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気が付いた恋心

 あんなに明るく元気の塊で、理不尽な噂や中傷にも臆する事無く、真正面から立ち向かって行く強い人だと思っていた。


 勝手に自分の中で作り上げたミリエンヌ嬢の幻想に、ディランは今気付かされた。

 目の前の女性が、ずっと耐えてきた事。

 自分には何の罪も無い事で、責められ続ける社交界、貴族社会の残酷さ。

 他人の不幸は蜜の味……とでも言う事だろうか。


 ミリエンヌの哀しみに真に触れた今、ディランは今まで感じた事の無い様な、感情が込み上げて来た。

 分かったつもりで茶化した自分、彼女が抱えてきた重圧を分かろうともせずに。

 寂しかっただろう、悔しかっただろう。

 それを全て受け入れて、戦ってきたのだこの人は。

 素晴らしい家族に支えられ、一歩家の外は全て敵陣の様な生活に。

 好奇な目と、好き放題語られる噂話に晒されて……。


 ディランは今確かに自分の気持ちに気が付いた。

 同情では無い、確かな気持ち。

 初恋であったアンナとの淡い恋心とも違う、強い気持ち。


 タジミール伯爵の葬儀でアンナに感じたあの気持ちは、幼い初恋の残り火の様なものだったと今なら言える。

 現にこの所、アンナの事は全くと言っていいほど、自分勝手な事に思い出しもしなかった。


 それだけに今までミリエンヌに対して取ってきた態度が恥ずかしく、悔やまれて堪らなかった。


 私はこの人の強さが好きだ。

 生き方が好きだ、考え方が好きだ。

 そして思った。

 内面が好きだという事は、本当に好きだという事。


 相手は誤解している。

 多分アンナとの事を思って、婚約解消を急いでくれているのだろう。

 でも……。

 ディランはこの時決意した、目の前にいる愛しい人を自分の手で、幸せにしたいのだと。

 自分にはミリエンヌが大切でかけがえの無い人だと気が付いた。


 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


「お茶のお代わり如何ですか?」

 ネネと呼ばれたカフェで会った事のあるメイドが声を掛けてきて、ディランは我に返る。

「ああ。頼むよ」

 そう言って心をひとまず落ち着ける。


 目の前には、強敵ノア・タジミールが居る。

 彼は同性の自分が見ても、良い男だ。

 其れに⋯⋯ミリエンヌの好きなタイプらしいのだ。

 自分と真逆の男。

 背が高く、がっしりとした体躯に剣も相当の腕らしい。

 顔付きも精悍で、平民として過ごしていたと聞くと、精神的にも強いのだろう。

 ⋯⋯欠点が見つからない!

 このタイプは女性が放っておかないだろうから、モテた筈だ。

 せめて女関係でだらし無ければ⋯⋯と考える自分が小さく思える。

 この男と勝負してミリエンヌと結婚する!

 この決意を心に刻んだディランだった。


 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎


 ノアはミリエンヌの悲しみに触れて、自分の幼少期を思い起こしていた。


 ノアは平民として、食堂で働く母と二人で暮らしていた。

 父はもう死んだと聞かされていたが、お墓にも行った事が無かったので、何となく子供ながらに事情は察していた。

 子供心に、父親の事を聞いて母を困らせるのは嫌だった。

 ただでさえ、朝から晩までノアを食べさせていく為に働き詰めの母を、困らせたくは無かった。

 だから勉強も、剣の稽古も家の事も頑張った。

 この生活がずっと続くと信じていて、早く働いて母に楽をして貰うんだと思っていた。


 そんなノアの気持ちを踏み(にじ)る男が現れた。

 母に言葉巧みに近付いて、まんまと再婚した男。

 食堂の主人からの勧めもあって、断れずにいた所を押し切られて、強引に同居した男。

 後になって分かったが、食堂の主人の親戚だった。


 外聞を考えて母は気が進まなかったが、再婚を渋々承諾した。

 ノアの事もあったからだろう。

 男の子は年々難しくなるとか何とか言い包められて、男親がいた方が⋯⋯と思ったらしい。

 しかしその男は、ノアに対して愛情を示す事は無かった。

 そればかりか、母に今までと変わらず仕事をさせて、自分は昼間から呑んだ暮れていた。


 そしてノアに何かと暴力を振るい始めた。

 ノアは何も言わなかったが、目が非難していると。

 そんな目で見るなと。


 そして男が言ったのだ。

「いくら待っても、捨てられた子供なんだからお高くとまるな」と。

 ノアはそれに傷ついて、言い返した。

「捨てられたんじゃ無い!父さんは死んじゃったんだから会いたくても会えないんだ」

 その言葉に爆笑して、

「死んだって聞かされていたのか、相手が相手なんだから金でも援助して貰えば良いのに、バカな女だ」

「母さんを悪く言うなー!」

「思惑が外れたよ、援助されてるとばっかり思ってたのに。たんまり貯め込んでると思ったのによぉ」

「母さんを好きでは無いの?」

「あんな辛気臭い女、落とし(だね)って聞いたからよぉ、期待したのにこのざまよ!」

 そう言ってノアを殴るが、見える所は殴らなかった。

 巧妙に洋服で隠れる所だけ、特に腹を殴られた。

 アザは消える間も無く、付けられた。


 そうこうしている内に、義父が実父を知ってしまった。

 母が隠していた手紙を見つけ出して、金の無心に行ったらしい。

 得意気に金の袋を見せながら、博打へと行く義父を憎々し気に睨んでいた。


 そして数ヶ月、母がノアの異変に気がついた。

 熱を出して倒れたノアに医者を呼んだ時の事、義父は遊びに出掛けて留守だった。


 医者が診察の為粗末なシャツを捲ると、青や黄色や赤黒いアザを見つけて絶句した。

「あなたがこの様な虐待を?」

 医者に尋ねられて、呆然と固まっていた母が我に返った。

「私ではありません、あの男が私の大事なノアに⋯⋯」

 医者は腹を中心に脇腹や背中、尻に至るまで調べて絶句した。

「これは暴行によるものですな、この子は貴方に何も言わなかったのですか?」

「はい、朝から晩まで働いているので、この子の異変に気が付きませんでした。母親失格です」

 そう言って号泣した。


 その後ノアは一時入院となり、退院してきたらあの男の痕跡は全て無くなっていた。

 母が、実父を頼って援助を受け入れたらしい。

 離婚が成立し、あの男は暴行で起訴され、辺境に送られたらしい。


 そして実父と義兄が会いに来た。

 父は知らずにいて済まないと言ってくれた。

 義兄は弟が出来て嬉しいと、頭を撫でてくれた。


 そして援助を受けながら、平民として過ごした。

 母も亡くなり、ひとりになって隣国へ行く事にした。


 体が病弱な義兄に、跡目を狙っているという疑念を抱かせたくなくて、義兄に跡取りが出来たら帰ってこようと思って旅立った。


 ❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎


 そして若くして義兄が亡くなり、その遺志を継いで、伯爵家を継ぐ為に戻る事となった。

 そこで運命とも思える女性に会う。

 しかしその女性は既に婚約者が居た。


 その女性の名は『ミリエンヌ』言う。


 でもノアは諦めるつもりは無く、機会を虎視眈々と窺っていた。

 そしてこの目の前に居る婚約者から必ず奪ってみせると思っていた。




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