モノローグ5
「終わった……」
窓際の席にて、一人項垂れる。
イミガワカラナイ、なんだこの配置は。
……待てよ。彼の席が廊下側の最前列ということは、毎回前から教室を出入りすることで、彼と会話できるかもしれない。
なんだ、意外と悪くないじゃん。
「あの……藤、昇子さん……でしたよね……?」
「あ……どうも」
少し心が立ち直ったところで、隣から私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
えらく自信なさげな彼女の名前は……”糸並雫”さんだったかな。
見た感じの特徴と言えば……眼鏡をかけていることと、カーディガンを着ており、ひざ掛けも鞄から見えているため冷え性なのが察せられることくらいか。
「これからよろしく」
とりあえずそう言ってぺこりと挨拶する。
「よ、よろしくね。……あの、藤さんはもう部活決まった?」
「いや、まだだけど」
「そ、それなら……手芸部とかどうかな!」
そして放課後、念のため図書館で待機していた私だが、英雄から残念な連絡が入ったことで体験入部とやらを訪ねてみることにした
糸並さん……えらくいきなりな誘いだったが、どうやら部員数が足りておらず困っていたようだ。
「……こんにちはー」
軽くノックしてから中の様子を伺いつつゆっくりと入る。
「あ……藤さん、来てくれたんだ……!」
「まあ、一回くらい参加してみないとと思って」
開けてびっくり玉手箱とはこのことを言うのだろうか、人数が足りていないとは聞いていたが……まさか糸並さんだけだとは思っていなかった。
「えーっと……今の部員数って何人なの?」
「わ、私一人……かな?」
「部活として認められる人数は?」
「同好会として認められるのが三人で、部活には五人必要……だったはず……」
おっけー、最低あと一人は必要ってことね。
「糸並さんはどうしてこの部活を選んだの?」
気を取り直して用意されていた椅子に座って話を聞いてみる。
「その……今年の3月に卒業したお姉ちゃんがここの部長だったの。……もともと裁縫とか好きだったから、私も入学したらこの部活をしたいなーって思って入ったんだけど……」
「部員が今のところゼロと」
「うぅ……上の代の人がいないのは知ってたけど、まさか私一人で始めることになるなんて」
そう言いながら糸並さんは手元にあるマフラーを器用に編み進めていく。
「…………あ、ごめんなさい。私ったら体験入部に来てくれてるのにもてなしの一つもできてなくて……」
「ああ、そんな気にしなくてもいいよ。いきなり部長みたいなこと任されて参ってるだろうし」
彼女の手の動きを見ていた影響で、変な気をまわさせてしまった。
「こ、これ……備品にあった羊毛フェルト……! やってみませんか!」
備品が入っているであろう箱の中からまだ未開封の羊毛フェルトキットを取り出してきてくれた。
パッケージに「初心者でも簡単!」と銘打ってある……せっかくの気遣い、無下にはできない。
「うん、やってみる……!」
「へー、糸並さんのひざ掛けってお姉さんが作ったものなんだ……すごいね」
「そうなんです! ちゃんと私の名前も刺繍してあって、お気に入りです」
糸並さんに一通りやり方を教わり、二人で世間話をしながら製作を進める。
「……そういえば、藤さんって」
「『昇子』でいいよ。私も『雫』って呼ぶから」
「は、はい! ――昇子さんって、山田君と付き合ってるんですか?」
「ブフッ!! ゲホッ……ゲホッ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん大丈夫」
彼女の質問があまりにも唐突だったためむせてしまった。
「別に付き合ってるとかじゃないよ。たまたま隣の席で、気が合ったから一緒にいるだけ……というか、その話誰に聞いたの?」
「……ええと、同じクラスの榊原さんから。隣の席になったならいい話のネタになるかもって言われて……」
「あの女……!」
英雄にクラス委員を押し付けるだけに飽き足らずそんなことまで……!!
「ご、ごめんなさい! やっぱり聞いちゃダメでしたよね……!?」
ドスドスと力任せにフェルトに針を刺す私を見て雫が縮こまっている。
……小動物みたいで可愛い。
「ふぅ……。ちょっと嫌なことがあったのを思い出しただけ、驚かせてごめんね」
雫のおかげでなんとか正気を取り戻せた私は、努めて冷静な声で話す。
「山田君とは連絡先交換してるし、どうせだから手芸部にも誘ってみる?」
「い、いいんですか……! ぜひお願いします!」
そう言って、私が英雄を勧誘しようとスマホの画面を見た瞬間に、それは送られてきた。
『今週の日曜日に、桜祭り行かない?』
――――。
『行く』
気づいたら二つ返事を送っていた。
「ごめん、やっぱりさっきの話嘘かも……」
「え? 嘘って……」
「私、山田君に桜祭り誘われちゃった」
「えぇーーー!!?」
雫の驚きの声を隠すように、下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。
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次回は来週月曜日までに投稿予定です。




