96.本能寺の変?(5)〔敵は本能寺にあり〕
〔永禄5年(1562年)3月30日戌刻、20時頃〕
逢魔時(夕暮れ時、黄昏時)を越えると魑魅魍魎が跋扈する闇夜が訪れた。
ガシャガシャと数千人の鎧の擦れる音を鳴らしながら三条大路に群れ出し、不浄な鬼共は弓や槍を持って行進して先頭の一隊が朱雀大路を曲がった。
朱雀大路は幅が45間 (82m)もあった見事な大通りであったと伝わるが、長い戦禍に見る影を失って、その跡地に浮浪者達の小屋などが占有し、とても大路と思えない廃退ぶりであった。
もちろん、それは少し以前の事だ。
当時ならば、馬が通るのも大変なくらいごっちゃごっちゃとしていたが、すべての小屋を立ち退かせ、新たに出店として出させてすっきりとしていた。
大路はすべて中通りと両脇通りに分けられて、道の両横に一列に出店が並び直された。
但し、住居としては認めず、朱雀門の外に建てられた住居から通うようになった。
中通りに面している出店は辺りで取れた野菜や水飴のような菓子などを売る店が並び、毎日が縁日のように賑わっている。
裏側に面している店は、酒場やお茶屋、占い館、刀研ぎ、耳掃除屋など、いかがわしいとまでは言わないがちょとお色気のある女達が奉公をする店が多い。
紆余曲折と様々な騒動があったが、朱雀大路は道幅20間 (36m)の大通りを取り戻し、三条大路などの他の大路も16間 (30m)の道幅を10間 (18m)まで整理された。
そこに鬼達が通って行く。
この鬼の為に整理した訳ではないのだが、結果として彼らの進撃を助ける事になった。
鬼の数は8,000鬼ではなく、8,500鬼に?
どうやら増殖していた。
鬼の頭領は閻魔様の御札を配り、この行軍に加われて極楽浄土への御慈悲を頂けると触れ回っているらしい。
最終的に1万鬼に達するかもしれない。
正に血肉を欲する鬼の行軍であった。
◇◇◇
先陣の斉藤-利三は朱雀大路を南下して、四条通りに達すると行進を一度止めた。
三条大路と朱雀大路が重なる所に光秀が到着したからだ。
光秀の側近の一人が大声を上げる。
『東西東西』
明智-十兵衛-光秀に注目が集り、三条大路から朱雀大路に留まる兵らの視線が向けられた。
何かの紙を取り出して、そこに書かれている命令書を読み上げた。
「来る3月21日、太閤殿下に刺客を送った不埒者あり。太閤殿下は御怒りになられ、その者を討てと御命じになられた・・・・・・・・・・・・<中略>・・・・・・・・・・・・以上、件の如し。本能寺にいる不忠者らを討て!」
光秀が最後に掛けた言葉に対して兵達が呼応して、うおぉぉぉと鬨の声を上げた。
「手柄首を上げよ。褒美は思いの儘に与えよう」
うおおおおぁぁぁぁ、さらに激しい雄叫びが舞い上がった。
『敵は本能寺にあり!!』
光秀が先に細長く切られた布を付けた采配を本能寺の方に振り下ろすと皆が一斉に動き出した。
獣が吠えるような雄叫びを上げており、それが幾重にも重なって耳鳴りが聞こえる。
また、鎧が擦れる音と兵が小走りする足音で地面が揺れる。
「光秀様、上手く行きましたな」
「どこがだ?」
「思っていた以上に兵が集まっております」
「そちらは巧くいったな」
「何か、ご不満でもございますか?」
「大路に一人もおらん事を不思議に思わないのか?」
「そう言えば、おりませんな」
夜も静まる丑三つ刻ならば、人がいないのも頷ける。
だが、今はまだ夜の帳が下りたばかりだった。
普段であれば、まだまだ酒を求めて侍や町人らが繰り出していた。
集まった荒くれ共らが女・子供を勝手に襲って軍規が乱れるのを心配していたが、無用の心配となっていた。
光秀はゆっくりと首を横に振った。
これは所司代にバレていたという事だ。
つまり、信長にも知られた事を意味する。
ここからは一筋縄に行かない。
村井-貞勝は交渉達者であるが、戦はからっきしと評価していた事を恥じた。
「わざわざ出向いて口論で時間を稼いだのはこの為だ」
「どこで我らが襲う場所に気づいていたのでしょうか?」
「初めからだろう」
「まさか?」
「奴が戻って来てからでは間に合わん」
もしも所司代が光秀ならば、丹波に戻った所で多くの兵を用意するつもりだと考える。
そこで狙いが信長、公方、帝の三人に絞られる。
可能性が高いのが信長派の排除であり、旗頭の信長を討つつもりだと結論付ける事ができる。
だがしかし、普通の者にはその結論に達せない。
信長を討った後の算段が立たないからだ。
不可能と判ると他の狙いを考える。
こうして、いつまで経っても正解に達しない。
村井-貞勝は頭が回る。
回る故に正解に辿り付けないと思っていた。
完全な誤算であった。
軽く舌を打って、己の未熟さを恥じた。
「では、信長はすでに本能寺から逃げているのではありませんか?」
「それはない。待つだけで勝てるのだ」
「待つだけでございますか?」
「明日になれば、畿内から兵が集まってくる」
「ですが、我らの味方かもしれません」
「無理を申すな」
光秀は動くと同時に各領主らに味方になるようにとの手紙を送っていた。
脅されて否応なく兵を出して来た者が合流する。
それを聞きつけて味方する馬鹿が現れた。
集まっている連中は腕っ節のみを頼りに上洛した奴らか、または、土木作業の厳しい規律に耐えられずにあぶれてしまった無法者らだ。
太閤の力を振るっても、こういった浪人らは排除できない。
否、地方で戦が無くなるほど、あぶれたものが都を目指してくる者が増えていた。
次はこの者らを南海に島流しにするつもりなのだろうと光秀は推測する。
やはり、太閤様の英智は素晴らしいと思い直す。
だがしかし、浪人らと違って各領主らは動かないと思えた。
静観する者が多い。
用心深くなければ、戦国の世を生き残る事などできない。
そして、手紙を送っていない信長の家臣らが集まってくる。
「奉公衆代官ならば、光秀様の家臣もおります」
「信長の家臣でもある」
「味方になりませんか?」
「信長が生きている限りは味方にならん」
「では・・・・・・・・・・・・」
「信長を討ち、公方様を押さえて、我らが太閤殿下の兵と宣言すれば、日和見している者らも一気に立ち上がる」
「その通りでございます」
「だが、所司代の兵が本能寺を守っておろう。少し骨だな」
本能寺は寺であるが、堀と壁に囲まれた小城のような造りになっていた。
光秀が触れ回って兵を集めたように、所司代も周辺の兵をかき集めたと考えられた。
帝の御座す御所と公方様の西院小泉御所にも兵を残す必要があると仮定しても、2,000人程度は立て篭もっていると思えた。
一日持たせば、山城、近江、摂津、大和から援軍が来る。
そう考えれば、籠城は至極真っ当な策と思える。
だが、城門を爆破する織田家の戦法があるので城門の意味をなさない。
初めから乱戦になる。
『爆薬準備良し』
しゃがめ、指揮官の声の後に“スド~ン”と大きな爆発音が響き、本能寺の大門が吹き飛んだ。
門が壊れると一番槍とばかりに大男らが走り込む。
「やぁやぁ、音にこそ聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、美濃にその人ありと言われた『笹の才蔵』、可児-吉長とは俺様の事だ」
ぶんぶんぶんと槍を振り回して飛び込んだ。
笹の才蔵とは、持ちきれないほど敵を討つと倒した相手の口や鼻に笹を入れておく。
戦が終わって首を見聞すると、才蔵は討ち取った首は十数人と申告する。
だが、手に持って帰って来たのは3・4人の首のみだ。
証拠はないかと聞かれると、倒した相手の口や鼻に笹を詰めておいたというので調べて見ると本当にあった訳だ。
美濃で天下無双と言われる笹込めの才蔵は『笹の才蔵』と呼ばれていた。
そんな化け物が出てくれば、本能寺を守っていた者も慌てただろう。
それに負けるかと利三の家臣の安田-国継、古川-九兵衛、箕浦-大内蔵も飛び込んだ。
あっという間に本能寺の守りが崩れていった。
信長も鉄砲や弓で応戦したようだが、『最早これまで』と思ったのか。
中に戻って行くと、寺に火を放って炎上した。
信長の兵が脆すぎる。
少なすぎる。
隠し道は確認できていないが、念の為に三条・四条大路に掘られた下水道は本能寺の大門と同時に爆破して崩しておいた。
逃げ道もない。
『本能寺炎上!?』
もう持たないと思ったのか、信長は自ら寺に火を放った。
伝令がそれを伝えて戻って来た。
予想外の展開に光秀は『馬鹿な!?』と大声を上げて慌てた。
◇◇◇
ちょっと待て!
西院小泉御所に戻って来た俺は報告を聞いて慌てた。
慌てるぞ。
「何故、才蔵が敵方にいるのだ?」
才蔵は美濃可児の里の生まれであり、斉藤-義龍の軍に可児の里を襲われて奪われた。
不忠は御免と主を見限って、才蔵は可児郡を取り戻す為に黒鍬衆に雇われて鍬衆として主に東美濃の警備に当たった。
持ち前の力量で鍬衆一番隊長までのし上がり、最近では信濃の戦いで突撃してきた謙信の一撃を受け止めて、俺を守って肩を負傷して美濃の里に戻って療養していた筈だ。
黒鍬衆の中でも俺を守る最強の部隊に所属する。
「傷が癒えたのでしょう」
「偶々に京見物に来ていたのか? 光秀に誘われていたのか?」
「可児の里は、明智の庄とも近こうございます」
「答えにならん。何故、敵方にいるのだ?」
「若様の命令と聞けば、我先にと参陣するでしょう」
「阿呆か!?」
「馬鹿ですからな」
「軍略以外は馬鹿です」
可児-吉長。
無双の強さを持つ武将であり、忠義者で軍略もちゃんと理解できる。
だが、何故か仕える主が次々に没落していくという不幸な星に生まれた。
今回は光秀に仕えた訳ではなさそうだが、何故か負け戦に参加するのが好きなようだ。
戦以外はからっきしな武将であった。




