よいこぱすだよ、かきんちゃん!
西湖鹿金ちゃんは、どこにでもいる可愛らしい5歳の女の子。ただ、ちょっとだけ特殊な環境とご両親の元で育ったので、若干倫理観に乏しい言動が見られますが、根はとってもいい子なのです。
「大変だわ!! 何とかしなきゃ!!」
リビングでとあるテレビ番組を観ていた鹿金ちゃんは、何故だか慌ててソファーから跳ね起き、バタバタとどこかへ駆けていきました。
「パパ! 一大事よ!!」
「どうした鹿金! 強盗か!? 脱獄囚か!? テロリストか!?」
鹿金ちゃんの悲鳴を聞くや否や、拳銃を構えて飛んできて、真顔で質問しているのは、お父さんの亜晴パパです。亜晴パパは、犯罪率5割の超危険都市を管轄とする特殊部隊に所属しています。『やられるまえに撃つ』、『悪・即・ダァン!』がモットーの組織なので、やや過激な思考回路を持っていることは否めません。
「違うの!! 牛さんのせいで地球がピンチなの!!」
「ん? 闘牛が脱走でもしたのか? それにしては大袈裟だな」
「あのね、牛さんのゲップとおならで地球があったまりすぎちゃうんだって!! それで南極の氷が解けてみんな溺れちゃうの!!」
「ああ、そういうことか」
地球温暖化の特番で、温室効果ガスであるメタンガスの2~3割が牛のゲップであるという説明を聞いた鹿金ちゃんは、大慌てしたのでした。
「だからね、パパに今すぐ鹿金を近くの牧場まで連れて行って欲しいの!」
「それは別に構わないが、一体何をするつもりなんだ?」
「牛さんを一匹残さず丸焼きにしてステーキにするの! ゲップも出なくなるし、ステーキは世界中の恵まれない子供達に送ってあげれば一石二鳥でしょ!」
両手に構えたライターを器用にカチカチしながら、目をキラキラと輝かせる鹿金ちゃん。ピストルをテーブルの上に置き、亜晴パパは鹿金ちゃんを抱き上げて、頭を撫でます。その眼差しは、凶悪犯を睨みつけて失神させたという伝説の持ち主のものとは思えない程とても穏やかです。
「鹿金は偉いなあ。地球のことをちゃんと考えて、そのうえ誰かを幸せにすることも忘れないなんて。パパは鹿金のことを誇りに思うぞ」
「えへへ……」
「でもな、番組で言ってなかったか? 物を燃やしても、地球をあったかくする二酸化炭素ってガスが出るんだぞ?」
「ああ!! 言ってた!! どうしよう……牛さん、ステーキに出来ない……」
しょんぼりした表情の鹿金ちゃんに、亜晴パパは、にっこり微笑みます。
「大丈夫だぞ、鹿金。そういうときのために、これがあるんだろう」
そういって、亜晴パパは拳銃を手に取って見せます。
「そっかあ!! パパが悪者にしているみたいに、ピストルで牛さんにバイバイすれば良かったんだね!! さっすがパパ!! 頭いい!!」
「はははっ! そうだろう? じゃあ、さっそく牧場に行くか!」
「わーい!!」
「待ちなさい!」
鹿金ちゃんと亜晴パパが二人ではしゃぎながら玄関に向かおうとすると、廊下で通せんぼする一人の女性。彼女は、お母さんの紫松ママです。紫松ママは、法で裁くことのできない悪人を標的とする暗殺者でしたが、その腕を政府に買われ司法取引の後、今では秘密組織のエージェントとして働いています。
「全く……先程から聞いていましたが、鹿金はともかく、あなたまでノリノリになってどうするのですか!」
「すまん……鹿金にも、人間は命をもらって生きているということを学ぶ、いい機会になるかと思って……」
「それはとても大切なことかもしれませんが、牧場主の目には只の親子連れの凶悪襲撃犯としか映らないでしょう?」
「「……ごめんなさい……」」
今度は二人して落ち込む鹿金ちゃんと亜晴パパ。
「ねえ鹿金。きっと今頃番組でも説明されていると思うけど、牛さんのゲップで地球があったまらないように、たくさんの人が頑張って研究して、ガスが含まれないゲップが出るようになるエサを作ったりしているのよ」
「そうなの? ……途中で観るのやめちゃったから知らなかった……」
「すぐに行動に移すことが出来るのはとても素晴らしいことだけど、行動する前にじっくり考えるのも同じくらい大事なことなのよ。お父さんのお仕事は素早く対応しなきゃダメなことが多くて忘れがちみたいだけど……」
紫松ママにジロリと睨まれ、縮こまる亜晴パパ。
「ママはターゲットのことをよ~く観察して、よ~く調べて、いくつも計画を用意して、何度も練習して、それからやっと本番に挑むの。それだけ命を奪うという行為は慎重になる必要があるからよ」
「……うん……でも……それじゃあ鹿金は地球のために何もできないの?」
「そんなことないわ。目的を達成する手段は何通りでもあるの。だから、どんなやり方があるのか、どんな方法が鹿金に向いているのか、まずはじっくり調べることから始めましょう? それだけでも地球のために動いていることになるはずよ」
「分かった!!」
素直に元気な返事をして、ノートとペンを手に再びテレビの前に向かう鹿金ちゃんの姿を眺め、微笑む亜晴パパと紫松ママ。
「……あと、あなたにはもう少しお話がありますからね!」
穏やかな空気が流れているうちに、こっそりとその場を立ち去ろうとした亜晴パパでしたが、あっけなく紫松ママに捕まり数時間みっちりお説教されるはめになったそうです。




