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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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浮きまくるカイと苦悩するテーベ

 選民意識の裏返しとして、神はミコーヤの民に忠誠を求める。

 週に一度の礼拝はもちろんのこと、年に一度か二度、エドバルトやナーニワだけじゃなく、海の向こうの大陸諸国にまで有名な突発的な礼拝を求めるのだ。


 突発的な礼拝とは、他の宗教では見られない大規模な礼拝で、事前に何の前触れもなく、つまり、何の準備もなく、ある日突然、神殿や社の鐘が鳴り、人々は、それまでやっていた作業を中断して最寄りの神殿に集合し、三日に渡って行うものだ。


 どこかの地域の神殿だけで行われる場合もあれば、国中の神殿で一斉に行われる場合もある。


 礼拝の間の食料や寝場所は神殿が提供する。

 神殿には、そのための食料や寝具が準備されていて、人々は身一つで最寄りの神殿に赴き、三日間ひらすら祈るのだ。 

 食料その他は神殿に準備されているが、招集される人々にとって迷惑なことに変わりない。

 畑で種蒔きしている最中であっても、湖や海で魚を採っている最中であっても、台所で料理をしている最中であっても、学校でテストを受けている最中であっても、夫婦喧嘩あるいは逆にエッチの最中であっても、素早く火の始末と戸締りをして、取るものもとりあえず神殿に集合するのだ。


 この礼拝は、ミコーヤの民を結束させる大切な神事だと言われている。


 シーナは、この迷惑極まりない礼拝をミコーヤ教で最も重要な礼拝として位置付け、これをサボると神に対する不敬として厳罰に処される。

 

 テーベは、この突発的な礼拝こそミコーヤ神に対する忠誠を表す重要な神事と解していた。

 鐘が鳴ると誰よりも早く神殿へ馳せ参じ、神への忠誠を示すことに意義があるのだ。


 この礼拝のため、少なくとも三日分の食料を神殿の倉庫に蓄えておく必要がある。

 

 巫女のいるイセールの大神殿だけじゃなく、各地の神殿にもそれ相当の食料を備蓄する必要がある。そのため、収穫が終わると、その年とれた作物の多くを奉納し、去年のお供えをお下がりとしていただくことになる。

 とどのつまり、新しくて美味しいものを無駄に保存し、賞味期限ギリギリになって食べることを強いられるわけで、そういう意味では馬鹿馬鹿しい制度システムだと言う者もいる。


 だが、数年前、ミコーヤをかつて経験したことがない干ばつが襲い、ミコーヤ全土の畑の半分以上が干上がった時、この礼拝用の食料が役に立ったのだ。


 干ばつ後すみやかに別の作物を植えて飢饉に備えるよう、巫女の指示があったが、新たに植えた作物の収穫があるまでの間、人々は礼拝用に蓄えた食料で飢えをしのいだのだ。


 神は寛大な心で、食料を分け与えたのだ。


 ミコーヤでは、自然災害やエドバルトやナーニワの侵攻といった当面の食料に苦慮する事態が発生すると、神殿に蓄えられた食料の出番となる。

 そういう危機的事態が起きる度、神殿やその中枢を担う巫女の役割が大きくなり、人々は神に愛され巫女に導かれる民であることを実感し感謝するのだ。


 そういう意味では、ミコーヤ神は、民を愛し人々の生活とともにあると言えた。


 しかし、カイは、誰もが意味を認めるこの礼拝を、意味のないものだと言い切ったのだ。



 

 別の日の授業では、カイはわざとテーベに論争をふっかけて来た。鋭い舌鋒で理論の矛盾を突く。いやらしい男だ。


 どうやら、ミコーヤ教の通説を信奉するテーベを論破しなければ気が済まないらしい。


「お前の理論には矛盾がある。ミコーヤ教が徹底した平等主義を取ると言うなら、どうして、お付きが男子だけなんだ?

 しかも、同じ男子でも神学校出身者に限られる。他の農業校、商業校、工業校の学生にはお付きになる権利もない。

 俺は、女子がお付きになっても良いと思うし、ましてや、農業校、商業校、工業校の連中を排除するのは、間違っていると思う。

 ミコーヤの神が自由と平等を愛し、民を愛すると言うなら、全ての民にお付きになる権利を与えるべきだし、お付きになったからといって、エリート扱いされるべきじゃない。

 神がこんな不合理を許しているということは、神に自己矛盾があるってことだ。

 ミコーヤの民を愛しているという話も話半分で聞いておくべきだ」


 

 カイは異端だ。ミコーヤ教の教義を研究する神官で、こんな説を展開する者は皆無だ。


 だが、悔しいことに、テーベには論破することができなかった。


 それほど、一見、筋が通っているように見えるのだ。カイ(あいつ)の考えは、間違っているのに。




 授業でテーベと論争して以来、カイはますます浮いた。と言うか、ますます独自路線を突っ走るようになった。

 休み時間や昼休みに、誰かと連れ立って行動するということもなく、超然として本を読んだり、体を鍛えたりしている。


 テーベたちには理解できない男だった。


 考え方が異端であるばかりじゃない。

 草食系の動物の中に肉食系の動物が交っているという感じで、男子神学生たちは、あの鋭い眼で睨まれたら寿命が縮むように感じた。


 

 カイの独自性が強まるにつれ、テーベの周りには男子が集まるようになった。


 あいつは、怖い。だが、取って食われることもないはずだ。これ以上、好き勝手されてたまるか。という鬱屈した思いを抱えた連中だ。



 カイはますます孤立し、彼と話をするのは女子だけになった。

 そう、カイは女子に人気があったのだ。


 例のお付きを男子に限定するのは、ミコーヤの平等主義から言って不合理だという論争で、女子の心を掴んだのかもしれない。


 そもそもミコーヤでお付きの在り様を批判する人間はいない。女子とって、胸のすく思いだっただろう。


 あろうことか、他の女子とともにニケまでカイと仲良くなっていた。

 テーベは、二人が並んでいるところを見ると胸が苦しくなった。





 田舎者のカイには大神殿のあるイセールの町が珍しいのだろう。暇さえあれば寮を抜け出した。

 一説には、何から何まで田舎と違うイセールが珍しいので探検しまくっているという。


 他の学生が、与えられた課題を必死で勉強しているにも関わらず、だ。

 

 あのとんでもない神学校名物のレポートの課題が出ているときでさえ、ほっつき歩くのだ。


 噂では、カイは授業で聞いた理論をその場で理解し、それに基づく応用さえ、その場でこなしてしまうという。

 幼い頃からコツコツ勉強し、教わったことを黙々と血肉に変える努力をして来たテーベには信じられないことだった。



 遠巻きに見ていた男子学生が少しずつ心を許して、というか諦めて、カイと話をするようになると、いろいろな情報が伝わって来て、さらに腹が立った。


 テーベたち一般の神学生は、将来ミコーヤの国家権力に入り込むために神学校に来た。それなのに、カイは国家権力には興味がないと言う。


 芝居のヒーローじゃあるまいし、本当にエドバルトやナーニワに蹂躙される国境地帯を守りたいらしい。

 彼は国境警備の職に就くためだけに神学校に来たと言う。しかも、単なる一兵卒じゃなく指揮官として国境警備隊の先頭に立つために。

 オリエンテーリングで宣言したことは、子供時代の無邪気な夢でなく、カイにとっては、本気で取り組む目標だったのだ。



 テーベたちは、あれは、あの場のノリが言わせた話で本当は国境地帯の執政官を目指していると思っていた。イセールやムーセツの町出身の学生の常識ではそうなのだ。


 それなのに……。


 とんでもないヤツだった。



 カイは異端だった。あまりにも変わっているので、わけが分からなくなって誰も何も言えなくなった。



 面倒なことに、カイは容姿も良いのだ。

 どっちかと言うと神に愛される見てくれで、間違っても悪魔に通じているとは思えないのが、悩ましいところだった。


 結果、カイの存在が認められ始め、逆にテーベのように、自分の野心のために、神学校に来た者は肩身が狭くなった。


 若者らしい正義感は、将来を見据えた効率的な生き方を蔑むのだ。


 とんだ濡れ衣だった。


 みんな将来の出世を目論んで神学校に来ているのに、どうして自分だけが非難されるのか、分からない。

 不本意だ。

 しかも、級長までして雑用を引き受けているのに。

 教師にだって一目置かれているのに。


 それだけテーベの存在感が突出しているのだろう。


 だが、面白くないのは事実だ。



 カイとは、授業で必要なとき以外、ほとんど話をしない。というか、こっちはあんな山出しなんか相手にしないし、向こうはテーベのように打算的な男を鼻で笑って相手にもしない。


 それなのに、周りの学生、とりわけ女子は、テーベを出世を目指す打算的な学生の代表とみなすのだ。



 他の連中も似たようなもんじゃないか。

と、どれだけ怒鳴りたかったことだろう。だが、プライドの高いテーベには、そんなことできなかった。


 神学校の学生は上品でプライドが高い。

 さすがに、虐められたとか、貶められたとか、そういうことはなかった。だが、同じ学年にカイ(あいつ)がいなければ、周りの賞賛を浴び、優越感に浸って学業に励むことができたはずだし、女子にもモテただろう。

そう考えると、本当に面白くなかった。





異質な存在がいると、普通の優等生は辛いものです。現実に、授業で一度聞いたことは、しっかり身についてしまう人がいます。しかも、そういう人に限って、センスも良いのです。問題を見ると、たちどころに、どの公式を使ったら良いか分かるんです。そんな人が側にいると、せっせと勉強する自分が情けなくなります。

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