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【書籍化】魯鈍の人(ロドンノヒト) ~信長の弟、信秀の十男と言われて~  作者: 牛一(ドン)
第3章 『引き籠りニート希望の戦国宰相、ごろごろ目指して爆走中!?』
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95.本能寺の変?(4)〔渡月橋問答〕

〔永禄5年(1562年)3月30日〕

京都所司代(きょうとしょしだい)村井-貞勝(むらい-さだかつ)が丹波勢の接近を知ったのは朝五ツ (辰ノ刻、8時)であった。

驚きの余り腰を抜かした。

蜷川-親世(にながわ-ちかよ)から光秀(みつひで)の事を聞いたのは一昨日、愛宕山で見失ったと報告を受けたのが昨日だ。

まだ丹波に入った頃と思っていた。

不味いと思って桂離宮大橋と渡月橋に兵を送ろうとした矢先に、すでに渡月橋の周辺に百数十騎の騎馬武者が到着して、番人から援軍の要請を受けた。


「所司代様、どういたしましょうか?」

「不味いな」

「兵をこのまま送らせてよろしいのでしょうか?」

「修正する。二条通りの西大手門に回せ」


桂川の河川改修が進み、ちょっとした土手が京の都を守る外壁のように連なるようになっており、河底も掘り下げて氾濫に備えていた。

ここを鎧武者が渡るのはちょっと骨だ。

つまり、西から京の都に入るには、桂川に架かる桂離宮大橋か、渡月橋を渡る必要がある。

橋幅が広いのが桂離宮大橋で西国街道と山陰街道の終着地点となっていた。

もう1つは古くから使われている渡月橋だ。

こちらは橋幅が狭く、守るに容易な橋であった。


桂離宮大橋を渡り切った所に朱雀門のような大門が用意され、京都所司代の詰め所と繋がっていた。

この大橋大門は新しい京の名物だ。

門を閉めるだけで進軍を止められる筈であったが、光秀(みつひで)に肩透かしをされた訳だ。

すでに渡月橋を渡られたとなると桂離宮大門を死守する事は無意味だ。


京都所司代は2,000人の兵を預かっており、東西南北に四つの詰め所と、町中とその周辺に20カ所の番所を作っていた。

詰め所には250人、番所には50人が常駐する。

渡月橋の近くの嵯峨嵐山に番所が1つあった。

だが、その50人で騎馬武者百数十騎を相手するのは辛そうだ。

だが、頑張って貰うしかない。

南の詰め所から100人を渡月橋に回そうとしたが、すでに占有されていると知って二条大通りの大門に回した。


南北に一条から九条、東西に東京極大路から西京極大路を囲む大壁が造られた。

だが、守るには適していない。

大門の数が多すぎる。

そもそも敵から守る壁ではなく、桂川や鴨川の氾濫に備えたモノだった。


新しく造られた西院小泉御所は右京にあり、右京は土地が低い。

御殿は盛り土したが、他の武家屋敷をすべて盛り土するのは難しい。

河が氾濫して武家屋敷がすべて流されたなど恥ずかしい。

改修した桂川の壁を越えて起こる氾濫などあってはならないが、起こる事があるから備えている。

備えあれば憂いなしと思っていたが憂いはあった。

村井-貞勝(むらい-さだかつ)は焦りながら兵を配置し直す事にした。


「河川の改修に当たっている作業員は使えるか?」

「200人ほどならば、すぐに動員できます」

「少ないな」

「申し訳ございません。以前のように京の守りとして雇っておりません。普段は武器を取り上げております。今の訓練は人材の発掘と規律を守らせる為に行っており、動員する事を前提としておりません。動員するには倉庫から武具を運び出し、支給する所から始めねばなりません」

「間に合わんか?」

「兵を守りに付かせると、半日では終わりません」


1日あれば、兵を集められる。

その1日がない。

村井-貞勝(むらい-さだかつ)は頭を抱えた。

丹波を見張っている奴らは何をしているのだ?


桂川や鴨川の第一期の工事が終わり、主な工事は下流へと伸びていた。

山城の西は守護代の管轄であり、実際に統括しているのは勝龍寺城(しょうりゅうじじょう)の城主が取り仕切っていた。

また、山城の土木工事は東の近淡海(ちかつあはうみ)(琵琶湖)の水を通す水路の工事と巨椋池(おぐらいけ)の開拓事業が主力になり、京の都周辺の工事が目減りしていた。


「源五郎(織田-長益(おだ-ながます))様に連絡を入れて兵を用意して貰えるように手配しろ」

「すでに長益(ながます)様にはお知らせしております」

「そうか、よくやった」

「ですが、各領主の手勢は少のうございます。奉公衆代官の兵も各地の作業に散っておりますので、すぐに動かせる兵は200人ほどかと」

「こちらもか」


村井-貞勝(むらい-さだかつ)が机を叩いて怒気を露わにしたが無い物は無いのだ。

光秀(みつひで)の動きが早過ぎた。

山城国の奉公衆代官にも5,000人の兵が与えられているが、通常業務は土木作業員と変わらない。

代官の家臣になった兵は俸禄が良くなり、作業の半分が訓練に宛がわれ、その2割 (1,000人)を常備兵として待機させている。

その常備兵も東西南北と中央に分散して配置するので、すぐに動員できる数が減ってしまうのであった。

また、山城国では北に京都所司代が陣取っているので、守護代と奉公衆代官が南を拠点とするのも当然であった。


「仕方ない」

「殿、どこに行かれますのか?」

「渡月橋に決まっておろう」

「危険でございます」

「判っておる。だが、光秀(みつひで)の真意を聞かねばならん」

「ですが・・・・・・・・・・・・」

(くど)い。時間稼ぎだ。儂に何かあれば、信長(のぶなが)様に伝えよ。兵は天神川に配置して侵入を許すな。半日持たせれば、兵が集まってくる」

「殿!?」


村井-貞勝(むらい-さだかつ)は立ち上がると、光秀(みつひで)が向かっているという渡月橋にわずかな手勢を連れて対面しに向かった。


 ◇◇◇


村井-貞勝(むらい-さだかつ)が渡月橋に来た時には、すでに5,000人近い兵が集まっていた。

道の角に丹波勢の兵が立ち、それを押し止めようと番人らが睨んでいた。


『各々方、道を開けよ。所司代様のお通りである』


先駆けの声に反応して、番人らがさっと引くと跪いて頭を下げ、逆に道を遮って槍を向けるのが丹波勢であった、

先駆けが声を荒げて、その行いを非難する。


『所司代様に槍を向けるは、公方様、引いては、帝に敵対する行為ぞ。その覚悟があって槍を向けておるか』


そう言われると兵らも腰が引ける。

頭目らしき男が「しばし、しばし」と言って静止を促すと、主に伝えるので待って欲しいと嘆願した。

もちろん、村井-貞勝(むらい-さだかつ)に断る理由はない。

このまま明日の朝まで待たされても良かった。

だが、すぐに武将がやって来て中に通される。

陣幕の中に光秀(みつひで)が待っていた。


「これは、これは、所司代様。お久しぶりでございます」

掃部頭(かもんのかみ)光秀(みつひで))殿もご壮健で何よりと存じます」

「さて、こちらに御座(おわ)すとは如何(いか)なる要件でございましょうか」

「ははは、知らぬとは申しますまい。(それがし)は京都所司代として詮議(せんぎ)をしに参りました。この上洛や如何なる目的でございますか?」

「すでにお伝え申した。太閤殿下の御教書でございます」

「御教書とは如何に!?」

「ここで申す訳には参りません」


詰める所司代の言葉に怒気が乗り、光秀を問い詰めた。

だが、光秀(みつひで)は顔色1つも変える事なく、見事に舞う迦陵頻伽(かりょうびんが)のような涼やかな声で答えていた。

ぐぐぐっと睨み付ける村井-貞勝(むらい-さだかつ)に対して、光秀(みつひで)は水鳥にように優雅だ。

村井-貞勝(むらい-さだかつ)の側近が光秀(みつひで)の態度を見て声を荒げた。


『掃部頭殿、無礼であろう。ここに御座(おわ)す所司代様は公方様より京の守護を任されしお方ぞ。事を明らかにせず、軍を動かし、人心を惑わすとは不届きな所行。この罪をもって首を刎ねられても文句は言えんと心得られよ』


だが、丸で何も聞こえておらぬように光秀(みつひで)は微動だにもしない。

代わりに斉藤-利三(さいとう-としみつ)が低い声を上げた。


「これは異な事を。こちらに御座(おわ)す掃部頭様は太閤殿下の御教書を受けております。それを非難するとは、太閤殿下への謀反と受け取られても可怪しくありません。御言葉には気を付けなされ」


側近が刀に手を掛けた。

それを村井-貞勝(むらい-さだかつ)が止めた。

殺されてもしかたない。

否、殺されに来たようなモノだ。

だが、早過ぎる。

ここで刃傷沙汰(にんじょうざた)にしても意味がない。


「太閤殿下の御心を安んじた発言は感銘致しました。言いたいことは確かに判り申す。然れど、京を騒がすとなれば、見過ごす訳にもいきません。何処に向かうのかをお教え頂きたい」

「それはまだできん」

「如何なる所存で?」

「それが判らぬ所司代様では御座いますまい」

「判り申さぬ。帝の御座(おわ)す御所、公方様の御殿に押し入る事があるならば、例え、太閤殿下の御意向であっても御通しできません」


再び二人は睨みあった。

側近の供らも睨み合って、一触即発の空気が漂った。

どちらもガチャリと刀に手を掛けていた。


「太閤殿下は公方様より軍権のすべてを預かっております。それは九州に限ったものではございません。日の本のすべての軍権でございます。つまり、所司代様もその麾下にあります。それをお判り頂けませんか」

「京は帝が御座(おわ)します。京を(みだ)りに騒がす事を是と致しません。どうか、御教書のご趣旨をお聞かせ頂けませんか。ならば、我が手勢において捕らえて参りましょう」

「それはできん。某が太閤殿下より下知を頂きました。それを放棄するなどできません」

「京は帝が御座(おわ)す都ぞ」

「それが」

「帝をなんと心得る」

「我が主は太閤殿下のみ」

「それは不遜(ふそん)と言うものでござろう」

不遜(ふそん)とは如何に。帝もまた太閤殿下の威光によって生かされておられる。太閤殿下なくば、草木は枯れて、只、不毛な大地のみ残される。それを知らず、それを学ばず、(ことわり)逆様(さかさま)に説く事こそ、不遜(ふそん)であろう」


初めて光秀(みつひで)が言葉を乱した。

どうやら光秀(みつひで)にとって帝より俺が大事らしく、帝を盾にした村井-貞勝(むらい-さだかつ)を叱った。

だがしかし、村井-貞勝(むらい-さだかつ)にとって申し分ない。

光秀(みつひで)の心を揺らすきっかけを掴んだ。

冷静でいられては困るのだ。

村井-貞勝(むらい-さだかつ)の遣りたい事は時間稼ぎだ。

夜が更けるまで口論するのも良かった。

ただ、村井-貞勝(むらい-さだかつ)は背中がびっしょりと濡れる程の汗をかいていた。

光秀(みつひで)の狂気を知った。

恐ろしい。

俺の、太閤の御教書ならば、光秀(みつひで)は帝も公方も殺し兼ねない。

そう聞こえたのだ。

益々、この問答を止める訳にいかない。


「貴殿が申す太閤殿下は、まるで不動明王(ふどうみょうおう)尊形(そんぎょう)(かたど)る者なりではないか」

「然にあらず、不動明王(ふどうみょうおう)などという俗世の名にあたわず。天津神(あまつかみ)より遣わされし者なり」

「ならば、帝も天津神(あまつかみ)より遣わされし者なり。それを蔑ろするは如何に?」

「蔑ろなどしておらぬ。只、(ことわり)を説くのみ」

光秀(みつひで)が口論に乗って来た。

しめたと思った所で使いが来て耳打ちした。


(「公方様がお呼びでございます」)

(「今しばらく、お待ち頂けぬか?」)

(「直ちに参上せねば、京都所司代の任を解くとお申しでございます」)


最早ここまでか、村井-貞勝(むらい-さだかつ)は天を仰いだ。

尤も光秀(みつひで)は兵が揃うまで暇潰しでしかなく、村井-貞勝(むらい-さだかつ)の策など最初からお見通しだった。

村井-貞勝(むらい-さだかつ)を見送ると、兵をゆるりと動かし始めた。

夜の帳が近づいていた。

第94話の『明智越え』と第95話の『渡月橋問答』は蛇足です。


中々に進まないと思っておられる読者様に謝らせて頂きます。

明智越えは山陰街道と愛宕山の方角が違うので、光秀が参った神社は元愛宕(丹波にある愛宕神社)ではないかと思って調べ始めました。

理由は、愛宕神社から神明峠を越える街道は遠回りになるからです。

しかし、調べると『明智越え』がありました。

完全な山道です。

大軍を動かすのは向かないかもしれませんが、京にいる京都所司代の裏をかくのに使えると思って書き足しました。


山陰街道を下って来た丹波勢に気が付いた京都所司代が進軍を邪魔しない訳がありません。

桂川が最終の防衛線です。

邪魔をされずに京に入る為には、どこかで京都所司代の裏をかく必要がありました。

そこで光秀が使った山道を使いました。

馬を引いて先行する騎馬武者が渡月橋を先に確保にします。

渡猿橋から渡月橋まで10kmもありませんから、気づかれる前に確保できた訳であります。

そういう意味を感じられるように割り込みました。

現桂橋を使わない事で京都所司代を騙した話です。


第95話の『渡月橋問答』は山伏問答のような話を書きたかったのですが、どこにも書く機会がありませんでした。

もう光秀と村井-貞勝しかやってくれる人がいないので無理矢理に挟んだ話です。

長々と問答させたい私と、簡単に短縮したい作者という思いがせめぎ合ってしまいました。

まだ納得できません。

脳内では、様々なパターンの問答がまだ繰り返されております。


さて、次回から本編に戻ります。

本当は京に入るにもいろいろな駆け引きがありますが、それを割愛して光秀は日が暮れる頃に京に雪崩込んで来たでも繋がるんですよね。

蛇足に付き合って頂いて申し訳ございませんでした。


最後に、

光秀に従って本能寺の変に参加した武将も紹介して上げたいと思っていたのですが、難しいですね。

次回は意外な人が敵になります。

意外でもないか?

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勅(ちょく/みことのり)は、天子(皇帝・天皇)の命令、またはその命令が書いてある文書。 関白の場合は違うと思うのですが・・・。
[一言] なろう小説を読んでから信長の野望をすると影響されることが多々あるけど、この光秀を見てると問答無用で処断してスタートしたくなる。
[良い点] 楽しく読ませていただいております。 数あるなろう歴史小説の中でも、無位無官の魯坊丸を 物作りチートで始めて途中エタらずに天下人まで推し上げて、 頂点の関白だの太閤に辿り着いた作品はほんとに…
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