ミリエンヌの涙
それからミリエンヌは両親の前でわぁわぁ泣いた。
それはまるで小さな幼子の様だった。
そしてひとしきり泣いて、静かに語り始めた。
実父が亡くなる前に、父であるアイザックの前妻からご丁寧に知らされていた、実母の事。
それを言う時に思い出すのが、過剰すぎる香水の匂いと、長い爪の指にこれでもかとはめられたギラギラする沢山の指輪。
そしてやや乱暴に頭を撫でながら、可哀想にと言う言葉とは裏腹な、ニヤリと笑う赤くギラギラした口元。
ひそひそと繰り返される人々の噂話と嘲笑。
時には悪意を幼かったミリエンヌに直接向けられて、傷ついた事。
今迄知らなかった事もあって、両親は苦し気に顔を歪めた。
実父が亡くなって、これからどうなるのか不安に苛まれた時に、目の前に差し出された温かい手。
その時は藁にも縋る気持ちで思わず握ってしまったが、心の奥底ではそれが本当に良かったのか悩んだ事。
現に今でもそういった扱いを良く受ける。
自分だけならいいが、何の罪も無い弟達にも被害が及んだら……。
そんな思いが常にあったと瞼を腫らし乍ら、告白した。
そして両親に打ち明けたら心が多少軽くなったのか、憑き物が落ちたようにスッキリした表情に戻り、コトンと寝てしまった。
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「この子なりに考えての事だったのね」
少しでも役に立ちたいというミリエンヌの心を察して、パトリシアは言った。
「それにしても幼いミリエンヌの耳に、わざわざそんな事を吹き込むなんてあの女は!」
「前の奥様だった方でしょう?」
「ああ、それこそ政略結婚で派手で金遣いの荒い女だったが、陰でミリエンヌを傷つけていたとは」
「他人の悪意に晒され過ぎて、あの子の感情が閉ざされてしまったのね」
「気が付かなかったよ、言い返す強さがあったから」
「それは知らない方々限定だったのかも知れないわ。親戚や知人にそんな扱いを受けたら……」
「そう言われれば確かにそうだ。見知らぬ人間には言い返す事が出来たが、より近い人間なら我慢して心に仕舞ってしまうだろう」
「親失格ね、今まで気が付いてやれなかったわ」
「いやパトリシアは世界で一番素晴らしい母親だ!」
アイザックは拳を握って、力説した。
「私にも辛い時代があったわ。でも今こうして過去のものと出来たのは、貴方が傍にいてくれたお陰ね」
「いや私こそパトリシアが居てくれたから、世界で一番幸せなんだよ」
「いつもそう言ってくれてありがとう。この子にもそんな人に、出会って欲しいわ」
「ああ、そうだな」
アイザックはそう言って、パトリシアの膝に頭を乗せて眠る娘の頭を、そっと優しく撫でた。
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翌朝、父が宣言した。
「ミリエンヌの婚約者探しを公平にやる事にした」
「今まで公平じゃなかったの?」
アッシュが質問する。
「今までの事は全てまっさらにして、これからミリエンヌの事を、世界で一番幸せにする男を探すのさ」
「……と言う事は、元婚約者のディラン様も当然入るって事?」
ローガンが突っ込みを入れる。
「勿論、そうだ」
「フーン、あのディラン様ねぇー?」
ローガンが含みのある言い方をした。
「何か言いたいようだが、平等にチャンスを与えるんだ」
「ハイ!僕、ノア様が良い!」
アッシュがすかさず言った。
「そうだよな、ノア様一択じゃないの?」
ローガンがもう決まった事のように言った。
「いや、これからもっといい男が居るかもしれん。幅広く探そうと思う」
「社交に中々出てこられない方もいらっしゃるから、案外良い方が居るかもよ」
母が言うので、私は自然に任せる事にした。
私自身は友人達と遊ぶので忙しい。
同年代の気の合う仲間で、昨日もそれは楽しかった。
皆で今話題のお芝居を観て、笑って、泣いて意見を言い合って、時間があっという間に過ぎて行った。
私は今迄を取り返す様に、楽しい事も続々計画中だ。
そして昨夜、胸の内にくすぶっていた今迄の思いを両親に聞いて貰って、悩んでいたのが嘘の様にスッキリ出来た。
聞いて貰うだけでも、心は軽くなるのね。
ミリエンヌは改めて、この家族に恵まれた事を感謝した。
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