取り返しのつかない事
「何ですって!」
その知らせは、モナーク侯爵家にも直ぐに知らされた。
侯爵夫人は眩暈を覚えて、その場に昏倒しそうになった。
執事が慌てて抱き留めて、事無きを得た。
その後、目を覚ました侯爵夫人は、気付け薬を飲みやっと正気を取り戻した。
「夫に直ぐに連絡を!」
「もう早馬を出しております」
「それでその公爵家のミリエンヌ様はどのようなご容態なの?」
「毒はカブレルーナと分かったのですが、問題がありまして……」
「何なのですか?教えて頂戴」
「その矢じりに前に塗っていた猛毒が残っていたとかで、ご令嬢は一旦目を覚まされましたが、現在は意識不明だと」
「……何て事!」
眩暈を起こして、夫人は頭を抱えた。
「そんな恐ろしい事を、あのケイトリンが計画したのね」
「……それが、その……」
「何?もう大概の事では驚かないわ。隠しごと無く、全て教えて頂戴」
「何と申し上げましたら良いのでしょうか?⋯⋯その場に、ケイトリン様そっくりの年配のご婦人がご一緒だったようです」
「そっくりって……」
「髪のお色から、目の色までそして顔付きもそっくりだったと。その上あろうことか……」
「何?」
「その方をママとお呼びで」
「……」
黙り込んだ夫人をショックの余りと勘違いした執事は、そっと部屋を後にした。
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「私は何にもしてないわ!早くここから出しなさい!」
取調室で、ケイトリンは大声で取調官を威嚇していた。
「私を誰だと思っているの?モナーク侯爵家の令嬢よ!」
「……」
「こんな扱いをして、後で覚えていなさい!お父様に言ってアンタ達にも罰を与えてやる!」
「その侯爵家御令嬢が、あんなチンピラに金をやって何をさせたと?」
「強盗に入られたのよ、押し入られたの!脅されて金貨をくれてやったのよ!」
「苦しい言い訳ですな」
キチンと一字一句書き留めた記録係が頷いたのを確認して、取調官は言った。
「あくまで犯行は否認される訳ですな」
「私が指示なんてしていないって言っているでしょう?」
「では、一緒に居たデライラ・グルーバーが主犯と言う事でいいですかな?」
「彼女は関係無いじゃない!」
「そうでしょうか?少なくともあの場所は、数年も前からその女性の持ち物です」
「……そ、そうかも知れないけど、私達は無関係よ!」
「貴方と彼女の関係は?」
「無関係!ただの知人と言うだけ」
「辻褄が合いませんな。暫く取り調べの為にこちらに勾留させて頂きます」
「何を言っているの。家に帰るわ、馬車を回して頂戴!」
「出来ませんよ」
取調官はニヤリと笑って見せた。
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逮捕者は大人数になった。
実行犯はトミー改め本名トビー。
報酬を受け取り、襲撃や付き纏い、嫌がらせを請け負っていた。
その部下達4名。
ケイトリン・モナーク。
デライラ・グルーバー。
ケイトリンの従者1名、メイド1名、護衛1名。
デライラの従者1名、メイド1名、護衛2名。
隠れ家の管理人、1名。
その他関係者が居ないか、目下捜査中であった。
主な容疑は、ミリエンヌ・スペンサー公爵令嬢への殺人未遂。
ロレーヌ・サットン子爵令嬢に対する殺人未遂、傷害。
アンナ・タジミール伯爵夫人(旧姓アンナ・ホワイト伯爵令嬢)への強盗傷害、付き纏い、嫌がらせ。
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その知らせはサンチェス領のセシリアの元に居たミリエンヌの両親にも伝えられた。
手紙を持ったまま、母であるパトリシアは貧血を起こして倒れた。
側にいた父であるアイザックが支えなかったら、頭を地面に打ち付けてしまったかも知れない。
パトリシアを抱えたまま、アイザックは叫んだ。
「私達の娘が、なんて事だ!パトリシアに医者を、パトリシア大丈夫か。パトリシア目を覚ましてくれ」
あまりの狼狽振りに、セシリアは目を丸くして
「公爵家で何かあったの?緊急事態なの?」
そう言って、手紙を受け取り読み始めたが、血の気が引いたのか青くなって固まった。
「パトリシアが回復次第出立する!至急準備を!」
アイザック達が連れて来た使用人達が、アタフタと取る物も取り敢えず出立の準備を始める為に屋敷に走り出した。
「パトリシア、しっかりしてくれ。パトリシア」
アイザックは優しく妻に声を掛けて揺すった。
「⋯⋯ううん。あなた、私嫌な夢を⋯⋯」
「夢じゃ無いんだ。直ぐに出立したいが、君は大丈夫かい?」
「私達のミリエンヌが意識不明だって⋯⋯嫌な夢よね?」
「いや、夢じゃ無い。矢にやられて一時は目を覚ましたらしいが、また昏睡状態だと」
「嘘よ嘘!」
パトリシアの悲痛な声が響く。
「兎に角、医者に診てもらったら直ぐに⋯⋯」
「私は大丈夫。直ぐに帰るわ。セシリア、しっかりしてセシリア!」
「た、大変な事に。私の事で留守にしたばっかりに⋯⋯どうしよう、御免なさい」
「あなたの責任じゃ無いわ。でも私達は直ぐに帰らないと」
「そうね、私も後から行くわ」
「いいえ、あなたは領民を優先して頂戴。今、積み上げた全てを放り出す訳にはいかないから」
「⋯⋯分かったわ。何か分かったら手紙を頂戴」
「いい事?あなたは余計な事考えずに、この計画に集中して頂戴。領民はあなたが頼りなのよ!」
「私⋯⋯」
「皆んなで共倒れになるつもり?あなたはここ、サンチェス領に責任があるの。歯を食いしばって頑張って頂戴」
「私、家族と頑張るわ。だから心配しないで、ミリエンヌの側にいてやって!」
パトリシアとアイザックは頷いてお互いを支えながら、萎えそうになる足を前に進めた。
愛しい娘の元に帰る為に。
家族が待つ家に帰るために。
そうして慌ただしく一行は、サンチェス領を去って行った。
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