ケイトリンという女
キリキリキリキリ……。
バリッ。
ここは化粧室、ケイトリンはお気に入りの職人に自分をイメージしてデザインさせた、世界でただ一つの大切なレース張りの扇子を思いきり引き裂いた。
「信じられない、何であんな女なんかに……」
もはや残骸と化した物体をヒールで踏んでも頭に血がのぼって気付かなかった。
「ディラン様に近づく五月蠅いハエ共め!」
つい先日、顔とスタイルが自慢の令嬢を排除したばかりだった。
いつも化粧室に伴っていた相手。
強敵程、容赦しない。
候補の中で私を脅かす者はもう居ないと安心していたら、珍しくディラン様から絡んだ相手。
悪名高い女の娘だから気にはしない筈だったが、彼がダンスを申し込んだ。
念の為に紛れ込ませていた者に命じて、ダンスを阻止させようと軽い嫌がらせを試みた。
見事成功して、控室に一族諸共引っ込んだので安心していたら……。
ディラン様までそちらに行ってしまわれて、戻って来てもダンスを踊る事は出来なかった。
お声が掛からなかったのだ、あの面子でおかしい!
そしてその時の縁で、まさか婚約までしてしまったとは……。
新聞に婚約決定との記事が載り、ケイトリンは目玉が飛び出るほど驚き、自分が墓穴を掘ったのだと気が付いた。
そしてつい感情のまま、ディラン様の御屋敷に乗り込んだ時の事を思い出していた。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
「ディラン様、新聞の記事は本当ですの?!」
少し時を遡る、ここはホワード侯爵邸応接室。
ケイトリンは新聞を見て居ても立っても居られずに、先触れもせず押しかけていた。
「あぁ、記事を見てくれたんだ」
目の前に座るディラン様は何時ものように整った顔にサラリと銀髪が掛かる。
優雅に紅茶を飲みながら、長い脚を組んでいる。
あぁ、いつ見ても素敵だ。私の夫に相応しい。
「まさか嘘ですわよね!」
「君は変な事を言うんだな」
「変な事?そんな素振りの欠片も無かったじゃありませんか」
「あぁ。彼女の父のアイザック様からお話を頂いたんだ」
重大な話をしているのに、飄々としているディラン様に一秒でも早く目を覚まして頂かなくては。
「直ぐにお断りください!」
「またまた変な事を。君には関係ないよね」
「ご存じないかもしれませんが、あの御令嬢はあの悪名高きロザリンドの娘です!」
「いや、知ってるよ」
「それなら何故?」
「いや、今の彼女は違うでしょう。スペンサー家の御令嬢だ」
「あの女の血を引いておりましてよ、ディラン様の将来を思いましても……」
「それ以上、他家の事に口出すのは止めて貰える?」
「私はただディラン様の今後を考えての事です!」
「彼女、パーティーで嫌がらせを受けてね。アイザック様がお困りだったんでお手伝いしたら気に入られてね、娘を如何かって言われて……はいって直ぐに決断したんだ」
「短慮ですわ」
「でもこの直感を信じるのも面白いかなって」
「私の家からも婚約のお話を何度も申し入れていましたのに、何故ですの?」
「うーん、運命かな?」
「運命?」
「彼女が嫌がらせを受けなければこんな気持ちにはならなかったのかも。でもあの時の彼女可愛くてね」
「男に媚びる女ですわ!」
「失礼だな、私の婚約者だぞ。もう聞きたくない!これからは話しかけないでくれ!」
「私は認めませんわ!こんな話!」
そう言いたい事を言って彼女は鼻息も荒く帰って行った。
「ああいうところが嫌いなんだよな」
ディランの呟きはケイトリンの耳には入らなかった。
❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎❇︎
ケイトリンはこれ以上このパーティーに用はなかった。
今日話をして諦めさせて、身の程を教えてやろうとしたが、思った以上にガードが堅い。
「また力を借りないと……」
先日密かに排除した令嬢と同じ目に遭って貰うか、噂で攻めるか。
家に帰って対策を考えないと、グズグズしては居られない!
ケイトリンは化粧室の奥から恐る恐る様子を窺っていた者の存在に気が付かなかった。
彼女はケイトリンを良く知る人物で、来る前にたまたま化粧室に居た。
ケイトリンの余りの剣幕に出て行くタイミングを逃して、暫く観察していた。
そしてその気配が消えても念の為、暫く隠れていた。
そしてどうにか気持ちを落ち着かせて、ばらばらに引き裂かれた可哀想な扇子を横目に、ゆっくりとパーティー会場に戻って行った。
それにしても……と彼女は思った。
「また力を借りるって何?」
彼女は地獄耳であった。
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