不穏な兆候
「最近さ、氷の貴公子来ないね」
弟のローガンが私の顔色を窺っている。
「そう言えばそうね、忙しいのかしら?」
「婚約しているのに知らないの?」
「政略の婚約だもの。こんなものじゃないの?」
気にならないと言ったら嘘になる。
婚約パーティー以来音沙汰がない。
あの時楽しそうにしていたが、何かあったのだろうか?
「そうかなぁ?姉様呑気すぎるよ。今が大事な時じゃない?」
「そうね、でも大丈夫。約束を違える方じゃないから」
「お父様もお母様もお仕事で居ないんだよ、頼りにならないなぁ。婚約者らしくして欲しいよね!」
「ローガンありがとう。心配してくれているのね」
「僕は長男だからね、この家の事はお父様から任されているから」
この間までパパと呼んでいたローガンがすっかり逞しくなって、ミリエンヌは我が事の様に誇らしかった。
「流石はうちの跡取りね、ディラン様には見習って貰いましょうね!」
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ミリエンヌは婚約パーティーを思い出していた。
私の婚約パーティーの時に、セシリア叔母様がわざわざ遠方より来てくださった。
あの後、家にお泊まり頂き、ゆっくりとお話する機会に恵まれた。
そしてあの話の続きを、詳しく聞くことが出来た。
祖父母のお粗末な謀、実母の勝手な勘違い。
そして実父との結婚後の事。
セシリア叔母様はその過程で少しずつ目が覚めたと仰った。
実母の振る舞いが恥ずかしいと痛感し、真似をしていた自分を反省したと。
そして良かれと思って忠告もしたが、拒否されてただ遠巻きに見守っていただけだと。
今の自分があるのは母、パトリシアのお陰だと。とても感謝しているとも。
ミリエンヌは考えた。
修道院で亡くなった実母も、反面教師としてのちの叔母様に影響を与えたのだそうだ。
可愛がられて、我儘放題で育てられた顔も覚えていない実母。
放任という名の虐待を受けて、自分から逃げ出して道を切り拓いた養母。
その心の持ちようで人は成長も出来、堕落もする。
自分の道は、自分で切り開く。
母がそうして来たように、ミリエンヌもそう心に決めるのだった。
そして数日後、笑顔で領地に戻っていかれた。
父母はセシリア叔母様の暮らし振りを心配して、何とか人並みに向上させたいと思っていた。
それで今奔走している。
何とか特産品になる農作物を探して。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
しかし両親は知らなかった。今この時期にタイミングが最悪だった。
婚約者であるディラン様には、何度も確認してよく頼んであるよと父が言った。
そしてこの時期に自分達が抜けた穴を、信頼出来る侍従達に任せて。
私や弟達の護衛も信頼できる人物を手配し、強化した。
普段は滅多に外出しない私、外出には必ずディラン様がエスコートすると信じていたのだ。
後にどちらかでも残るべきだった、と後悔する事となる。
まさかこの計画の強力な協力者であるディラン様の気持ちが、他に逸れている事を予見出来なかった。
私が危険に晒されそうになっている事も。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
ミリエンヌは普段あまり外出を好まない。
友人も居ないし、今は両親も不在。
仮の婚約者も忙しいのか、ここの所音沙汰もない。
だからという訳でもないが、家に篭って読書三昧。
我が家の自慢の図書室でいつもの様に時を忘れて読み耽っていた。
「お嬢様、日がな一日篭ってばかりではありませんか。デートでもされたら如何ですか?」
「うーん、チョット待って!キリのいいところまで読み進めるから」
本から顔を上げずにミリエンヌは答える。
メイドはこんな風に婚約者を放っておく、ディラン様の心境が信じられなかったようだ。
「普通、観劇やらパーティーやらピクニックやらショッピングやら、色々誘っても良さそうなのに」
小さな声でブツブツ呟いた。
「それに花やプレゼントやお手紙さえも無い」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も」
そして暫くしてミリエンヌは顔を上げ、本に栞を挟んでパタンと閉じた。
「何か用だった?」
「いえ、でもこう篭ってばかりですと不健康です!たまにはお出掛けになっては?」
「そうねぇ、ディラン様でも誘ってお夕食でもご馳走して頂こうかしら?」
「それが宜しいかと」
提案されて、久し振りに気分転換がしたくなった。
「先触れを出さなくっちゃ」
そうして外出の準備に取り掛かった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
その頃、ホワード家ではディラン不在の返信を執事が代筆していた。
そして従者に持ち帰らせたが、執事は主人の真意を測りかねていた。
「ここの所婚約者を放っておかれて、例のご夫人の所に足繁く通われている。どうしたものか?」
これでは悪い評判が立ちかねない。ミリエンヌ様や彼方のお宅にもご迷惑が掛かる。
しかも元婚約者、未亡人になったとて距離を置くのが常識だろうと。
「ご忠告申し上げないと、ミリエンヌ様があまりにもお可哀想だ」
お詫びの花束を主人の名で手配しながら、執事は溜息をついた。
今は頼みの侯爵夫妻が視察で領地に戻られたので、不在だ。
「折角、侯爵夫妻にも気に入って頂けた婚約者なのに⋯⋯」
この所の熱に浮かれた主人の様子に、執事は一抹の不安を覚えた。
評価、ブックマークを宜しくお願いします〜( ˊ̱˂˃ˋ̱ )




