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前編

「いらっしゃい」


「ふっ、よくぞ参られたな!」


 男たちが建物の入口をくぐると、黒いスーツを着た黒髪の青年と、メイド服を着た赤毛の少女が迎えてくれた。

 にこやかな笑みを浮かべる青年と、凛々しさを感じる自信にあふれた笑顔の少女。その少女の姿を見た男たちは驚き、足を止める。

 その少女の頭には太く立派な2本の角が、その背にはドラゴンのものによく似た翼が生えていたのだった。


「な、ま、魔族……っ!?」


 先頭で入ってきた男は思わず声を上げる。魔族。異界に住む人間とは別の知的生命体。人間より遥かに強靭な肉体を持ち、桁違いの魔力で魔法を操る。

 異界より現れダンジョンを作りその最奥を根城とする異形の存在が、なぜかなんの前ぶりもなく、目の前に現れたのだから。


☆☆☆


「ようやく……魔王城を間近で見ることが出来たな」


 時は男たちがその建物に入る直前。

 恐らくは戦士(ファイター)であろう。幅広の両手剣を背負った30代半ばの男が、感慨深げにそうつぶやいた。

 すでに「灼熱の台地」は越えている。モンスターの脅威もないため、気を休ませて腰を下ろし、手足を投げ出していた。

 魔王城へと向かう道は何もない山道となっていた。緩やかな上り坂となっているだけの地形で見晴らしはよく、顔を上げれば数百メートル先に魔王城。眼下にこれまで突破してきた3つのダンジョン。そして彼方には北限都市オッカナイーのシルエットを望むことができる。絶景、と言って差し支えない風景であった。


「センシー。これからどうしますか……?」


 メガネを掛け、漆黒のローブをまとった女性は魔導師(ウィザード)であろう。豊満なスタイルを縮こまらせ、目的地は目の前であるというのに、その表情は晴れない。


「ブレア。どうもこうもない。俺はこのまま、魔王城へと向かう。残った食料は、全部持っていけ」


 センシーと呼ばれた戦士は、バックパックから乱暴に革袋を取り出すと、ブレアと呼ぶ魔導師に放り投げた。


「センシー、俺も行くからな。そうじゃなきゃ、食料が足りん」


 その様子を見ていた小柄な男が、やはり同じようにブレアへと革袋を投げた。


「俺が行かなきゃ、魔王城に入った瞬間罠でおさらばってのもありうるからな!」


 がはは、と笑うその男は、職業盗賊(スカウト)であろう。未知のダンジョンへの侵入には、彼の力が必要だった。


「兄さん、シフ。僕は……」


「ケイシー。お前はブレアと引き返すんだ。いくらマッピングができてるとはいえ、後衛職のブレア一人じゃオッカナイーまで持たない」


 ケイシーと呼ばれた少女は白い全身鎧に身を包んでいた。それは、仲間を守ることに特化した自由騎士(フリーランサー)が好んで使うデザインだ。

 このパーティは4人で構成されていた。回復、補助魔法の専門こそ居ないが、比較的理想とされる編成であった。事実、魔王の試練と呼ばれる3つのダンジョンを乗り越えることができている。

 ……そう。乗り越えることは、出来た。

 彼らは、大きな問題に直面していたのだ。


 食料が、足りない。


 3つ目のダンジョンである「灼熱の台地」で情報になかった高レベルモンスターと遭遇した結果、大きく消耗してしまった。

 命からがらの撤退戦の結果、貴重なアイテム、食料の多くを失う羽目になり、その結果あと数日分の食料しか残されていなかった。

 追われた時点で町への帰還を考えもしたが、戦闘を回避したりなどの立ち回りの問題で結果的に先へと進むしか無かったのだ。


 もはや、全員が生存することは不可能。


 その為にセンシーは決断をする。残された食料は妹含む2人の女性に渡し、オッカナイーへの帰還を促す。それはそれで足りないが、帰り道はわかっている。

 全力で帰還すれば、2人の能力であればなんとかなるであろうとの判断だ。時間を置くことで例のモンスターが移動していれば、だが。

 そして、センシーとシフは当初の予定通り魔王城へと向かう。食料を持たずに。……確実に死が待ち受ける道に。


「ブレア、ケイシー。元々魔王城に挑むのは俺の我儘だ。特にケイシーは、まだ若い。試練を越えた実績だけでもかなりのものだろう。生き残る事ができる時に、命を捨てるべきじゃない」


「センシー。それ私が若くないっていいたいのですか……?」


「おっ、お、おお……いや、そういうつもりで言ったんじゃ……」


「ふん。どうせもうすぐ三十路ですよー。こんな家業やっていて30歳で売れ残りとかもう未来ありませんよー」


「ブレア……すまんて……」


「おいおい、こんな所でイチャイチャすんなよ。それかあれか? 夫婦漫才?」


「シフ! 夫婦じゃねえ!!」

「シフ! 夫婦じゃありません!!」


 ピッタリ息のあった反論に、シフは苦笑いする。全力で否定されたが、2人がまんざらでもないと思っていることは、知っていた。

 そして、ブレアも本当であれば魔王城へ同行したいであろうことも。

 しかしブレアがこちらに来てしまえば、ケイシー一人で帰還する事は不可能だ。それがわかっているから、センシーの決定に反論はしない。

 想い人の妹を護ることを優先する。それがブレアの結論だった。


「兄さん、ブレアさん……」


 わざわざ死ぬとわかっている道に進むのは3流の仕事だ。だが、センシーとシフはそれがわかっていても今このときは、夢にまで見た瞬間なのだ。どうせ戻るも死ぬ可能性は高い。ならば無謀でも、前に進みたかったのだ。


「……はぁ。まぁセンシー。魔王城はすぐそこです。特に危険があるわけでもないでしょう。最後まで、見送りますよ」


「はっは。そうだな。俺たちの待ち望んだ夢の瞬間! 見送ってくれ!」


 そう答えると屈託のない笑顔を浮かべ、センシーは立ち上がった。最後の冒険へと向かうために。



 魔王城は、巨大であった。

 史上最凶と呼ばれるだけあって、建築物タイプでは外観も最大級であった。

 本来であれば数日間探索する予定だったそのダンジョンを見上げ、彼らは息を呑む。彼らの家業の、一つの到達点を目の当たりにしているのだから当然だ。


「さあ、あれが入り口か……うん?」


 センシーが、不思議なものに気がついた。少し離れた場所には、巨大な扉がある。話に聞いていた、魔王城の正門であろう。その脇に、進入するための小さな扉があった。

 そこまでは、話通りだった。しかし、その手前。その場所に情報がなかったモノがあった。

 それは、3階建ての木造の建物だった。ごくごく普通の、町中にありそうな家。魔王城の前のにはとてもではないが似つかわしくない。そしてその建物には、看板がぶら下がっていた。

 「宿」と書かれた、金属の看板が。


「ええ……?」


 センシーだけでなく、全員が困惑する。こんな場所に宿。確かにダンジョンの前にそういった設備がある場合は多い。しかしここは、最果ての地。限られた者しかたどり着けない、魔王城。

 そんな場所に宿などあるはずがなかった。


「センシー……。聞いたことが有りますか? こんなところに宿があるなんて」


「ないよ。あるわけがない。シフ、お前は?」


「聞くまでもねえだろ」


「僕も、知りません……」


 限られた者しか到達していない。逆を言えば、オッカナイーには到達者は何組か居るのだ。その為、試練の、そして魔王城の情報は多少ではあるが流れていた。

 しかし、魔王城の前にこんな建物があるなどと言う情報、噂は存在していなかった。


「これもダンジョンの一部なのか? ……まぁいい。調べよう」


 アイコンタクトで臨戦態勢を整える。本当に宿だとは思えない。しかし、本当に宿であれば死なずに済む……。

 僅かな希望を胸に、シフが静かに、窓へと近づいた。

 ……窓に向こうから近づく何者かの影には気が付かずに。

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