シーナ
少し短いですが、キリが良いのでアップすます。
地名について、少し説明させていただきます。フーギン→(岐阜からいただきました)
東京、大坂、京都から見て、ほどほどに離れた山に囲まれた地域というつもりです。(2018.4.26追記)
ミコーヤ教が今日のような隆盛を誇り、小さいながらも国家の体裁を整えるようになったのは、ここ五十年ほどのことだ。
それ以前は、中央山脈からイセール湾に至る地域の土着の宗教だったと言われている。
当時、集落の集合体にすぎなかったミコーヤの、中央山脈にほど近いフーギンという小さな村の社の神官ゼーナが、夏祭りの準備のために山へ登った時、不思議な女性に出会った。
シーナと名乗った女性は、年の頃は二十代半ば、細身で黒髪のエドバルトやナーニワにはない容貌の女性だった。色が白く、造作が整った顔立ちをしていて、その透明感のある眼差しは、ゼーナをして、ある確信を抱かせるに十分なものだった。
この、謎に満ちた女性こそ、ミコーヤ神の声を聞く唯一無二の存在、つまり巫女になった人だ。
当初、村の住人たちは、見知らぬ女に心を開こうとしなかった。
そりゃそうだろう。宗教画に出て来る天使のような格好でもしていたならともかく、シーナは田舎の農民にとって見たこともない奇妙奇天烈な恰好をしていたのだ。
彼女を信じたのは神官のゼーナだけだった。
だが、ゼーナがシーナを信じたのは、彼に見る目があったからじゃない。
彼の家の家訓があったからだ。
代々神官だった彼の家には、「将来、フーギンに巫女が現れる。その時、彼の家系は全力を挙げて巫女を支援しなければならない」という家訓があったのだ。
つまり、ゼーナだって、簡単に信じたわけじゃく、変な言い方だが、信じようと努力したのだ。
それほど、シーナは異質で、受け入れ難い存在だった。
だが、村が疫病に襲われ、村でただ一人の医者が己の無力を嘆いて神に救いを求めた時、村人たちを救ったのはシーナだった。近隣の町や村で未曾有の死者が出ていたにも関わらず、だ。
彼女は、医学に関する半端じゃない知識を有していた。それだけじゃない。どうやって作ったのか分からない不思議な薬を持っていて、それを飲むと、高熱にうなされていた病人も三日で回復したという。
その薬は、丸薬でも粉薬でも、ましてやせんじ薬でもなく、見たこともない色と形をしていたと言われている。
シーナは言った。
「神が、病人にこの薬を飲ませるよう言った」と。
神の御業。奇跡だった。
この一件で、シーナは村人たちの信頼を勝ち取り、その後、もっとすごいことをしてのけた。
彼女は、その夏が冷夏で農作物に被害が出ることを予知したのだ。
神がシーナに天気を教えたのだ。
シーナを信じてじゃがいもを植えた人々が救われ、例年どおり小麦の作付けをした人々は翌年の食べ物に困窮した。
天気だけじゃない。シーナは、神の託宣によって、地震や暴風雨といった天災でさえ、かなりの確率で予言した。
誰も、明日の天気やこれから来る季節の天候を知ることはできない。ましてや、地震や暴風雨といった異常気象を事前に知ることなんかできない。
天災や異常気象を知ることができれば、飢饉を避けることができる。
災厄を避けられないまでも、被害を最小限に抑えることができるのだ。
人々は、先を争ってシーナから託宣を引き出そうとした。
人々がシーナから情報を引き出そうと争い出すと、その争い自体が災厄となりかねない状況に陥った。
神の託宣に対する人々の異常なまでの執着を目の当たりにしたシーナは、自ら神殿の最奥に隠れた。人々と直接会うことをやめ、お付きを通じて神の託宣を示すことにしたのだ。
エドバルトの王やナーニワの盟主に請われても、神殿の最奥から姿を現すことがなかった。もちろん、どちらか一方に肩入れすることもない。
かくして、シーナは神の言葉を伝える巫女として崇められ、エドバルトとナーニワは、シーナをめぐって争うことになる。
それまで名ばかりだったミコーヤは、シーナの居住する国として存在感を増し、気が付くと、辺境の国ミコーヤは、エドバルトにもナーニワにも影響力を持つ独立国家としての地位を確立していた。
神官ゼーナには、息子がいた。名をセフィーラという。後に、イセールの中央神殿の神官長になる人物である。
セフィーラは、幼少の頃から父とともに神に仕えた。神官の家に生まれた者の常として、そう育てられていたのだ。
ゼーナがシーナに会った時も、セフィーラが一緒だった。九歳だったセフィーラは、二人が言葉を交わすのを興味深く見ていた。
いつもは自信に満ちた父親が、見慣れない女性に驚愕し、煩悶し、うなだれて、最後には彼女に手を差し伸べた。
それは、恐る恐るという感じで、間違っても喜んでいるようには見えなかった。
どうして。
父は、何を思って彼女と手を組むんだろう。
父は、何を恐れているのだろう。
セフィーラが、父の秘密を知るのは、もっと先のことだ。
この時は、父の不自然なままでの行動を訝しく思っただけだった。
シーナは、二十代半ばの美しい女性だった。
見慣れない服装、つまり、ミコーヤでも、エドバルトでも、ナーニワでも見たことのない衣装――かといって海の向こうのユーラス大陸(マートヤ大陸の十数倍は広大であることから、マートヤ大陸の人々は、簡単に『大陸』と呼ぶ。マートヤの諸国で『大陸』と言うと、大抵、このユーラス大陸のことを指す)の人々が着る衣装とも違う――で、顔の造作や身体つきも明らかに近隣諸国の人々とは異なっていた。
背中に流れる豊かで艶やかな黒髪は、エドバルトにもナーニワにもない特徴で、大陸からの渡来人にも見られないものだった。
だが、言葉は通じた。
少し癖のある発音で、変わった言い回しだったが、とにかく、言葉が通じるというのは、ゼーナにとっても、シーナにとっても僥倖だった。幼いセフィーラでさえそう思った。
「神の託宣を伝えるため、遠いところから来ました」
シーナは平然と告げた。
託宣を人々に示すと言い切る彼女は、まさしく巫女だった。
「この国の政に資するため、神は託宣を告げるでしょう。私は、神託を取り次ぐ存在です」
セフィーラには言葉の意味が分からなかった。
だが、傍らに立つ父ゼーナの喉が干上るのが分かった。
代々神官を務めるゼーナの家には、他人に漏らしてはならない極秘の家訓があった。それが、巫女の出現に関するものだった。
『将来、フーギンに巫女が現れ、ミコーヤの民を導く。その時、一族は、全力で巫女を支援しなければならない。巫女がしようとすることには理由を一切詮索せず、無条件でその命に従わなければならない。
それが、ミコーヤの民の生命を救うことに繋がる』
と続くのだが、いくら巫女の託宣がありがたいものでも、民の生命に関わるほどのものとは思えない。家訓は、一口で言えば、意味不明かつ理不尽に尽きた。
折りにふれ、家訓の意味を反芻していたゼーナは、巫女の出現に驚愕したのだ。
よりによって、自分の代に現れるなんて。
巫女がミコーヤに及ぼす影響の大きさを考えると、そら恐ろしくさえあった。
シーナの出現によって、それまでの平穏な生活が一変した。
それまでの辺境の名ばかりの国だったミコーヤは、独立国としてエドバルトやナーニワと対等に伍していかなければならなくなったのだ。
方策はシーナが示してくれることになっている。だが、傲慢なエドバルトや狡猾なナーニワと渡り合ってミコーヤの民の生命と財産を守るのは並大抵なことではない。考えただけで頭が痛かった。
こうしてシーナさまが登場したわけです。
2018.3.21 1字訂正。村でただ一人の医者が己の無力を嘆いて神に救いを求めた時き→最後の「き」を削除