供身
どうも。ちょいとお友達用に書いたものをとりあえず出してみました。先方が褒め上手すぎるので感想お願いします。
あ、書いてて超気持ち悪かったです。
子供を拾った。豪雨の降りしきる中、襤褸布を纏った瞳と目が合った。
小さな頭骨の中に二つの大きな碧い宝石が嵌り、艶っぽく揺れる黒の髪を垂らす少年。
ここいらでは全く見ない顔立ちで、どこかしらの難民か何かだろうか、と考える。
熱を奪おうと水の槍が童の全身を貫き、その冷たさに小刻みに身が揺れる。
その姿は……大層哀れに見えた。だから、手を伸ばした。
他者と比べて些か太い足を一歩。それだけで彼我の距離は一気に縮まった。
童は碧を揺らがせて、数歩後ずさった後に背に壁が当たる。
……怖がらせてしまっただろうか。恐怖か、凍えか、不安か。
ゆらゆらと潤む瞳を見て、暫し戸惑う。今度は精一杯の笑顔を浮かべて、手を差し伸べた。
「そう怖がらなくてもいい。童」
♦
「なんでおじさんは僕を拾ったの?」
首を傾げ、童が問う。キラキラと純粋な疑問を宿す瞳。それが、拾った当時と重なった。
雨に濡れ、震えていた子供はもういない。温かな食事に、衣。部屋を与えたからだ。
一言たりとも発することのなかった唇は、少しばかり無口ではあれど饒舌に話すようになったものだ。
「……君の瞳に運命を感じたからさ。私はそういうのに弱くてね」
「…………そっか」
小さく、ただそれだけを返して、童はつまらぬ話から逃れるようにして、外へと駆けていった。
あまり遠くには行かないようにと言いつけてあるが。どうにも胸騒ぎがした。
♦
童が黄色い花を渡してきた。そこいらで咲いていた花らしい。その中で最も立派なものを摘んできたという。
スゥ……と軽く匂いを嗅ぐと、心地よい香り。眠りに誘うような、リラックスするようなものだった。
初めてこの子がプレゼントしてきた明確な一品。感謝の印として物品を渡すという文化は教えていないが、どこで覚えてきたのだろうか。それとも、ここに来る前の記憶が欠片でも戻ったのかもしれない。
しかし……私の見たことのない品種だ。少しばかり遠くに行ったのだろうか。
♦
人の賑わう往来を、大股で歩く。笑顔の人々とすれ違う風景は、とても尊いものなのだろう。
あの子に見せてあげたら、どう思うだろうか。驚いて人の波にのまれてしまうだろうか。楽しんで人の波に乗っていくだろうか。それとも頭一つ抜けた、私という灯台の上でその様を眺めているだろうか。色々な妄想は広がり、空気に溶けていく。
アイデアの残りを拾って、また花が咲く。
「旦那。なんかいいことあったんですか」
すぐ隣にいた、男勝りな女性が問う。背丈が私の胸板ほどまでもないから、この雑踏と喧噪の中では声を捕るのも一苦労する。
「なに、つい最近良い拾い物をしただけさ」
「そうですかい」
だからだろうか。
「ここんとこ下町じゃあ、旦那とは逆に悪いこと続きですわ」
呟かれた一言を、音の津波が洗い流した。
──────示し合わせたかのように怒号の大合唱は、あらゆるものを呑み込んだ。
莫大な音量を無視できず、波にさらされた者はみなその方向を向く。
鼻孔をくすぐる炭の匂いと、ちりりと燃え上がる一棟の家屋。
突如として起こった火事に、野次馬がどこからかわらわらと湧いて出てくる。ここまで届く熱波も相まって、非常に暑苦しい。
そして、その熱はだんだんと近づいてきている。
野次が増えた?否。火勢が上がった?否。
私が火元に近づいているからにほかならない。だって、仕方ないだろう?
火炎の中から、助けを求める声がした。ただそれだけだ。
人ごみをかき分けて、飛び越えて。燃え盛る塀を乗り越えて、扉を破壊して中へ突入する。
こっちだ。こっちへ来いとばかりに誘う焔の呼び声を断ち、正確に音を聞き分けんとする。
木片の落ちる音。違う。緩やかな足音。違う。肺を焼かれたか細い声。ビンゴ。
延焼を広げようとする炎を避けて、時に焼かれて。執拗な攻撃に身を焦がしながら、声のする扉を開ける。
黒煙が視界を阻むが、それでも負けじと見通しの悪い部屋を見渡す。
倒れ、熱く燃え上がる書棚。それに目星を付けて、一気に引き上げる。直感が告げていたのだ。こkにいる、と。砕けた木片の隙間より覗くのは、輝きを失いかけた二対の瞳。
だが、生きている。それに感極まったからか、はらりと花弁が落ちて、燃えた。
♦
「本当に大丈夫かい?見知らぬ人に身銭をきっちまうなんて」
「問題ない」
「ほうー……これが英雄の器ってやつかいな」
町医者に助け出した双子の治療を頼む。私よりもひどく火傷を負い、あと一歩遅ければ物言わぬ骸になっていたと言う。そして最近は間に合わなかった命も多いから、助けてくれてありがとう、とも。
──────火事が多いという話を聞き、あの子の事を思い出した。
身の上を聞いていなかったが、あのような火事だったり、災害だったりを受けてあそこにいたのだろうか。あの子があの場で独り、震えていた理由を思考の海から探す。
「どうしたんだい。ボーっとしてさ」
「……いや、拾い子のことを」
医者が訝しむようにして睨んでくるが、ひょうとその視線を躱して立ち上がる。
「では、その子らのことを頼む」
引き留めようとする医者を無視して、その言葉だけを伝え、診療所を出た。
♦
帰り道。夜もとっぷり更けて、宵闇が身を包む。道しるべとばかりに町の端々に篝火が焚かれ、輪郭がおぼろげに浮かび上がる。
その光を受けてか、闇夜から褐色の肌がぼんやりと浮かび上がった。
「そこのお兄さん」
妖しく艶やかな声で語りかける。眼球をぐるりと一周させて自分以外に該当する者がいないのを確認すると、「何用か」とだけ返す。
「いや、ね。一つ」
前置きを置くようにして、男は暫しの間をとる。
「人の子を拾って飼うなんて酔狂な真似をしている鬼さんに一つ助言を上げようかな、と」
意味深な笑いを浅く浮かべて、褐色の男は巨鬼の答えを待つように顔色を見た。
松明の火がぱちりと爆ぜて、口火を切るように二つの影を揺らす。
静かな、憤怒であった。
「……」
まさに鬼の形相と形容できる貌で褐色をにらみ、沈黙を返す。男からすれば、ただそれだけで十分である。
名も知らぬものに物申される覚えはない、とばかりに鬼は背中で語り、踵をかえした。
松明の小さな灯が遠ざかり、自然と褐色も闇に囚われていった。
♦
庵の引き戸を開け、すっかり静まり返った屋内へと入る。敷居を跨ぐときに小さく、「ただいま」と呟くことも忘れない。
衣擦れの音にさえ気を払い、同居人の安眠を守らんとする。
しかし……そのようなことは杞憂だったらしい。鬼の背丈と同じほどの大襖が音もなく開き、その半分ほどの身長もない童が出てくる。
「おかえり」
ごくごく小さな「ただいま」が聞こえていたかはわからないが、それでも歓迎の言葉を贈られたからには、返さねばなるまい。
再び、帰宅の旨を伝えた。
コクリとうなずいて童は言葉を飲み込み、くい、と手招きをした。少しばかり力がないのは、不安だったからだろうか。予定より遅くなってしまったのは申し訳ないと思っている。
導かれるままに、大襖の部屋へと共に入る。
「……どこいってたの」
「すまないな。野暮用が長引いてしまってね」
「そう」
わずかにうるんだ瞳と、ほんの少しだけ赤くなった目尻は、暗闇の中でもよく見えた。
やはり不安にさせてしまったのだろう。小さく温かな体をしっかりと抱き寄せて、さらに小さな頭をなでる。指の通りの良い美しい短髪は、いくら撫でていても飽きることはないだろう。
そうして和んでいると、ふと褐色のニヤつきが脳裏によぎった。
「私は……狂っていると思うか。一族の契りを半ば破ってまで、他者を腕に入れるのは。間違っているか」
「……おじさんはいい人だよ。僕を拾ってくれたから。そんなのを狂っているというほうが、間違っていると思う」
「そうか」
その一言にどれほどの意味を込めたことだろう。こんな自らにも、迷いがあったのだ。
外では、小雨が降っていた。
♦
また夜がやってくる。しかしだ。今日起きた火事が五件、地震による被害が十二件、さらには落雷に打たれるのが一件。厄日か何かだろうか。市民は災いに怯えて震え、神の祟りであると恐れおののく。
実在などせぬ神が、どうして祟りなど下せようか。不可解なことは不可解なものに押し付け、すべてを神のせいにすることだけは、甚だ理解に苦しむ。
ふと、身を垂れていた雫が止まる。落雷以降に大雨とも小雨ともとれぬ微妙な雨が降っていたけれども、止んだようだ。
「お兄さん」
その声を聞いた途端、背後に跳んで臨戦態勢を取る。
「お前は先日の────」
闇との境界があいまいたる褐色は、傘も差さずに木々の隙間からゆっくりと現れる。
肌に触れた水滴が消えていくのは、なにかの錯覚のようにも思える。
私の額からは……冷汗が落ちた。
「だから言ったでしょう?助言を、って。人の話は聞くものだろうに」
「……どういうことだ。何を言っている」
「あーあ。やっちゃった」
軽薄な道化師のような物言いに、私は察した。悪辣な嗤いに、ちらちらとどこかを確認するような視線。せわしなく動き、からかうような手指。
褐色との会話も、これまでの悩みも、全てをかなぐり捨てて膂力のままに走る。
森を駆け抜け、月明かりを受け、地に影を落とす。
これほどまでに森の中にある庵を、恨んだことはない。大樹の門を潜り抜け、鳥獣の声も尽きた森を出た。
乱雑に開け放たれた扉に、強盗もかくやの荒れた足跡。汗腺が広がり、血管が膨らむ。
声が出なかった。絶望に焦がされた肺で声にならぬ音を絞り出す。が、勿論というべきか。返事はない。鴨居に頭をぶつける。夜目の効く身なれど、ほんの小さな鼓動を見つけることも叶わない。
いつの間にか背後にいた男が、囁くように語る。
「とてもきれいだね。大きな大きな、あの篝火は」
「────ぁ」
森の隙間から見えたのは、それこそ神の悪戯だろうか。
烈火の光が煌めき、美しい橙色の輝きが森を、庵を、街を照らした。
♦
肌を灼熱に染めた暴虐が、森をなぎ倒した。理性なき瞳は己の色と同じ火炎を見据え、全身の肉を隆起させながら跳んだ。
飛んで火にいる夏の虫、と思うかもしれない。だが、そんな生ぬるいものではない。
例えるならば蝋燭の小さな火種を、大爆発で埋め尽くすかのような。
軽々と門を越えて火に迫るのは、かつての英雄的な姿を連想させる。
だが、ここにいるのは英雄ではなく、一匹の化け物である。
「異端の徒。狂った英雄よ」
冷や水をかけるかのように、辺りが静まり返る。儀式のために集った男衆も、戦神に捧げるための大太鼓の音も、男共の円に囲まれた巨大な炎も。そして、唸り声をあげた一匹の鬼も。
凪──────。
その声は凪を生み出した。しかし、だ。怪物に限っては例外だった。憤怒に濁った眼は理性と哀しみに濡れ、男の瞳には豪雨が宿った。
なぜか。火に炙られ、十字に磔にされた、愛し子の人型を見たからにほかならない。
──────
「先生!起きろーーっ!」
筋肉の船に一人、小柄な乗員が増えた。小僧の体重などものともせずに腹筋は堅牢な城壁を築いている。何度かの呼吸と呼びかけを繰り返し、やがて深かった上下が浅くなり始める。
いかに鬼とて、目も覚めることだろう。
男は瞳に光を浴びる。自らに乗る小僧の姿と、半裸がゆえに目に入る傷だらけの自身の胴を見た。
「今は……何時か」
「七!」
朗らかに叫ぶ小僧の声に、男は目を瞬かせる。「そろそろ学び舎の時間ではないか」と呟くと、いそいそと身支度を始める。
ふと見た自分の両手には、炭の欠片がこびりついていた。
♦
ある日の暮れ方のことである。一人の男が雨に打たれて、ぼんやりと宙を眺めていた。
自らに突き立つ水矢の数々を見て、かつての童のことを思い出した。
「あの時も、このような思いだったのだろうか」
そのような一言を、悪戯好きな一迅の風が攫って行った。
……帰ろう。一人むなしく体をかえすと、視界に寒さに震える小さな襤褸布の塊が写る。
嫌だ。そう思ってはいても、救おうと伸びる手も、幻影に縋る足が止まることはなかった。
……こうして日を追うごとに一人、二人、三人と。必ず子供はそこに現れた。まるで、運命がそう定めているかの様に。通りかかる度に、男の抱える子供は増えていった。その数が二十を越すか越さないかの辺りで、ぴたりと止まった。
だが、子の数が二桁を越そうというあたりで男は思った。屋根が足らん、と。
故に、持ちゆる力を総動員して子供の寝泊まりができ、雨風を凌ぐことのできる場所を作ったのだ。
材料は森に腐るほどあった、困ることがなかった。かつて渡ったことのある星で学んだ、特殊な建築技術で一切の鉄を用いずに建てたのだ。そして子供の増えるたびに増改築を繰り返し、今に至る。
♦
男が学び舎についた頃には、大部屋に子供が集い、彼を待っていた。
三十五の眼球が彼を見つめ、その瞳群は喜色に染まった。
わっと皆が皆集まり、入口へと表れたスターへ群がる。いかな豪傑とあれど、この可愛らしい大波は受けることしかできまい。
ボールを持ったラグビープレイヤーのように、タックルの嵐が襲い来る。逃れようにも、つぶしてしまいそうな柔い体がそれを阻む。倒れまいとするばかりに棒立ちとなり、まさに棒倒しの現場を幻視することだろう。
時の経つこと半刻ばかり。男は子供たちの抱擁から解放された。
未だに子供たちから群がられているのも、男の人徳の成せる技か。もしくは、頼る相手が男しかいないからだろうか。
「せんせー!知ってるか!」
活発な声と共に、子供の中から一本の手が上がる。
「なんだい」
「すげえやつすぐ死んじまう理由!」
その言葉を聞いた時。男は戦慄した。
「すげえやつってのはな。死神からすれば立派な花なんだよ。超立派だから……摘みたくなる。だから早死にするってさ。親父が言ってた」
「おいおい、じゃあ俺早死にするじゃんか。なんてったってお前より算数の点数高いからな」
「なんだとー?喧嘩なら買うぞ?」
そんな声が、遠ざかっていく。視界が狭まり、代わりとばかりに赤い焔の足音が聞こえる。
まだ楽しかった記憶が、燃えていく写真のようにして消えていく。
業火に世界が塗りつぶされて、夢の時間が終わった。
♦
学び舎が燃えている。庵が燃えている。人が燃えている。影が燃えている。だから────街が燃えている。
灼熱の肉体を携えて、下手人の首を火にくべた。
意識が揺らぐ。自己が壊れかかっているか。はたまた、身体が壊れ始めたか。
気持ちの悪い、肉の焼ける匂い。何も感じたくなくなって、口から息を吸った。
煙草のような苦い味が口に広がった。
「あー。歯車狂ったのはこの辺りだね。ちょうど僕が一人目を送ったくらいか」
全ての元凶たる褐色肌の男が、炎上する屋根に座って楽しそうに嗤う。
からかうように拍手しているのが余計に神経を逆なでる。
「それにしても……ここももう終わりか。楽しかったのだけれど」
褐色を飾るようにして、背後から火柱が上がる。付随するようにして物見櫓が倒壊した。
「さて……不要なキャストには退場してもらおうか」
首を掻っ切る動作と共に、視界が転がった。
炎上って使いやすいですよね。
補足としますと男は鬼です。なんだかんだで鬼の住む星に人間の子供が迷い込んだ感じです。で、その元凶が褐色肌の男です。(ニャル様イメージ)
内側からやられた苦い記憶があるから余所者を抱え込むな、とかそんな感じです。作者もよく分かってません。
題は「宇宙人との接触」だったので鬼から見た宇宙人を人間の子供としました