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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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テーベ

この作品はダブル主人公で、一人目がこのテーベです。

第三章  テーベ



 一心不乱にレポートを書いていたテーベは、一区切りついたところで羽ペンを置いた。


 神学校の自習室には、テーベの他にも大勢の学生がいた。

 誰もがレポートに四苦八苦しているのだ。


 神学校ここでは、学んだことを血肉とし、自分の言葉で神を語らなければならない。それが、神学校ここでの教育だ。

 レポートを書くのは大変な知識と労力を要とする作業で、これが書けないために単位を落とす学生もいる。

 単位を落とすと留年しなければならない。毎年数名留年し、二年続けて留年することができないことになっているので、神学校ここから農業校や工業校それに商業校に転校する者もいる。

 

 このミコーヤでは、学校の中では、神学校が一番格が高いとされている。

 何しろ、将来のエリートを養成する学校なのだ。だから、脱落して他の学校に転出するのは不名誉なこととされ、転出を余儀なくされた学生は、その後の人生を鬱屈して過ごすという。


 毎日の勉強は、他の学校に比べて格段に難しい。だが、それに食らいついて行くことが、学生に求められることであり、また、そうやって勉強することが学生たちの誇り(プライド)となっている。


 誰もが必死なのだ。


 自習室を見渡すと、見知った顔が呻吟していた。

 みな自分テーベと同じ苦労をしている。そう思うと、心なしか嬉しくなった。苦労しているのが自分だけじゃないという思いは、人の心を慰める。

 

 自習室の風景は一年中変わらない。せいぜい、学生たちの制服が夏服になったり、冬服になったりする程度だ。

 窓の外の景色は季節によって姿を変える。春には様々な花が咲き、夏には緑が濃くなる。そして、秋には木々が赤や黄色に染まり、冬には白一色になる。

 今現在、遠くに見える中央山脈の山々では、つい最近まで白かった頂上付近の雪が溶けて消えていた。近いところでは、神学校の庭の緑が目にまぶしい。

 春をとっくに過ぎて初夏に近づいているのだ。

 窓から入り込む風が心地良い。


 テーベは、来年卒業する。


 卒業後は国民の義務として兵役に就くことになる。兵役では、巫女の親衛隊を希望する予定だった。希望調書を提出する際、そう記入するつもりだ。テーベには、神学生、つまり、エリートのはしくれとしての自負があるのだ。


 本音を言えば、親衛隊員よりお付きになりたかった。ミコーヤでは、最上級のエリートコースだからだ。

 テーベにとって、お付きになることは現時点での最大の目標だった。そして、それは荒唐無稽なものじゃなく、彼の実力をもってすれば充分可能なことだった。

 テーベは小さい頃からお付きになることを目指して来た。そう、それこそ、全力で。


 テーベは、神官の子として生まれた。父も母も神官で、父はイセールの中央神殿で神と巫女に仕え、母は神学校で教職に就いている。

 


 父は、ことあるごとにテーベに愚痴を言った。


「テーベ。父さんは、お付きになれたはずなんだ。

 父さんの時のお付きは、父さんの親友だった男だ。

 父さんとあいつの成績は甲乙つけ難かった。どちらかがお付きになるだろうってことになった時、父さんは、あいつに抜け駆けされたんだ。

 正々堂々お付き選びに臨もうって約束していたのに、あいつは裏で神官長に取り入って、手心を加えてもらっていた。その結果、シーナさまとの対面で、俺よりあいつの方が優秀だと言わんばかりの説明をしてもらったんだ。

 結果は、あいつの勝ちだった。

 いいか、テーベ。

 お付き選びというのは、神官たちを味方につければ勝ちだ。お付きを選ぶのはシーナさまだが、シーナさまに情報を提供するのは神官たちなのだ。

 俺は馬鹿だった。そんなことにも気付かないで、ただ、約束を守ってジッと待っていたんだ。あいつにしてみれば、さぞかし馬鹿に見えただろう。

 お付き選びというのは、前年どころじゃない。その前のお付きが決まった日から始まるんだ。

 お付きは成績や容姿が良いのはもちろんだが、弓や剣が上手で、託宣を神官たちに正しく伝達する能力があることが要求される。

 だが、そのことをシーナさまに伝えるのは、神官たちだ。だから、神官たちに気を遣って、可愛がられるようにするんだ。

 幸い、お前は成績も見目も良い。我が家の名誉のためにも頑張るんだ」


 母も同様だった。教員という立場から、これまで何人ものお付きを見て来た。その経験からアドバイスしてくれたのだ。


「テーベ。お付きになるには、成績と容姿が良くて機転が利くことが大切なの。

 幸いあなたは成績も良いし、機転も利く。しかも容姿も私に似て、男にしておくにはもったいないくらい綺麗で、お付きになる条件は揃ってるわ。

 後は、お付き選びの対面でシーナさまに気に入られれば良いだけよ。っていうか、あの席でシーナさまの気に入られたいと思ったら、まず、大神殿の神官たちに気に入られなければならないの。あの爺さん婆さんたちに気に入られたら、シーナさまを落とすのは簡単なはずよ」



 父や母の期待に応える。テーベは、それが両親の愛に応える唯一の方法だと思った。



 お付き選びの要は、巫女との対面だ。その席でシーナに気に入られなければならない。

 だが、その前段のシーナへ報告は神官たちの役目で、シーナに上手に報告してもらおうと思ったら、神官たちに取り入らなければならない。

 ただ、神官たちに取り入ったとしても、最終的に、シーナの気に入られなかったら何にもならない。とどのつまり、神官たちを通じて、シーナの好みであることをアピールすることが重要なのだ。


 テーベは、どうやったらお付きになれるのか。お付きになるためには何をどのように勉強したら良いのか。それを考えながら勉強して来た。


 学校で与えられた課題の勉強するのはもちろんだが、それ以外に、これまでお付きになった連中の共通点を研究し、それに近づく努力をした。


 お付きの最低条件は、成績が優秀なことだ。

 ここ五代ほどのお付きは、神学校での成績がトップで、成績が優秀だとして巫女から記念のメダルを授与された学生の中から選ばれている。

 テーベはひたすら勉強し、ミコーヤ教の教義や哲学、それに歴史や文学、政治学といった学科では、学年トップをキープしている。

 自然科学や兵法といった学科では上から三位から七位に甘んじているが、総合点では在籍する学年のトップと言って良い。 

 問題は、先の二年で卒業した連中だが、ここ三年で、テーベの学年が最も優秀だと大勢の神官たちから認められている。


 

 難しいのは、ここからだった。


 成績は必要条件だが、充分条件じゃない。成績はもちろんのこと、他にもいろいろ求められるという。


 お付き選びの度、候補者たちは、学業や兵役の合間に、それまでのお付きの選定理由を研究する。それはもはやお約束といっても良い。お付きになれば、出世が約束されるから、みんな必死なのだ。


 なのに、どうやったらお付きになれるかは、公表されていない。ミコーヤ最大の謎と言って良い。


 これまで大勢のお付き候補が必死に研究した結果、多少なりとも分かったことがあり、それは神学校関係者の間では常識となっている。


 お付きは、当然、成績優秀な連中の中から選ばれる。だが、成績だけじゃなく、容姿も良くなければならず、剣や弓といった技に優れていることも要求されるのだ。


 少し調べれば分かることだ。いくら成績が良くても、剣や弓や体術が全くダメな学生がお付きになったためしはない。そもそも、お付きの仕事には巫女の警護が含まれる。自分の身さえロクに守れないような男にお付きが務まるはずもない。

 その点、兵役に就いている者は有利だ。毎日、剣や弓や体術といった技の練習しているのだから。


 だが、それだけでもないのだ。


 理不尽なことに、巫女の好みも反映するのだ。テーベの父や母が言うとおり、シーナの気に入った男が選ばれるのだ。

 まあ、三年間その男とだけ付き合うシーナの身になってみれば、当然と言えば当然かもしれない。容姿をとやかく言うのは、シーナが気持ちよく付き合うためだと言われている。


 そのため、お付き候補たちは、シーナの好みや趣味を探ろうとする。三年ごとに繰り返される狂瀾怒涛の行動イベントで、もはや慣例になっている。と言うか、しなければならないわけでもないのに、候補者たちは必死で研究するのだ。シーナの趣味や好みを知っている方が有利だ、と勝手に信じて。


 そんなことを研究したからといって、お付きになれるわけでもないのに、無駄なことだ。そう思ってもやめられない。実際、シーナの趣味や好みを研究しなかったせいでお付きになれなかったら、悔やんでも悔やみきれないからだ。



 ミコーヤでは、シーナの趣味や好みは最重要機密事項になっている。


 その結果、お付き候補たちは先人たちの微かな記憶を頼りに巫女の趣味や好みを探り、自分をアピールするのだ。

 

 こんな慣例を踏襲して一体何の意味があるのだろう。そもそも頼まれたわけでもないし、義務でもない。ただ一つ確かなことは、半端じゃない労力が要ると言うことだ。


 学生の中には、商魂たくましいのがいて、自分で調べた巫女の趣味や好みに関する情報を売る者までいる。まあ、ほとんどがガセで役に立たないのだが。

 テーベも何人かから情報を買ったが、大して役に立たなかった。




 来年三月にはお付き選びが行われる。


 テーベは、小さなため息をついて、レポート作成作業に戻った。





テーベは典型的な優等生です。

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