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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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不倶戴天の敵

 そうこうするうちに初めての定期試験がやって来た。

 

 テーベやニケを始めスーホ、マルコといった優等生たちは、日頃の穏やかさをかなぐり捨てて勉強した。神学校ここでは、試験は戦いだ。女子だって必死だ。


 良い成績を取った学生でないと、神官になれない。

 とりあえず単位を取れれば、神学生、つまり神官見習いの身分は保証されるが、大神殿で神や巫女に仕える神官やミコーヤの中央政府の執政官になるには、五位以内でなければならない。


 しかも、テーベたちの学年には異邦人カイがいる。あいつが、どの程度の点を取るか。一同興味津々で、カイの成績に注目した。お手並みを拝見と言った感じだ。

 いくら持って生まれた能力があると言っても、田舎の初等科での話だ。カイにとって神学校の試験は、言うならデビュー戦だ。



 テーベは負けたくなかった。と言うか、負けるわけにいかなかった。カイに負けるということは、真面目に勉強している者たちに対する冒涜なのだ。


 テーベは、真面目で典型的な神学生の代表として、カイと戦った。

 もっとも、向こうはそんなこと考えてもいないだろう。

 だから、余計腹が立つのだ。


 テーベは、スーホやマルコたちと協力しあって必死で勉強し、結果は一位がテーベ、二位がマルコ、三位がカイ、四位がニケ、五位がスーホだった。


 勝った。ざまあ。やっぱり、首席は僕だ。

 テーベは狂喜乱舞した。


 だが、大方の評価、特に女子たちの評価は、カイの方が上なのだ。

 

 それを知って愕然とした。


 どうして……。僕の方が成績が良かったのに。


 女子たちによれば、あれだけ遊び歩いて上位に食い込むなんて、大したものだと言うのだ。


 そんな馬鹿げた理屈があるだろうか。





 神学校は二学期制だ。

 四月に入学して、九月の末までが前期、十月から三月末までが後期だ。

 定期試験は六月、九月、十二月、三月の四回ある。それぞれ、二週間前に試験範囲の発表があって、試験の結果で将来の進路が決まるので、学生たちは必死で勉強する。

 だから、試験が終わると、一気に反動が出る。

 反動と言っても、そこは神学校だから、犯罪や公序良俗に反するような行動をとることはない。試験勉強でできなかった様々なことを、この際、という感じで実行するのだ。


 ところで、神官見習い身分の神学生には、長期休暇がない。勢い、手近にできるチャレンジというかイベントという意味で、恋の花が咲くことになる。


 幸い、大神殿にはたくさんの庭があって、どの庭にも人目を避けるのにちょうど良い木立や茂みがあるので、試験が終わると、庭のあちこちで愛を囁くカップルが見られるようになる。


 クチナシの甘い香りに包まれて、恋に恋する若者は、理論を実践に移すべく、心に決めた相手と恋を語るのだ。


 神学生の半数が学生時代に伴侶を見つけると言われる所以である。

 

 級長ということで、用事を頼まれたテーベがクチナシの庭を横切ると、通路から離れた茂みで、カップルと思しき誰かが息を弾ませているのが分かった。


 けがらわしい。

 潔癖症のテーベには、許せないことだった。少なくとも、神殿の庭ですることではない。ここは、神聖な神の領域なのだ。


 テーベとニケならどうだろう。

 きっと、神学校の庭で神の愛を論じながら、愛を語るのだ。


「まあ、テーベ、あなたって、本当に物知りね。しかも、神の教えの本質を理解しているわ。どうやったら、そんな風になれるのかしら。……あなたって素敵……」


 妄想にテーベの鼻の下が伸びた。

 そうさ。容姿だって、成績だって、僕が一番だ。ニケが選ぶのは、僕なんだ。


 絹糸のような前髪をかき上げて、息を吐く。

 頭を振って、頼まれた用事を片づけるべく足を速めると、庭の隅のベンチにニケがいるのに気が付いた。こともあろうにカイと話をしている。


 とんでもないものを見てしまった。


 話の内容までは分からない。でも、ひどく楽しそうで傷ついた。


 庭でニケと話をするのは、テーベでなければならないのに。


 ニケは、テーベが将来を見据えた行動――神官に頼まれた用事――をしている間に、カイと親しくなっていたのだ。


 甘ったるいクチナシの匂いがテーベをいらつかせた。




 定期試験が終わっても、神学校名物のレポートは続く。


 七月の終わりのある日のことだった。テーベやスーホたちが苦労してレポートを書き上げ、開放感いっぱいで中庭を歩いていると、大神殿の方から歩いて来るカイに出会った。

 

 カイは市場で買ったと思われる果物の袋を持っていた。みんなが必死でレポートを書いていたのに、一人で遊びに行ってたようだ。


 信じられない。


 テーベは、腹の底からふつふつと怒りが湧いた。


「カイ」

 テーベが呼びかけると、初めて気が付いたのだろう。カイは気のない様子で一同を見た。


 ふうん。みなさんご一緒で、仲の良いことで。カイの目が、そう言っていた。


「何か用か?級長」

 いつもは声を掛けないのに、今日はどういった風の吹きまわしだ。そう思っているのがありありとわかるつっけんどんな態度だ。


 カイは、テーベのことを級長としか呼ばない。級長なんてものになっているので、権威の代理のように見えるのだろう。いつも、テーベに対して慇懃無礼だ。と言うか、婉曲に喧嘩を売ってくる。もちろん、テーベは、そんな喧嘩を買うようなヘマはしないが。


 カイの鋭い視線にテーベの体がすくんだ。野性的な容貌が苦み走って、女子が喜びそうな男ぶりだ。

「今までどこにいたんだ?」

「お前に報告する義務はない」


 決死の思いで尋ねたのに、簡単にスルーされた。テーベたちを無視して、当然のように食堂に向かっている。

 

 そう言えば、そろそろ夕食の時間だった。


「テーベ、無断外出だ。ノア先生に言わなくちゃ」

「駄目だよ。カイがいい加減なことしてたってことがバレたら、テーベの責任になるじゃないか」

「そんなこと言ってるから、あいつが調子に乗るんだ」


 テーベは周りの勝手な言い分を無視して、カイを追いかけて確認した。少なくともテーベは級長だ。クラスの誰かがレポートを提出しないという不祥事は避けたかった。


「待てよ。僕たち、さっきまでレポート書いてたんだ。君、もう書いたのかい?」

「あれか?あれは昨日の晩書いた」

 

 昨日の晩って、そんなことする時間があったか。確か、昨日は体術の練習があって、みんな消耗して夕食が終ると寝てしまったはずだ。


 こいつは、どうなっているんだ。人間じゃないのか。


「消灯時間までに書けたか?徹夜になったんじゃないか?」


 スーホが尋ねた。暗に、出まかせを言っているんじゃないかと疑っているのだ。


 あり得ない、と居合わせた男たちの顔に書いてある。


 テーベたちは、ここ数日、授業が終わってから自習室にこもってセッセとレポートを書いていた。その間、カイが自習室にいるのを見たことがない。

 ズッと自室で書いていたのだろうか。

 十時間はかかるレポートだ。いつの間に書いたのだろう。


「草稿を練るのはどこででもできるし、書くのは一時間もあればできるさ」

 

 簡単に言ってのけたので、絶句した。

 

 こいつは、みんなが苦労していることを、簡単にこなしてしまうのだ。


 できは、ともかく。とでも思わなければ、やってられない。

 

 


 後ろから、女子のグループがやって来た。彼女たちもレポートを書き終えたのだろう。楽しそうにおしゃべりしながら歩いて来る。


 カイを見つけたニケが手を振った。


「あら、カイ、レモン買って来てくれた?」


 ああ、一袋で良いんだな。そう言うと、ほれ、とニケに果物の袋を手渡す。


「ありがと。神学校ここの食事って生野菜や果物が不足してるの。おかげで助かるわ」


 ニケが礼を言うと、他の女子が続けた。


「ビタミン不足でお肌が荒れちゃって」

「レモンがあれば化粧水作ったり、パックに使ったりできるし」

「ダメよ、蜂蜜レモンにして食べるのよ。体の中から綺麗にしなきゃ」

 勝手にしゃべり始めて収拾がつかない。まさに、女が三人寄れば何とやら、だ。

「いくらだった?」


 値段を尋ねるニケに、カイが片目をつぶって答えた。


本当ほんとは500マールだけど、オバチャンが400マールに負けてくれた」

「さすが、相変わらずのオバチャンキラーね。オバチャン、オジチャンに人気があるんだから」

「それを利用するお前たちは、どういうヤツだ?」

「頭が良い女たちだと言ってちょうだい」

 

 そこにいた女子がドッと笑った。


 カイは女子に人気がある。それこそ、テーベやスーホ、マルコなんか足下にも及ばない。

 

 面白くない。絶対絶対面白くない。テーベたちはセッセと勉強していたのに、ニケたちは、勉強しながらカイを使って市場で買い物してたのだ。

 

 カイと上手に付き合えば、テーベたち男子学生も楽しく過ごせるだろう。だが、テーベたちは男だ。カイの勝ちを認めるようなことはしたくなかった。




テーベとカイの相性は最悪のようです。

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