21.男色家、那古野弥五郎。
那古野 弥五郎は那古野荘に住む那古屋氏の裔(子孫)であり、清洲織田家(織田大和守)の守護代織田 信友に仕えていた。
その横にいる男は守護、斯波 義統の家臣で簗田 弥次右衛門という。
弥次右衛門は小柄の男だったが頭の回転が早く、守護、義統の腹心と言っても過言ではなかった。
弥次右衛門は守護代信友に仕えている(那古野)弥五郎に目を付けた。
(那古野)弥五郎は背が少し高く均整の取れた武将であり、うら若く、線の細い、やや細腕の華やぐ若衆たちを側用人にはべらせていた。
そこに弥次右衛門は近づいた。
(那古野)弥五郎は守護様のお気に入り弥次右衛門が言い寄ってきたことに虚栄心を満足させた。
弥次右衛門は(那古野)弥五郎に頼んで、伊勢の方から下女を10人ほど義統の為に用意して貰った。
(那古野)弥五郎が用意した下女ゆえに疑われることもなく、信長の忍び(本当は魯坊丸の忍び)が武衛屋敷に潜入し、信長と守護様はいつでも連絡ができるようになったのだ。
その信長から(那古野)弥五郎と連絡を取って欲しいという申し出に応じて、守山に買い出しを装って小さな納屋の中で会合を用意した。
納屋の扉が開き、信長と側用人が一緒に入って来た。
信長らが頭巾を外すと、(那古野)弥五郎は顔を赤らめて嬉しそうに微笑んでいた。
「弥次右衛門、後ろの小姓はどなたか?」
「信長の側用人、佐脇 藤八郎でございます」
「どえりゃー、かわいいな」
「気持ちは判るが控えてくれ」
「もちろんだ。信長様も色白でキリッと引き締まった細顔なのがいいわ。御仕えしてみたい」
信長は頭巾に続き、身を隠す着物を取ると二人の前に腰をかけた。
弥次右衛門と(那古野)弥五郎は頭を下げた。
「面を上げよ」
「こちらが我らに協力して頂いております。那古野 弥五郎でございます」
「聞いておる。大儀である」
「いいえ、信長様の為ならば、この命も惜しくありません。何なりとお申し付け下さい」
「面倒なことを頼もうと思っておる」
その前に清州の状況を詳しく教えて貰う。
清州の周辺は、又代(小守護代)の坂井 大膳の坂井家、家老の河尻与一(左馬丞)の河尻家、同じく家老の織田三位の清州織田家などが味方に付いている。
那古野氏は守護斯波家が尾張に入ってきたときに取り立てられて、清州周辺の土地を頂いた。
結果として、清州に近すぎて家老の清州那古野家は織田に寝返り辛かった。
そこに弥次右衛門を通じて、織田家と好を結べた。
去年の清州は年貢らしい年貢も上げられず、最近は守山の商人以外は取引を断られる状態が続き、物価は上がり、銭は底をつき、近いうちに兵糧の底がつくのも間違いないらしい。
「ならば、武衛様(守護斯波 義統)もご苦労されておるのではないか?」
「はい、多少は不便をされております。しかし、信長様が月に何度か、山海の珍味と共に必要な物資を届けてくださっておりますから、ひとまずは安心下され」
「ふん、八割方は大膳に横領されているがな」
「今はまだ良い。夏までに和議が整わなければ、地獄になるぞ」
「食糧が底をつくことか?」
「おお、そうだ」
「それはない。おそらく信光殿、信安殿に頼んで食糧を回して貰うことになるだろう」
「なるほど、だが、長くは持たんぞ」
「そうだな」
二人は清州の食糧状況が悪くなっているのを懸念していた。
しかし、信長は怖い顔で爪を噛んでいた。
彼奴め、武衛様に食糧を運び込んでいるなど聞いておらんぞ。
儂に話す気がないのか?
それとも話すだけ無駄と思っているのか?
後で問い詰めてやる。
などと、信長は考えていたが魯坊丸は隠すつもりではなかった。
ただ、魯坊丸自身も完全に忘れていたのだ。
魯坊丸は仕事を人に任せる。
あらゆる仕事を数多の人に任せ切った。
それで4年前からはじめた『信長好感度アップ大作戦』は途切れることなく、続けられていた。
熱田の年間予算に組み込まれた。
銭を貰えば、商売だ。
熱田商人の手で六曜の大安、祝い日、大漁の日に熱田から清州に荷が運ばれていた。
この長きに渡る貢献は斯波 義統に信長の忠義心を疑う余地もないほど信じさせることになった。
また、この熱田から送られてくる献上品を大膳が横領したことで、清州の守護代信友を宥めることが出来ていた。
もしもこれがなければ、信友がもっと早い段階で暴発していたかもしれない。
命じた本人が忘れているので信長が知る訳もない。
怒る信長に違和感を覚えながら、弥次右衛門は献上品を横領されたことに怒っていると勝手に考え、信長の忠誠心に心を打たれた。
「信長様、このまま信友を放置できません」
「その通りだ」
「と言いますと、何か策がございますか?」
「それを話したい」
「何なりとお聞き下さい」
「まずは、武衛様を連れ出すことは可能か?」
「残念ながら難しいと思われます」
守護義統の安全を確保したいと思ったが無理だそうだ。
清州では信長が攻めないのは守護義統が居る為という噂が立ち、守護義統を逃がすことは死と同義と思われていた。
昼夜交代で見張りが立ち、蟻も這い出る隙もないらしい。
やはり、力ずくで助けるしかないか。
「那古野 弥五郎殿」
「弥五郎で結構でございます」
「うむ、弥五郎。そちの兵は如何ほど使えるか?」
「十六七 (才の)若年が三百ばかりです」
思ったより多い、これなら行けるかもしれない。
決行の日は斎藤 利政との会見が終わった後、魯坊丸が京に発ってから信勝に清州攻めの助力を貰い、段取りが済み次第に取り掛かる。
信長・信勝の大軍で清州を攻めるとそう思わせて、周辺の兵を清州に入れさせる。
当然、那古野家の300人も清州内に入る。
正門に清州勢を集め、不意を突いて裏門を襲い、その裏門を那古野勢が背後から襲って貰い、門を突破して武衛屋敷を包囲し、守護義統様を確保する。
守護義統様を確保すれば、あとは鉄砲でいぶり出して決戦を挑む。
出て来なければ、包囲戦で兵糧攻めだ。
いずれも、守護義統様がいると取り難い策であった。
「どうだ、できるか?」
「問題ございません。裏門を破り城内へ、清州城の一の丸に入れるのでなければ何とかなると思います」
「そうか、頼むぞ」
「お任せ下さい」
ふふふ、完璧な策だ。
要は門を開く者を見つければいいのだ。
「ところで、そのお側用人は信長様の、その、もしかして」
「ふふふ、その通りだ。藤八は儂の物だ。悪いが褒美にやる訳はいかん」
「やはり、そうでございました」
佐脇 藤八郎 良之は荒子城の前田利春(利昌)の五男として生まれ、佐脇藤右衛門の養子に出されて信長の小姓となった。
信長は嫡男であれば、変な女に掛かって病気を貰う訳にいかない。
かと言って、嫁いできた姫の相手もできないようでは嫡男として恥ずかし過ぎる。
そこで小柄で華奢であった藤八がお相手として選ばれ、信長のはじめての相手となった。
藤八は信長の家臣であり、信長の特別であった。
抱き寄せて、仲の良い所を見せ付けた。
ちょっと那古野 弥五郎が悔しそうな顔をした。
「見た目は可愛い奴だが、槍も天下一品の腕前だ。のぉ、藤八」
「信長様の為に尽くさせて頂きます」
「藤八はやれんが、家臣同士が仲良くなるのは咎めはせぬぞ」
「まことですか?」
「この信長に二言はない」
「この那古野 弥五郎、信長様の為にすべて投げ出して、お味方させて頂きます」
「期待しておるぞ」
ははは、信長は上機嫌に笑った。
那古野 弥五郎は判り易い御仁であり、二心(裏切り)を心配する必要もないと確信した。
藤八を側に置いて正解だな!
見たか、魯坊丸よ。
こうやって人心を掴むのだ。
何も守護代信友をぎりぎりまで追い詰め、信光を頼る日まで待つ必要もない。
策略とはこうやるのよ。




