1-2話
目の前に現れた黒い姿のアンノウンに定慈は感嘆した。
定「なかなかにイカした見た目してますね、あんたのアンノウン」
そう言いながら定慈は再びパペット・マスターのぬいぐるみの口を開け攻撃の準備をした。それに対し勤は今度は動こうとせず、ただじっとしていた。
定 (黙って攻撃を受けるつもりか?んな訳ないんだろ)
ぬいぐるみの口から大きな球体の形を成した液体が勤とシャドー・ダンサーに向かって撃ち出された。球体が当たる直前、地面から伸びた黒い物体が勤の周りを一瞬にして包み込んだ。
そこへパペット・マスターの液体が直撃した。当たった瞬間、確かにパペット・マスターの能力によって物が溶ける音がした。しかし、液体が流れ落ち見えてきた中身は当たる前と一切変化が無かった。
定「どうなってる一体?」
定慈の頭に疑問が生じた瞬間、黒い物体はサッと消え中から勤が姿を現した。
定「何だよそれ?一体何を?」
勤「見て分からんか?ただの影だ」
定「影?」
勤「シャドー・ダンサーの能力だ。影を操る。操った影を纏う事でお前のアンノウンの攻撃を防御した」
定「防御しただと。パペット・マスターの吐く液体はどんな物でも溶かす。例え影であろうと触れれば溶かして貫通する。そうなれば中にいるあんただって無傷でいられる筈が無い」
勤「影というのは光があればその存在が消え去る事は決して無い。確かにお前のアンノウンの能力で俺の纏った影は少しだけ溶かされた。だが、溶かし尽くすより速いスピードで影の防御壁は再生される。それが影というものだ」
シャドー・ダンサーの影を操るという能力を聞いた後も定慈の態度は飄々としていた。
定「影なんてあやふやな物を操るアンノウンは久しぶりに見たな。だが、もの凄いスピードで影が再生するなら、それよりも早く溶かし切れば良いだけの話」
勤「出来ると思うか?」
定「パペット・マスターの吐く液体が何なのかは俺もよく分からない。おそらく胃液なんだろうが、それがパペット・マスター本体の胃液なのか、それともぬいぐるみの胃液なのか、そこは全く分からない。それがアンノウンってものだしな。だが分かる事もある。影であろうと何だろうと、パペット・マスターが溶かせない物は一切無いって事だ」
勤「そうか。そう思うのなら試してみると良い」
定「ええ、そうさせて貰いますよ」
深夜の静けさの中、二人の戦いは更に激しさを増していった。
智「…………ん……んん、喉乾いた。今何時だ?」
家の中、智琉は眠りから目を覚ました。時計を見ると時間は四時過ぎを指していた。布団から出て飲み水を飲みに行こうとした時、家の外から聞き慣れない音が響いていた。
勤と定慈の戦いは非常に拮抗していた。が、僅かに勤が押している様子があった。勤の以外な抵抗に定慈は攻め切れずにいた。
定 (勤はもう歳だ、そう長くアンノウンを使えない筈だ。長期戦になれば体力のある俺に分があるが、あまり時間がかかり過ぎると太陽が昇っちまう。日が昇れば影も今より濃くなりシャドー・ダンサーの能力も上がるに決まってる。それは非常にまずい)
長期的に戦うのが得策ではあるが早急に勝負を着けるのがこの状態における最善の策である。そんな焦りが更に定慈の勝利を遠ざけてしまっている。
勤「お前、確か定慈とかいったな」
定「ああ、それが俺の名前ですが、何か?」
勤「さっきからお前の話す敬語は雑というか中途半端だな。敬語とすら言えないとも言える。もう少し気をつけた方が良いんじゃないか」
定「……心に留めておきますよ」
勤「まあ良い、これ以上やり合うのも不毛だ。そろそろ終わらせてもらう」
シャドー・ダンサーが両手を大きく広げると、周囲の影がゆらゆら揺れながら定慈に対して臨戦態勢を整えていった。
勤「これで終わりだ。心配するな、命まではとらない」
定 (……こりゃちっとやばいな)
シャドー・ダンサーの操る影が鋭い勢いで四方から定慈に向かっていった。
智「じいちゃん!」
突然の声に勤はつい声のする方を向いてしまった。それに伴い、影の動きも一斉に止まってしまった。外の音を不審に思い様子を見に来た智琉が見たのは、一瞬では理解しようの無い姿形をした化け物同士が戦っていると思しき光景だった。その渦中にいた勤の存在が目に映り思わず名前を呼んでしまったのだ。
勤もまた智琉の存在に一瞬思考が停止してしまった。が、すぐにこの状況の重大さを理解した。定慈の攻撃対象がアンノウンを持ち得ない智琉に向けられては危険である事を。しかし一瞬遅かった。定慈のパペット・マスターは猛スピードで智琉に向かっていた。
定 (誰かは知らんが、チャンス!)
自らに襲い掛かってくる謎の存在に智琉は何も出来ずただ立ち尽くしていた。パペット・マスターが智琉の目の前に来た時、右手のぬいぐるみの口にはあの液体が膨らんでいた。
定「この距離なら撃つ必要もない。直接触れるだけで良い」
パペット・マスターの右腕が振り下ろされた瞬間、智琉は思わず目を瞑った。次に智琉が目を開けた時見たものは勤の背中だった。智琉を守る為、勤はパペット・マスターの攻撃を自らの体で受けたのだ。パペット・マスターの攻撃は勤の左の肩に直撃し、勤の左腕は付け根から崩れ落ちた。
勤「……がっ」
智「じいちゃん!」
片腕を失った勤はその場に倒れ込んだ。その拍子にポケットの中にあったカードが地面に落ちた。
勤「智琉…………怪我……無いか?」
智「ああ、無いよ。大丈夫」
勤「そうか……なら良かった」
倒れ込んだ勤のもとに定慈がゆっくりと近づいてきた。
定「じいちゃん、という事はそちらはお孫さんですかな?てっきり一人暮らしかと」
勤「智琉には……何も手出しするな」
勤の睨みつける様な視線をよそに、定慈は智琉に目を向けた。
定「やあ少年。確か智琉くんと言ったっけ?」
智「……何なんだあんた?」
定「俺の事はどうでもいい。それよりも、今君にとって重要な事を言う」
定慈は勤の側に落ちているカードを指差した。
定「そのカードを俺に渡して欲しい。君の手で」
智「カードを?」
定「とても重要な事だ。君のお祖父さんは少し強情に過ぎるから」
智「強情って、じいちゃんが何を……」
定「素直に渡してくれれば、もう何もしない。だからさ」
優しい口調とは裏腹に定慈の目は冷酷に尖っていた。それは智琉を恐怖で固めるには十分だった。智琉は定慈の指差したカードを手に持った。
勤「やめろ、智琉!」
勤の言葉に智琉は我に返った。
勤「そんな奴にカードを渡すな。絶対に」
定「やっぱり、その口は閉じておく方が良いな」
パペット・マスターのぬいぐるみの口が開かれ勤に狙いを定めた。それを見て智琉は激しく動揺した。
智「ま、待って!カードなら渡す、だから……」
定「カードは貰う。だが彼はここで死んでもらう。それが一番あと腐れ無いのに気付いてな」
定慈の言葉に智琉は半ば絶望した。定慈に対抗する術を何一つ持ち得ない自分自身に。しかし無情にも、パペット・マスターの腕からは既に液体が充分に溜め込まれていた。
智 (死んじゃう……このままじゃ、じいちゃんが死んじゃう…………嫌だ……そんなの…………絶対に嫌だ!)
そう思った時、智琉の持っていたカードが今までに無いくらいに眩く光り出した。かと思うと、その光出すカードから一体のアンノウンが現れた。赤い体に大きな翼を広げたドラゴンの姿をしたアンノウンだった。
勤「智琉……お前、同調を……」
定「まさか、そんな……」
智「お前にじいちゃんは殺させない。このカードも渡さない。ここで、お前を倒す!」
カードを握り締めながら、智琉はまっすぐに定慈に目を向けた。
続く
《人物紹介》
柿本 定慈
身長171cm 24歳
嫌いなもの:みかんの白い筋
《UC紹介》
シャドー・ダンサー 身長2m
持ち主:織杜 勤
能力:影を自在に操る。形として物質化した影は攻撃や防御、近距離の移動に適している。光がある場所に影は永久的に存在する為、シャドー・ダンサーの能力を封じるのは極めて難しい。
パペット・マスター 身長1.8m
持ち主:柿本 定慈
能力:右手に付属するぬいぐるみの口からあらゆる物質を融解させる液体を放つ。液体は遠くに飛ばす他、ぬいぐるみの口に貯め直接触れる方法もある。