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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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それぞれの行く道

今まで神殿で同じように過ごしてきたテーベ、デルフォイ、スーホが決別します。

 扉の外で、牡鹿亭の亭主たちが地団駄踏んで悔しがっていた。

 この自分勝手なオヤジは、スーホたちに付いて行かなかったのだ。



 大地が躍り地が裂ける。


 少なくとも大神殿の中にいれば、神が守ってくれる。この地獄から逃げることができるのだ。

 

 扉の外の阿鼻叫喚に耳を塞いていると、突然、目の前の景色が歪んだ。




「何だ。こりゃ」

「大神殿が……」

「かすんでゆく……」

「いや、消えているんだ」

「俺たちを置いてか?」

「見捨てるって……」

「これが……見捨てるって……ことなのか」

「神は、あたいたちを見捨てたんだよ」

「神さま……お許しください!」

「タナアだ。タナアへ行かんと……」



 民たちの声に混じって、幹部神官たちのうろたえた声が聞こえた。



「これ以上無理です。デルフォイさま、急いでタナアへ、いや、時間がない。ムーセツです。ムーセツへ参りましょう」

「ば、馬車を用意しろ」

「デルフォイさま、ムーセツまでの道がどうなってるか分からないんです。いや、多分、寸断されているでしょう。馬車は無理です。馬にお乗りください」

「もう何十年も馬には乗っておらん」



 何て厄介な人だ。そもそも、この人がセフィーラさまに対して必要以上の対抗意識を持っていたせいで、こんなことになったのだ。


 側近の一人がデルフォイを押しのけて、さっさと馬にまたがった。


「貴様、わしを置いてどこへ行くつもりじゃ」

「これ以上あなたと付き合っていたら、こっちの命も危ない。お先に行かせていただきます」


 捨て台詞を残すと、後ろも見ずに走り去る。


 見れば、最後まで大神殿にすがっていた人々もその辺にいる馬を捕まえて、北を目指している。

 

 目指すのは、タナアかムーセツだ。


 逃げた神官の言うとおり、このままデルフォイと一緒にいるのは自殺行為に等しい。

 幹部神官たちは、デルフォイを見捨て我先に馬で走り去って行った。


 残ったのは、デルフォイただ一人。


 デルフォイは逃げて行く人々を呆然と見送って、さっきまで大神殿のあった場所を振り返った。


 そこには、何もなかった。

 政務庁や社務所、親衛隊詰所、その向こうの神学校なんかの建物は損壊したとはいえ、残っている。そこに、ある。


 だが、ミコーヤの誇る大神殿は影も形もなくなっていた。

 そこには、かつて建物があったことを示す痕跡があるだけだ。




 突然、記憶の底に封印されていた何かが浮かび上って来た。


「デルフォイ。あなたは、素直でとても繊細ね。

 いえ、むしろ、繊細過ぎます。だから、私のことや、お付きの仕事で知った秘密を口外しないでいるのは難しいでしょう。

 あなたとミコーヤのため、あなたの記憶を消すことにしました。許してくれますか」 


 お付きの任期が終わる時、シーナはそう言った。


「シーナさまがそう望むなら、構いません」


 確か、そう答えた。

 

 だが、どんなに辛くても記憶を手放すべきではなかったのだ。


 デルフォイは、シーナを手伝うため選ばれた存在だった。

 それなのに、お付きが終わると記憶をなくし、大神殿の重鎮として権力闘争にうつつを抜かした。


 記憶がどんどん遡り、初めて会った時のシーナを思い出した。

 彼女は微笑みながらこう言ったのだ。


「ミコーヤは、いまから五十年ほどで滅びる運命なのです。

 私は、民を救うためにここへ来ました。デルフォイ、私を手伝ってくれませんか?」


 だが、お付きの仕事が終わってからは、ミコーヤが滅びるなんて考えてもみなかった。

 

 傲慢だったのだ。

 謙虚であるべきだった。

 忘れていたからとはいえ、結果的にミコーヤを救うために様々な手立てを講じていたセフィーラの邪魔をしてしまった。


 



 最後の時が迫っていた。


「世界の終わりの日、人は生きる努力をしなければなりません。

 最後は神に委ねるにしても、人は、できうる限りの努力をしなければなりません。

 それが、ミコーヤの民のなすべきことなのです」


 シーナはそう言っていた。


 デルフォイは、手近にあった荷車の荷台に体を括り付けた。

 

 神は、やるだけやれと言う。


 デルフォイは、筏になった荷台に乗って水面に漂う自分を誰かが拾ってくれるよう祈って目を閉じた。





 しばらくして、大地が大きな口を開け、膨れ上がった海がイセールの町を飲み込んでいった。

 





 遅刻者を始め、一時間以内にイセールへ来られない人々がタナアかマッサかムーセツを目指すのは、事前に決めた手順だ。


 カイがエドバルトとの国境警備隊のナタルやマッサやムーセツの神官長を呼んで詳細な打ち合わせをしたのだ。




 

 テーベは、国境警備隊の制服を着た男が度々イセールの中央神殿へ来て、お付きの執務室へ入って行くのを知っていた。


 例のご神体の交換以来気になっていた男だ。

 身長はさほど高くはないが、筋肉質で、いかにも山の民という感じの男だった。

 角ばった顔で太い眉に鋭い目つき。いかつい鼻と肉厚な唇。イセールの町で見掛けるソフトなタイプと対極にあった。

 カイをさらに野蛮にしたような男で、こんな男がお付き補佐になった思うと、腹が立った。


 ある時、嫌がらせをしようとして、わざとぶつかってやった。

 ぶつかった拍子によろめいて、文句を言ってやったのだ。

 

 結果はテーベの惨敗だった。


「人にぶつかっておきながら、詫びの一つも言えないのか。これだから、山猿は困るんだ」


 面と向かって罵倒してやったのに、返って来たのは想定外の返事だった。


「俺に喧嘩を売ろうかって?結構。良い度胸だ。買ってやる。

 時に、俺が剣も弓も体術もオールAプラス、師範クラスだって知ってのことか?

 田舎タナアの師範クラスってイセールじゃどのぐらい通用するのか、前々から興味があったんだ。

 ちょうど良い。勝負しようぜ」

「あ、あ、謝らないのか?」

「喧嘩するんだろ?謝ったら、喧嘩にならねえじゃねえか。

 そっちの庭で良いだろう。

 剣で良いか?それとも体術にするか?」

 

 テーベの剣は最悪だ。体術はマシだが、この筋肉の塊のような男に通用するだろうか。でも、弓なら……と思ったが、よく考えると、喧嘩するのに弓を使うことはない。


 血の気が引いた。


 その時、テーベを救ったのは、カイだった。


「ナタル、遊んでないで、急いでエドバルトへ連絡してくれ」

「って、カイ。こんなチャンス滅多にないんだぞ」

「結果は見なくても分かる。テーベの剣はヘボだ。時間の無駄だ」


 救われたことを喜ぶべきか、馬鹿にされたことに腹を立てるべきか。


 情けないことに、カイが言ったことは真実だった。






 大地が唸り声を上げた。神を崇めず、信仰を出世の手段としか考えない神官たちを叱責する神の罵声だったのかもしれない。

 

 大神殿に集まった人々は、真っ青になった。


 セフィーラは、神官たちに先導させて祈りの言葉を唱和させた。


 大勢の人々が一斉に祈りの言葉を口にする。

 しばらくすると人々がトランス状態に達し、祈りの言葉は強大なパワーとなった。

 

 この時、大神殿の入り口付近で遅刻者との間で攻防があったが、ほとんどの民は気が付かなかった。それだけ一心不乱に祈っていたのだ。

 もし、遅刻者を受け入れたら、人々がトランス状態から覚め、計画どおりのパワーを発することができたかどうか分からない。

 そのために、タナアやマッサやムーセツに遅刻者を受け入れる神官たちを残したのだ。

 

 

 大地が大きく跳ねた。だが、神殿は大地とは違う揺れ方をしていた。

 


 動力源は、『祈り』。

 

 神殿が揺らぎ、目の前の景色がかすむ。今まで体験したことのない状態に怯える者もいた。


 だが、セフィーラは、怯える人を励まし、人々に祈りを続けさせた。



 

 祈って祈って、三日三晩祈った。

 

 突然、揺らぎが止まった。

 

 気が付くと、地震は終わっていた。恐る恐る外の気配を探るが、聞こえるのは鳥の鳴き声だけだ。

 あの忌まわしい地震や水の音は全く聞こえない。

 

 セフィーラが人々に外へ出るよう促した。

 


 扉を開けたテーベは、目にした景色に絶句した。


 扉の外は、長閑のどかな春だった。さっきまで秋で、地震の真っ最中だったのに。



 そこは、春。春なのだ。



 辺り一面、草野原だ。

 ところどころに木が生えていて、桜、タンポポ、レンゲといった春の花が咲いている。

 川辺の柳が青々と芽吹いて春を謳歌していた。


 その代わり、中央神殿の門前町として発達したイセールの町が跡形もなく消えていた。


 いや、消えたんじゃない。町そのものが、なかったのだ。


 町だけじゃない。大神殿とともにあった政務庁、社務所、親衛隊詰所それに神学校も影も形もない。




 一同、気が付いた。


 ミコーヤの民は、地震を逃れて別の場所へ来たのだと。

 イセールの大神殿は、ミコーヤの民を別の場所へ移す大掛かりな装置だったのだと。

 神は、世界の終わりにミコーヤの人々を救ったのだと。



 神殿にセフィーラの声が響いた。


「マートヤ大陸は海に沈んだ。あそこにいれば、我々の命はなかっただろう。

 世界の終わりに、神はミコーヤの民を救った。

 我々は、神殿によって命を救われたのだ。

 だが、町も、畑も、市場も、工場も、全てがなくなってしまった。

 ここに新しいミコーヤを創らなければならない。それが、神の思し召しだ」


 

 とりあえず、神殿の倉庫には詰め込めるだけ詰め込んだ食料がある。命が助かっただけで良しとしよう。

 

 神によって救われたミコーヤの民は、神に感謝した。

 人々を救ってくれた大神殿で神を崇め、ここにミコーヤ神国が再出発することになった。


 



 スーホたちは、二十人ほどの遅刻者と一緒に一路ムーセツを目指した。タナアを目指すには時間が足りないと判断したからだ。

 実際、大神殿の前でジタバタせず、さっさとそこらにいた馬を捕まえてタナアを目指せば、タナア(そっち)へ着いたかもしれない。

 だが、今さら言っても始まらない。

 

 親衛隊員の悲しさで、条件反射のように、キラの命令に従ってしまったが、こうなってみると、遅刻者を救うためにわざわざ志願したとしか言いようがない展開だった。

 

 途中で、何度か地震があって、地割れした道や倒壊家屋に苦労しながら馬を走らせる。いつもなら1時間ほどで着くのに、2時間以上かかった。ようやくムーセツの神殿にたどり着いた時には、疲労困憊していた。

 



結局、右往左往してただけのテーベが勝ち組(?)になります。彼は、一生懸命頑張ってきたのだから、ご褒美です。

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