたことがあります」


 会長曰く……中等部から学園に在籍しており、そのコネ(?)を使って学園に様々な催しを増やしていったまさに台風の目のような存在……らしい。



「……とんでもない人を助けちゃったなー」


 別に人助けが悪いという意味ではないけど、まさかあの出来事が学園生活にまで影響を及ぼすとは思いもしなかった。

 一度深呼吸をしてから、インターホンを鳴らす。

 渡されたメモに書かれていた住所には、立派な一軒家が建っていた。

 ……ここが彼女の自宅なのだろうか。

 学園からの距離もほどよく近いため、立地的には悪くないと思うが……仮に学園長の家というならばもう少し大きな屋敷などを想像していたから少し拍子抜けだ。


「はーい」

「すみません、生徒会長から紹介されてここに来た山田英雄です」


 女性の声が聞こえたので、インターホンのマイクに向かって話すと、中からドタバタと音がして、ドアが開く。

 一度ゴクリと唾を飲み込む。

 大丈夫だ。シャワーを浴びて着替えてきたし、身だしなみも整えてきた。俺が変に緊張することはない。


「ある意味では初めまして……ですね。あの時助けていただいた春風花梨(はるかぜかりん)でございます。ささっ、中にどうぞ」

「ど、どうも……お邪魔します」


 いきなり自宅に人を呼びつける人物とは一体どんな奇人なのか、期待半分不安半分で身構えていたのが馬鹿らしくなるほどの、気品を感じさせる人だった。


「ちょ……!?」


 と思ったのも束の間。

 玄関の扉が閉まるなり、いきなり彼女が抱き着いてきた。


「はぁ~~~…………お会いしとうございました。私の命の恩人、ヤマダヒデオ様」

「え、えと……こ、これ……手土産です……つまらないものですが」

「まあ、これはこれはわざわざありがとうございます」


 力強い抱擁に一瞬頭が真っ白になったが、手土産を渡すことでどうにか離れていただく。


「い、いえ……こちらこそありがとうございました」


 同年代の異性に抱き着かれるというレアイベントに遭遇して思わずこちらもお礼を言ってしまった。


「どうぞ上がってくださいな、すでに昼食の用意は済ませてありますので」

「……それじゃあ遠慮なく」


 人の気配を感じたため、一瞬ためらったが十中八九使用人さんだろうと結論付けて歩みを進める。

 もし使用人以外だとすると、泥棒とか暗殺者……? 嫌だなあ。

 ダイニングに進むと、出来立てほやほやの豪華な昼食が並べられていた。

 和洋中様々な種類の料理が、8人掛けの大きなテーブルの上に所せましと配置されており、あまりの情報量に目の前がチカチカしているような気さえする。


「あの……上がらせてもらってなんですけど、こんなに食べられる気しないっす」

「大丈夫ですよ。食べられるだけ食べていただければ」


 残りはスタッフがおいしくいただきましたというやつだろうか。

 やっぱり先ほどから感じている気配の正体は使用人さんなのだろう。

 ならば、遠慮なくいただこう。


「いただきます」

「ふふ、召し上がれ」


 言われた通り目につく料理をかたっぱしから取り分けて口に運ぶ。


「口をつけた後で申し訳ないんだけど、そもそもどうして今日は俺をこの家に招かれたんですか?」

「あら? 会長の方から聞いていませんでしたか?」

「いやー、春休みの件のお返しだとは聞いていますけど、ここまでのことをされる覚えがないんですよ。両親に確認したら、俺の教材やら勉強道具やらを無償で提供してもらってたらしいじゃないですか」


 彼女にとって俺は命の恩人なのかもしれないが……恩返しにも限度があるだろう。

 今日のようなもてなしは、ギリギリ俺の許容範囲なだけで、これ以上の施しを受ける気はないという意思表示をしたかった。


「お互いこうして無事に生活を送れているわけですし、これ以上変に負い目を感じる必要はないですよ」

「そ、それは、今日のもてなしが気にくわない……というわけではなさそうですね」


 ずうずうしく料理を食べている俺の姿を見て、自分の発言を即否定された花梨お嬢様。

 だがここで引き下がれるほど命の恩人という肩書は軽くないらしい。


「むむむ……ですが! 私のこの! 英雄様のために何かしたいという思いわ! 一体どうすればいいんですか!?」

「そ、そんなこと言われましても」


 これはあれだ……母親に「晩御飯なにがいい?」と聞かれた時のような困った状況だ。


「あ! そうだ。なら、俺と友達になってください。テスト対策とか、学園主体のイベントとか……花梨さんのクラスで見聞きしたことを教えてください。俺も自分のクラスの話を共有しますし、もしお互いの都合が合えば一緒にやりたいですし」


 そういって俺は自分の連絡先を見せる。

 ふふふ、咄嗟の機転にしてはなかなかいい解答ではなかろうか。


「は、はい! ぜひお友達になりましょう! お望みとあらば問題用紙を入手してきますし、英雄様のやりたい学園行事を開催させてみせます!」

「いや、そこまでされなくても……」


 なんだろう……これまでの言動から、本当に用意してくるような凄みを感じる。



「ごちそうさまでした。どの料理もおいしかったです」

「それはよかったです! 用意させた甲斐がありました。それでは残りはメイドの方に片付けさせますね」


 パンパンッと手を鳴らすと扉がゆっくりと開き、中から眼鏡とマスクをつけたメイドさんが出てきた。

 一瞬不審者かと思ったが、彼女の立ち居振る舞いから相当の修練の感じたため、まぎれもなく本職の人だった。


「では英雄様、食後は私の部屋でゲームなどいかがですか?」

「……せっかくなので、やっていきます」


 いいのか?

 こんな甘い誘いに乗ってしまっても……いや、いいだろ。

 こちとら彼女いない歴=年齢なうえに異世界救ってちやほやされたけど結局ろくな出会いがなかった悲しき人生だぞ?

 これくらいのご褒美があっても、いいよね?


「実はスーパーマリモブラザーズを買ってありまして……」

「二人でも遊べるいいゲームじゃないですか!」


 興奮気味に花梨さんの部屋に入室する。

 女子の部屋で長時間2人っきり……何か起こるはずもなく、


「ああ、もうこんな時間ですか。すみません、明日も用事があるので自分はこれで帰りますね!」

「むぅ……名残惜しいですが、仕方ありませんね。外までお送りします」


 時計の針が18時30分を指示したところで流石にやばいと思い、立ち上がった勢いそのまま別れを告げた。

 意外とゲーム中って雑談できる余裕ないよね。


「今日は楽しかったです。また、暇な日教えてください。せっかくなら全クリしたいので」

「はい! またご連絡しますね。次は4面から一緒に頑張りましょう!」


 訪問した時とは違い、メイドさんと花梨さんの2人に見送られて俺は帰路に着いた。

 ……思ったより常識的な方だったけど、校内でいきなり抱き着かれても変な噂が広がるだけだったし、会長の言った通り自宅で会って正解だったな。


 さて、いよいよ明日は藤さんとお出かけだ。

 失礼のないように今日みたいに予定時間より前に集合場所に行かなくては!

 決意する俺の背中を押すように、一陣の春風が吹き抜けていった。



ここまでお読みいただきありがとうございます!

感想、誤字脱字の指摘はお気軽にどうぞ。

よろしければ評価、ブックマークの方もお願いします。


めちゃくちゃ遅れて申し訳ない。

次回は1週間後を予定しております。

予定通り投稿できるよう頑張ります。

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