約束の地
第十二章 約束の地
テーベたちがたどり着いた約束の地は、荒地と言うには土壌が良く、穏やかで何もない土地だった。
遠くに見える山々が昔のミコーヤから見えた中央山脈の山々に似ていて、海辺の湾の形がイセールの港に似ていた。
昔住んでいた土地と似通ったところが多いせいか、人々がこの地に馴染むのに、さして時間はかからなかった。
あの地震以降、シーナはいなくなった。
シーナがいない以上、お付きも必要ない。
カイが帰って来た形跡もないし、彼もいなくなったのだろう。
結局、新しいミコーヤ神国には、巫女もお付きもいない。
巫女の神託がないから、何をするにも、自分で考えて決断しなければならない。
人々にとっては、大変だが、達成感のある生活が始まった。
ミコーヤの民は、新しい土地で再びミコーヤを創り上げることにした。
神官長だったセフィーラは、執政官の長としてミコーヤ再生の中枢を担うことになった。
町をどのように造るかとか、どんな建物をどのように建てるかとか、畑にどんな作物をどのように植えるかとかいった重要なことに関しては、シーナの命で作られた計画書がある。
セフィーラはそれを使ったのだ。
若くて元気な親衛隊、国防軍そして国境警備隊の兵士が動員された。
若者たちを最大限活用して畑を耕し、人々の住む建物を建て、工場を造り、港を造るのだ。
親衛隊員は、それぞれ様々な仕事を任せられた。
テーベに割り当てられたのは、新生ミコーヤの穀倉地帯を作ることで、荒地を肥沃な畑に作り変えることだった。
セフィーラは、これを『ミノの再生』と呼んだ。
民にとっては、やりがいのある仕事だろう。だが、神の教えを研究する神官を目指すテーベにとって、それはつまらない仕事に思えた。
それでも、畑に蒔いた種が芽吹くのを見ると、生命の神秘を感じた。
この小さな種子の一粒一粒に生命があり、地に蒔かれてたくさんの生命を産む。生命は神の御業そのものだ。
神は確かに存在した。
あの地震で亡くなった大勢の生命は、別の生命に生まれ変わるのだろうか。
スーホやマルコたちは、無事にタナアかムーセツへ着いただろうか。
デルフォイたちは、牡鹿亭の亭主たちは、どうなったのだろう。
神はミコーヤの民を救ってくれた。
それは、文字通り、在ることが難い、つまり、ありがたいことで、新生ミコーヤの存在自体、神が存在する証だった。
そんなある日、テーベはセフィーラに呼び出された。
カイがいなくなったので、この地にいる若者の中ではテーベが一番優秀だと言われるようになっていて、テーベの自信が復活していた。
セフィーラはテーベに席を勧めると、テーベが今まで疑問に思っていたことを教えてくれた。
「気付いているかもしれないが、ここは、前のミコーヤから三百年遡った地だ。
我々の住んでいたミコーヤはなくなった。単に地震があっただけじゃない。大地が海に引き込まれ、マートヤ大陸そのものが海の下になったのだ。多分、海面から顔を出しているのは、ソア山の山頂部分だけだろう。
シーナさまは、遠い未来から来ていた。
マートヤの悲劇を知り、一人でもたくさんの人を助けたいと願った神の命を受け、ミコーヤの人々を救うために命がけで来たのだ。
シーナさまは、突発的な礼拝を利用して避難訓練を繰り返し、無事、民をこの地に導くことに成功した。使命を全うしたのだ」
一瞬、耳を疑った。
「ミコーヤが三百年前に遡って始まった国だったとは思わなかっただろう」
はい、とつぶやくように答えると、笑いながら続けた。
「だから、エドバルトやナーニワの民との婚姻や恋愛が禁止されていたのだ。向こうの民の子孫がいるかもしれんからな。
気が付いたかどうか知らないが、シーナさまは一人じゃない。
三年に一度、交代する。
それを知られないようにするため、シーナさまは民と直接言葉を交わさないことにしたんだ。
しかも、お付きも三年毎に交代する。お付きはシーナさまの容貌や性格を口外してはならないから、誰も同一人物ではないことに気付かない。
これがお付き選びの真相だ」
お付きは成績優秀者のエリートコースなんかじゃなかったのだ。
「お付きが男に限られたのも、それが理由だ。
女は感が鋭いから、バレるかもしれんと心配したのだ。
私たち先達のことだが、通常のお付きは、お付き時代の記憶をなくす。そうなるように薬を飲ませ術をかけるのだ。
私やキラなどの先達は、そういう事情を知っていて、それでもシーナさまに協力する人間が必要だとして特別記憶を留めたのだ。
お前がカイに競争心を持っていたのは知っている。
だが、カイはお前を評価していた。
頑固なまで真面目で、自分の信じる道を真っ直ぐ行くところは、他の人間には真似ができない、と言っていた。
そのカイはあの時代に残った。
シーナさまの計画どおりなら、カイはタナアの民を引き連れて大陸に渡っている」
山の民だったカイが、大陸へ渡った。
どうやって……。
テーベは余りのことに口が利けない。陸に上がった魚だ。
「シーナさまはどうなったのでしょう。
あの時代に残ったってマートヤ大陸は水没したのでしょう?」
そうだ。カイのことも理解できないが、シーナさまもいなくなった。
未来から来た人だと言うから、未来へ帰ったのだろうか。
セフィーラが鷹揚に頷いた。
「そうだ。だから、カイとともにタナアへ行った。
イセールに集めきれない人々をタナアの神殿に集めた。
ムーセツやマッサでも対応したが、一番確実なのはタナアだと言われていたから。タナアの民やエドバルトの信者それにイセールに遅れた民を救うために必要な処置だった」
テーベは、シーナがタナアへ行ったことより、『カイとともに』という部分に反応した。
あの日、カイと一緒だったのは、シーナだったのだ。
それが、カイ(あいつ)の任務だったのだ。
いつだって、カイは、美味しいところを持って行く。
「タナアから大陸へ渡ったって、どうやったんですか?イセールならともかく、真逆じゃないですか」
半ば八つ当たりのような質問を鷹揚に制し、セフィーラが続けた。
「知ってのとおり、神殿は舟形の構造をしている。計画が立案されてから、国中の神殿、特にタナアの神殿は頑丈に修繕した。いざと言う時、支柱を砕いて船にするためだ。
それらの神殿は、ミコーヤが沈んだ後、船になって大陸を目指すことになっていた。
大陸は、海の向こうの広大な土地だ。ミコーヤの難民が流れ着いても、誰も気にしないだろう」
「山の民に船が操れるのでしょうか?」
「そのために、事前に操船技術のある神官を派遣してある。それに、カイはお付きになってから特別にそっちの勉強もした」
「セフィーラさま、神学校に操船技術の学科はありません」
「そんなものは、書物で間に合わせた。先に派遣した神官の助手程度ならあれで充分だ」
「シーナさまが乗る船なのに、大丈夫なんですか?」
心配そうなテーベの声にセフィーラの笑い声がかぶさった。
「お前は、シーナさまを誤解している。
あの方ご自身に操船技術もあるし、テーベなんかよりズッとたくましい」
「一体、どんな方だったんですか?」
王様の耳はロバの耳。訊きたくてたまらなかったが、訊いてはいけないミコーヤでは最重要な秘密だ。
ここまで来たら、教えてもらっても罰は当たらないだろう。
セフィーラはクスリと笑って教えた。
「使命感のあふれる男前な方だった。
歴代お付きを怒鳴り倒す迫力があって、ミコーヤのために生命をかける度胸があった」
「生命をかけるって?」
セフィーラは、 さっきも、シーナがミコーヤの人々を救うために命がけで来た、と言った。
どういう意味だろう。
「シーナさまのいた世界から我々が元いた時代へ来るのは、我々が大神殿を使って三百年前に飛ぶより難しく体の負担が大きいことらしい。
だから、今回、シーナさまはあの時代に残られた。一度、未来から過去へ飛んでいるのに、重ねて飛ぶと負担が大き過ぎて、元の時代に戻れなくなるかもしれないし、戻れたとしても寿命が縮む、とおっしゃっていた」
テーベはシーナさまの強さに何も言えなくなった。いかにミコーヤの民のためとはいえ、か弱い女の身で、大胆にもほどがある。
「大陸に着いたら、元の時代から迎えが来るのでしょうか?」
「多分……な」
ふいに気が付いた。
「じゃあ、僕たちも大陸を目指せば良かったんじゃないんですか?」
「シーナさまによれば、歴史を変えることはできないらしい。
正史では、マートヤ大陸は消滅して、タナアの神殿始めごく少数の船が大陸へたどり着いたことになっていると言うことだ。
だから、タナアの民を率いるカイの仕事は、本国が消滅する日に側面から支援するため、大陸でミコーヤの分国を作ることだ」
「側面から支援するって……」
「時間を旅行する機械を作って、巫女を送り込んで我々を救うことだ」
呆れて、ものが言えない。
「だが、それには長い時間がかかる。こっちはこっちで、マートヤ大陸の終わりの日に備えて準備をしておく必要がある」
ここで、セフィーラは静かな息を吐いて、居住まいを正した。
「テーベ、これからお前に頼む仕事は、最も重要な任務だ」
真面目なテーベの容量を越えています。
テーベに課せられる重大な任務とは……。
次回で明らかになります。




