1. 新学期と隣の人
突然だが、みんなには異世界に召喚されて、そのままその世界を救った経験はあるだろうか?
俺にはある。
ひと月前のことだ。
俺はトラック引かれかけていた女の子をかばって事故に遭った。
生死の境をさまよったが、何とか一命をとりとめた。
そして、トラックに引かれてから目覚めるまでの数日の間、俺の意識は異世界に召喚されていた。
異世界とこっちの世界では時間の流れが違ったようで、こちらでは数日間でも異世界では一年ほどの期間を過ごしていた。
その期間中一人ぼっちだったはずもなく、頼れる相棒が俺にはいた。
そいつは背中を預けられる快男児ではなく、そばで支えてくれる魔女や聖女でもない。
人々に魔狼と恐れられていた大きなオオカミが俺の相棒だった。
旅の最初から最後まで一緒にいたため、今でも恋しく感じる時がある。
無愛想だったが、オオカミのくせに甘いものが好きだったり、奇麗好きだったりと人間っぽいところが多々あって可愛かったなあ。
何はともあれ、見事異世界の脅威を排除した俺は、女神によって元の世界に戻され、今に至る。
「改めて、みなさん入学おめでとう!」
春休みが終わって、今日は高校の入学式があった。
担任の先生の活気ある声で、1年で最初のホームルームが始まった。
「これから一年、このメンバーで過ごしていくにあたって、まずは自己紹介を……」
そうして、1組総勢30人の自己紹介が終わり、これで解散かと思いきや……。
「それじゃあみなさん、まずは隣の人と世間話でもしてみてください」
まさかの無茶ぶりが飛んできた。
途端にざわつく教室。
でもまあ、これくらい突拍子のない出来事があったほうが楽しいものだ。
……会話の内容が全く思いつかないことに目をつぶればね。
「5分時間を取りますね。……それでは始めてください」
頭の中で2、3個ほど話題を練って、隣を見る。
「えぇ……」
オーマイガー。
なんということだ。
隣の人は女性なのだが、よっぽど俺と話したくないのか、机に突っ伏して眠っている。
……いや、よくよく考えたら自己紹介中も寝てたわこの人。
順番が回ってきたときに前の席の人がわざわざ起こしてたや。
「おーい」
とりあえず、肩を軽く叩いて起こしてみる。
「……何?」
ワーオ、寝起きらしくちゃんと機嫌が悪そうだ。
「なんか今隣の人と5分間会話する時間らしくてさ。ちょっとお互いのこと話さない?」
「……別に、話聞くだけならいいけど」
めんどくさそうにしながらも聞き専になってくれるあたり、根は真面目な人っぽい。
さて、何から話そうか。
話題はいくつか考えていたが、まずは自己紹介からだな。
この人はおそらく俺の自己紹介中も寝ていて、俺の名前すら知らないだろうし。
「俺の名前は山田英雄。英雄と書いて英雄だ。ありふれた名前だろ?」
俺が名乗った瞬間に、彼女の肩がピクリと揺れた気がした。
机に突っ伏している状態だから表情までは読み取れないが、俺の言葉に反応してくれた……と思ってよさそうだ。
「一か月前トラックに引かれてさ、何とか一命をとりとめて、今日無事に登校できたって感じなんだよね」
俺の話した内容が衝撃的だったのか、隣の人はガバッと顔を上げて、こちらを見つめてきた。
「あんた、もしかして異世界転生でもした?」
「ゆ、夢の中で冒険してたことはあるかも。トラックに引かれた直後に見た夢の中でさ」
「ふぅん?」
急に核心をつかれたようでどきりとしたものの、考えてみればトラックに引かれたら異世界転生するとかいう話は、パンを咥えて走ってたらイケメンと角でぶつかるのと同じくらいテンプレート化された展開だ。……元ネタが存在するのか不明だが。
何はともあれ、これはチャンスだ。
彼女がこちらに興味を示してくれた上に、会話の内容から「異世界転生もの」が好きだと推測できる。
予想していた展開とは違うけど、これで会話に花を咲かせることができるだろう。
「異世界転生系とかよく読むの?」
「……別にそんなことないけど」
おっと?
「……そっか」
「…………」
いきなり会話が終わっちゃったよ。
「俺ラーメンが好きでよく食べに行くんだけど、藤さんは好きな食べ物ある?」
気まずい空気を断ち切るべく、無難な内容の質問をしてみる。
隣の人は藤昇子という名前で、サイドテールが特徴的な女の子だ。
「……特にないけど。強いて言うなら甘いものかな」
あのまま彼女がうつ伏せのままだったら、最悪5分間一人で話し続けるつもりだった。
しかし、今彼女は目線だけとはいえこちらに向けてくれている。
それなら、会話のキャッチボールを試みるしかあるまい。
「いいね。どこかに食べに行ったりは……」
その時だった。
教室に一陣の風が吹き、カーテンが大きく膨らむ。
ちらちらと桜の花びらが入ってきているのが見える。
「……最悪、前髪乱れたんだけど」
「なかなか強烈だったなー」
どれくらい強烈かというと、屋外であれば傘が簡単に裏返るほどの強さだ。
「ん……?」
ちょっと待て。
無愛想で甘いものが好き……?
「……ねえ、私の頭に花びらついてない?」
「うーん、見たところなさそうだけど」
それでいて奇麗好きっぽい?
なんだか見れば見るほど……思い返せば思い返すほど、彼女が相棒のピナに見えてきた。
「藤さんはさ……異世界転生したことある?」
「は? あるわけないじゃん何言ってんの?」
「ですよねー」
そんな偶然はないのだ。
――そう、彼女が俺の相棒だったなんて。
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