ミコーヤ新国
第十三章 ミコーヤ新国
時間を元に戻そう。
世界の終わりの日。突発的な礼拝を指示したカイは、シーナと一緒にタナアを目指して馬を走らせた。
鐘が鳴って一時間もした頃、その異変は起こった。
その時、大地が動いた。
動いたなんてものじゃない。地中に棲む怪物の咆哮のような地響きを伴って大揺れに揺れた。跳ねるように躍り、裂け、崩れて落ちた。
その時、巫女が乗っていた馬が怯えて暴れた。
危険を感じた巫女が跳び下りるのと、馬から振り落とされるのがほとんど同時だった。
巫女が馬から跳び下りた時、お付き(カイ)が巫女を助けた。地上に下りた巫女の手を引いて自分の馬に乗せた。
ここまでが、カイの見せ場だった。
だが、途中で事前に隠してあった乗り物に乗り換えると、主導権を握ったのはシーナだった。
空を飛ぶ異常に速い乗り物は、事前に説明を受けていたカイでさえ腰が引けたからだ。
その乗り物のおかげで、通常、馬で三日かかるタナアの神殿まで、数時間で着くことができたのだが。
一刻も早くタナアの神殿にたどり着かねば……。
二人を乗せた馬が、乗り物が、疾走した。
無事に神殿にたどり着いた二人は状況を確認した。
地が裂け、海が膨らんで大地を飲み込もうとしていた。
シーナは、神殿の支柱を砕かせた。
支柱がなければ、神殿は陸に上がった船だ。迫りくる濁流に備えたのだ。
礼拝の鐘が鳴る前にエドバルトの信者たちを迎えに行っていたナタルは、カイたちが神殿の支柱を砕いている最中に戻って来た。
ナタルたちは、エドバルトとの国境付近であの大地震に遭った。
子供たちは怯え、泣き叫んでいた。
濁流が轟々と唸る。かろうじて水面に浮いたものの、神殿は木の葉のように翻弄された。
予定していたタナアやムーセツ、マッサの神殿だけじゃない。イセールの大神殿に拒まれ、タナアやムーセツにたどり着けなかった民が他の神殿に滑り込んだのだろう。波間に何艘もの船が漂った。
エドバルトやナーニワの海辺の民も小さな舟で脱出したのだろう。タナアの神殿の側を漁船や大陸との交易船が流れて行った。
タナアやムーセツを始めとするミコーヤの神殿には食料がある。エドバルトやナーニワから脱出した船には食料なんかあるのだろうか。
だが、他人のことを心配する余裕はない。
そもそも、万全の準備をしたタナアの神殿でさえ、大陸までたどり着けるかどうか微妙なのだ。
マートヤ大陸が沈もうとしていた。
海面が盛り上がり、渦巻いて大地を飲み込んで行く。
あの渦に捕まったら一貫の終わりだ。
神の怒りのような激しい風。
蟻地獄のような巨大な渦。
地震から逃れるために浮かんだ船は、渦から逃れようと、必死で進路を西にとる。
「我ら濁流を渡るもの。
人生は濁流を渡るがごとし。
神は濁流の向こうで我らを呼ぶ」
タナアの人々の口から祈りの言葉が漏れる。
「神よ、我らを守り給え。
神よ、我らを救い給え」
人々の祈りを聞いたシーナが明るく笑って励ました。
「大丈夫。ボクは君たちの子孫だ。
ボクがここにいるってことは、この船が無事に大陸へ着いたってことだ。
無事に着く!信じろ。信じるんだ!信は力なんだ!」
一同、船の手近な部分にしがみついた。
女性や子供それに老人たちはロープで括りつけ、水の勢いに負けないよう必死で踏ん張った。
どのぐらい時間が経ったのだろう。一昼夜か、それ以上の時間が経っていたはずだ。
空には満天の星がまたたいていた。
マートヤ大陸がなくなって、大きな渦が後方に見えた。
あの渦に巻き込まれていたら終わっていた。
激しかった水の勢いが少しずつ衰えて、操船が可能になる。
それまでは、とりあえず沈まないようにするのが精一杯だったのだ。
翌日から七日かけて大陸へたどり着いた。いや、漂着したと言った方が良い。
主にタナアの民で構成される、シーナを中心としたミコーヤの別働隊は、そこにミコーヤの分国を造るべく、作業に当たった。
幸い大陸は戦国時代で、海岸に難民が漂着しても誰も気にも止めなかった。
タナアの人々はこの機に乗じて、ミコーヤの新しい国を造ることにした。
マッサの神殿は無事だったのだろうか。
他の神殿も無事に大陸へたどり着いただろうか。
だが、連絡の取りようもない。
いずれ会うことがあったら、合流すれば良い。
シーナは、楽観的にそう言った。
彼らは、自分たちの国を『ミコーヤ新国』と名付けた。
ミコーヤ新国創立記念の宴が催された。
簡単なスピーチの後、一同と同じ場所にあぐらを組んで座ったのは、シーナだ。
シーナは、全員の前で長い髪をつかんで引っぺがした。
ウイッグ……だった。
しかも側で見ると、胸がない。
男……だったのだ。
巫女って男だったのか。誰かが呆然と呟いた。
シーナはニヤリと笑った。
「ボクは、遠い未来から来た。
ボクらは、お前たち、ミコーヤ新国の子孫だ。
本家のミコーヤ神国が滅びる時、民を救うためにできる限りの手立てを講じろというのが、代々に伝わる使命だった。
ボクらは、マートヤ大陸の消滅時期の予測と、ミコーヤの人々を避難させる準備をするため、あの時代に巫女を派遣することにした。
正確な消滅時期を知るため、我々はミコーヤ国内とりわけ中央山脈の様々な地点に観測所を作って、綿密に観測する必要があったんだ。
観測地点から無線で送られてくるデータを巫女が分析して、消滅時期を正確に予測しようとしたのだ。
お前たちが知っているご神体の交換作業は、観測装置の動力源の交換だった。
だが、過去の世界で一人の人間が長期間を張り付くのは不可能だ。その人の人生が狂ってしまうし、下手をすると、その人の生きている間に消滅が起きないかもしれないから。
そこで、巫女を三年ごとに交代することにしたんだ。
こっちでの三年は、向こうでは三週間なんだが、いずれにしてもそれ以上長くなると、派遣された人間の負担が大きく、体に影響がでかねない。
そこで、巫女が同一人物だと思わせるため、巫女が代わる度、お付きも交代することにしたんだ。
でもって、最初は女子がこの任に当たっていたんだが、いよいよ、問題のXデイが近づいた時、後は、体力勝負だってことで、男のボクにお鉢が回って来たってわけだ」
男って。
一同は、体の力が抜けるように感じた。
カイは、少し離れた場所で、平然と立っていた。
この席で、シーナの正体を知っていたのはカイだけだ。
シーナの話は続いた。
「君たちタナアの子供たちが、積極的にエドバルトを攻撃しようとしていたことは知っていた。
だが、こうなってみて分かるだろう。
エドバルトもナーニワもなくなってしまったんだ。
エドバルトとの戦いなんて、今となっては虚しいだけだ。
国同士の戦いなんか、自然界の脅威に比べればつまらないものだ。
神がいるなら、馬鹿馬鹿しいからやめておけと言うだろう。
巫女が好戦的な解決方法を好まないのは、こういう理由だ。
戦いなんかしなくても、お前たちは夢をかなえることができた。
これが、巫女からお前たちへの贈り物だ。
後のことは、カイに頼んでおいた。
将来、時間を旅する機械を発明して、ミコーヤ消滅の時に助けに行って欲しい。 それが、未来から来た巫女たちの心からの願いだ」
タナアの山の民は夢だった海を越えて、大陸へ渡った。
その代わり、将来、時間を旅行する機械を作って、ミコーヤ神国が滅亡する時間に遡り、民を救うために働く使命を与えられた。
そして、その任務を子々孫々伝えることになったのだ。
こうして、カイたちタナアの民はシーナ、つまりミコーヤの巫女の祖先となった。
小国ながら、高度な科学技術を有する海辺の民。それが、ミコーヤ新国だ。
シーナの話が終わると、無礼講になって座が砕けた。
少し酔ったカイがシーナに絡んだ。
「他の神殿はどうなったんですか?」
「さあ、古文書によれば、タナアの他に数艘漂着したことになってるらしいが、よく分からないというのが、本当のところだ。
その後どうなったかは、向こうがタナアと接触しない限り分からない。
と言うのは、この時代、ユーラス大陸は小国が乱立して戦国時代だったんだ」
「あんた、スーホやデルフォイさまがサボタージュするように仕向けただろう?ワザと気に障るようなことをして」
「それがどうした?
実際、大神殿を動かすには、心を一つにしなければならなかった。
そういう意味で、彼らは邪魔だった。
自発的に出て行ってくれてラッキーだった」
「あんた、巫女のくせに、悪だったんだな」
「悪?お前だって散々挑発したくせに、どの口でそんなこと言う?
全て、あいつらの自己責任だ。
それより、お前、ニケを使ってテーベを助けただろ?何故だ?
テーベは、お前に対して好意的じゃなかったし、どっちかと言うと、スーホに近かった」
「あの融通の利かない生真面目さが、新生ミコーヤに必要だと思ったんだ。
実際、テーベは、大神殿を動かす障害にならなかった。ある意味、最強の信者なんだ。それを活用しない手はない」
シーナが酒を煽って笑った。
「お前が、あいつに一目置いていたように、あいつも、嫌いだができる男だって、お前に一目置いていたようだ。
お前のおかげで、あいつが向こうへ行ったから、当初の計画どおり、あいつの子孫が、巫女の支援者になるだろう。
将来、お前たちの子孫の巫女があいつの子孫の神官とミコーヤを救うことになる」
シーナが、意味深に笑って言った。
「お前たちは、一度、ゆっくり腹を割って話をすべきだったな。
きっと、良い友達になれただろうに」
予想外の話に唖然とするカイに、シーナが片目をつぶって笑った。
「おっと、そろそろ迎えが来る頃だ。
タナアの民の結束力と勤勉さ、それに優秀さは、ミコーヤ随一だ。
将来、ミコーヤを助けに行くため、頑張ってタイムマシンを開発してくれ。
じゃあな、ご先祖様」
完
将来、カイの子孫とテーベの子孫がミコーヤの民を救うため尽力することになります。
最後まで、お読みくださってありがとうございました。
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