ガチャにハズレを詰め込む仕事をしていたころの話
ガチャ。
アプリのゲームには、たいていガチャシステムが実装されている。
強い装備や、かわいいキャラが欲しければ、ガチャを回さなければならない。
以前、僕はアプリゲームの会社に勤めていて、ガチャの作業チームに所属していた。
仕事の内容は、ユーザーがガチャを回すのに合わせて、手作業でハズレを詰めてあげるというもの。
もちろん、確率に合わせて当たりも入れる。
手作業だから、ある程度は確率からずれても仕方ない。
だが、あまりにもおかしな数値だとマズい。
違法ガチャは、法律で死刑と決まっているからだ。
作業のタイミングも難しい。
ガチャを回す人は常にいる。
みなが一斉にガチャを回すこともあるし、ひとりが連打することもある。
そんなとき、ユーザーを待たせるわけにはいかないから、ものすごいスピードでガチャにハズレを詰め込まなければならない。
なかなか気の休まる暇のない仕事なのだった。
***
「しまうまくん、今日も頑張ってねえ」
部長が僕の肩に手を置いた。
真っ黒に日焼けして、髪の長いこの部長のことが、僕は苦手だ。
ガチャはハズレしか出てこないのが当然と考えていて、僕らに違法ガチャを強要してくるのだ。
勤務中、部長がときどき見回りにやって来る。
そんなときにタイミング悪くSSRキャラをガチャに詰め込もうものなら、「おや、私の目がおかしくなったのかな? ガチャに当たりを入れた……なんてことはないよねえ?」と言いながら肩を握りつぶしてくる。
貫手で胸を貫かれ、目の前で自分の心臓をグチャッとされた同僚もいる。
逆らってはいけない相手なのだった。
僕は部長の前ではハズレを詰め込んで、いなくなったら埋め合わせとしてSSRキャラを詰め込むようにしていた。
トータルでの確率は合法になっているはずだ。
部長に脅されたからといって、ガチャを違法なまま放置しておくのは僕の良心が許さなかったのだ。
死刑にもなりたくないし。
そうした気遣いはユーザーにもわかるようで、社長から「しまうまくんのガチャは評判がいいんだよね。これからもこの調子で頑張ってね」と声をかけられるようになった。
一方、部長からは目をつけられるようにもなってしまった。
部長も鬼ではないから、あやしいというだけで危害を加えることはない。
だが、突然僕の作業をうしろからのぞいてきたり、社員食堂のランチに自白剤を混ぜたりしてくる。
そうした部長の罠にかからないよう、勤務中はいっそう気を張り詰めなければならなくなったのだった。
***
あるとき、ガチャに新しいSSRキャラが実装された。
ディアちゃんと言って、大変かわいらしい子だ。
ディアちゃんは10歳の女の子。
身長は年齢相応の130センチ。
一方で、胸はとんでもなく大きい。
胸に押しつぶされているように見えるほどの大きさだ。
性格はしっかりしていて、料理も掃除も得意。
主人公のお世話を焼くのが大好き。
幼女でもあり、ママでもあり、しかも巨乳。
夢のような女の子だ。
ディアちゃんは実装の発表があった直後から人気となり、ツイッターのトレンド世界1位をキープし続けた。
こうなれば当然、ガチャも混雑が予想される。
僕たちガチャ作業チームはディアちゃんの実装日、早朝から全員が集まることとなったのだった。
***
ところで、ガチャにはカモがいる
そんなひどい言葉を使うのは部長くらいのものだけど、実際、カモはいる。
彼らは新しいキャラが実装されるたびに、湯水のごとく課金をして、ガチャを回す。
100万、200万円課金するなんて当たり前。
僕の見ている目の前で、5000万円を課金したユーザーもいる。
カモはユーザーのうちの数パーセント。
だが、彼らが落とすお金のおかげで、ゲームを運営できているのも事実だ。
これだけゲームに熱中している彼らだが、運営を続けていくと、いつの間にかいなくなってしまう。
彼らは歯止めが効かない。
新キャラが実装されるたびに、ひたすらガチャを回し続ける。
どんどん新キャラは実装される。
彼らはそのたびにどんどんガチャを回す。
そうしていくうちに、ついに、貯金が尽きてしまうのだ。
課金ができなくなると、彼らはひっそりと引退してしまう。
そうすると部長はニヤリと笑って、「またカモがひとり飛んだか」と言うのだった。
***
ディアちゃんが実装されると、すぐにユーザーはガチャを回し始めた。
僕が担当するガチャを回すのは、大学生くらいの青年だった。
眼鏡をかけて、太っていて、不健康そうな顔色をしている。
妙に親近感のわく青年だ。
実は彼はカモのひとりで、前回のガチャでは400万円を課金している。
今回もかなりの金額を課金することが予想されていた。
「こいつか。ククク、しまうまくん、わかってるよねえ?」
部長が僕の背後に立ち、肩をつかんできた。
搾れるだけ搾り取れということだろう。
「こんなに若い子からお金を搾り取るなんて……」と暗い気持ちになってしまった。
画面の向こうの青年を観察していると、なにやら小さくつぶやいている。
耳をすますと、「ディアちゃん、ディアちゃん、ディアちゃん」と繰り返しているのだった。
青年がガチャを回す。
僕はそれに合わせて、ハズレを詰め込む。
気分の悪くなる作業が始まった。
***
青年はもう1000万円以上課金していた。
それでも何も当たらない。
ディアちゃんももちろん当たらない。
さすがにもうそろそろ当たりが出ないとまずい。
違法ガチャにしても、かなり悪質な領域に到達している。
青年の顔色はどんどん悪くなっていった。
小さくつぶやいていた「ディアちゃん、ディアちゃん」という声が、大きくなっていく。
僕のデスクの横で待機していたディアちゃんも「ねえ、もうわたし、行ったほうがいいんじゃない?」と泣きそうな顔をしている。
それでも、ガチャにディアちゃんを入れることはできない。
部長が見ているからだ。
部長の顔は、どんどん黒くなっていった。
ツヤツヤ光ってもいる。
顔がパックリ裂けそうなほど、笑顔が広がる。
「いいねえ、しまうまくん、いいねえ」
そして、キシキシという、金属がきしむような笑い声をあげるのだった。
***
「そうだ、しまうまくん、次はこれを入れよう。このカモは、ハズれればハズれるほど金を吐き出すんだ」
部長が紙を差し出した。
その紙を見て、僕は言葉を失った。
ディアちゃんも、「ウソでしょ……」と顔を青くしている。
紙には、ひらがなで「はずれ」と書かれていた。
「部長。さすがにこれを入れるのはマズいですよ……。キャラですらないじゃないですか……」
「いいから。さあ、しまうまくん、入れるんだ」
部長がしっかりと僕の両肩をつかむ。
僕は観念して、ガチャの中に「はずれ」と書かれた紙を入れた。
このときの課金金額は1500万ほど。
青年はガチャから出てきた紙を見て、悲鳴を上げながら立ち上がり、それからプツリと糸が切れたように座り込んだ。
そして、画面が暗くなった。
「ちっ、飛んだか」
部長がつぶやいて、去っていった。
僕は暗くなった画面をいつまでも見つめていた。
***
それからすぐに、僕はその会社を辞めた。
あんな悪夢のような経験をして、続けられるわけがない。
真っ黒になった画面に映っていたのは、あの青年によく似た、真っ白な顔色の僕だった。
***
この話には続きがある。
ディアちゃんだが、その後こっそりガチャの中に入って、あの青年のところに行ったらしい。
ラインで教えてくれた。
いまでは青年と一緒に暮らしている。
ディアちゃんが16歳になるのを待って、結婚するとのことだ。
ディアちゃんがしっかり管理しているから、もう無駄遣いをすることはないそうだ。
写真も送ってくれた。
そこにはしっかりとカメラを見つめるディアちゃんと、なんだかうつむき加減の青年が写っていた。