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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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神は従わない者を見捨てる

ミコーヤの神は従わない者を見捨てます。

 最初に気付いたのは、マルコだった。


 部屋の中は危ない。早くここを出ないと。

 スーホたち一同をせかせて庭に出ると、大神殿も揺れに揺れていた。


 不思議なことに、大地の揺れと大神殿の揺れは微妙に違っていた。


 大地は暴れ馬のように跳ねまわっているのに、大神殿は、たゆたうように、そこだけ別の揺らぎをしていた。


 大神殿からは誰も出て来ない。


 当然だった。ミコーヤでは、災害時は、神に祝福された大神殿が一番安全だと言われているからだ。

 

 大神殿へ行かなければ。あそこへ行けば助かるはずだ。

 

 スーホたちは、大神殿に向かった。


 

 デルフォイたちも揺れる大神殿を見て思い出した。ミコーヤの大神殿は世界の終わりに人々救う、と言われていることを。


 非常時には、大神殿が一番安全なはずだった。

 

 デルフォイたちも、大神殿に向かった。

 

 

 スーホやデルフォイたちが大神殿の扉の前に着いた時、そこには人だかりができていた。


 言わずと知れた遅刻者たちだ。

 いつもは欠席する牡鹿亭の亭主も、地震に怖気づいたのだろう。扉に向かって必死で懇願していた。



「助けてくださいよう。こっちはもの凄いことになってるんですよお」


 だが、大神殿の扉はピタリと閉じたまま開く気配もない。


「カイ、助けてくれ。あんたと俺の仲じゃないか」

 牡鹿亭の亭主が泣き叫んだ。

「ええい、どけ」

 牡鹿亭の亭主を押しのけて、デルフォイが叫んだ。

「儂じゃ、デルフォイじゃ。よんどころのない事情で遅れたが、この地震じゃ。急いでここを開けてくれい。ここには、遅れて逃げ惑う民もいる。神は、ミコーヤの民を愛している。ここにいる人々を救いたいと思し召すはずじゃ」


 扉の傍にいるテーベは、外に常連の遅刻者ばかりでなく、デルフォイまでいるのに驚いた。


 だが、テーベの驚きは続いた。


 今度は、スーホやマルコたちが叫んだのだ。


「テーベ、テーベ、いるか?こっちは、もの凄いことになってるんだ。そこら中の建物が倒れて無茶苦茶になってる。火も出た。市場の辺りが火事になってる」

「助けて。テーベ、そこにいるんだろ?」

「助けてくれ。お前だって俺たちと一緒に来るはずだったんじゃないか」

 

 テーベは、スーホたちが礼拝をサボタージュしていたのを思い出した。


 スーホたちを助けなければ……。

 デルフォイたちを、民たちを、助けなければ……。


 思わずかんぬきに手を伸ばすと、横から伸びた力強い手で止められた。

 目を上げると、親衛隊長のキラが目で「開けるな」と言っていた。



 いくら、遅刻したからといって、たったそれだけのことでこの人たちを見捨てるなんて。助けてあげれば良いのに。


 しかも、扉の向こうには、デルフォイまでいるのだ。


 ここにいるのがテーベじゃなくカイならば、例え相手が親衛隊長だとしてもキラに抗議しただろう。


 だが、テーベには、序列を無視して抗議することはできなかった。視線だけで懇願するが無視され、全く相手にしてもらえない。無力感に沈んだ。 

 

 テーベの苦悩に気付いたのだろうか。キラは咳払いを一つして、扉の向こうに声を掛けた。

 助かりたかったらこうしろ、と、教えたのだ。


「いいか。今、扉を開けることはできない。

 大神殿はすでにエネルギーチャージ作業に入っている。今ここで扉を開けるとパアになるんだ。

 つまり、あんたたちを救うためにここを開けると、ここにいる大勢の生命が助からない。だから、あんたたちは別の神殿へ行くしかない」



「別の神殿って……一体、どこよ!」

「そんな意地悪言わんと、許してくださいよ」

「水だ。水が来た!」

「そこまで水が来てるんだ!今さら、どこへも行けねえ!」

「キラ将軍、すみません!反省してます!何とか、入れてください!僕たち、ほんの出来心でサボっただけなんです!」

「そうなんです。ほんの出来心で他意はないんです!」

「キラ、いくら先達だからと言うて、デルフォイさまに刃向うなんて百年早いわ!」


 扉の向こうでパニックになった人々の叫び声が聞こえた。


「あんた、キラだろ。キラ、あんたと俺の仲じゃないか。ちょっとでいい。ここを開けてくれよ」


 わめき声に混じった牡鹿亭の亭主の猫なで声。

 ここに至って、なお媚を売る、その根性に鳥肌が立った。


「いいか、できればタナアが良いが、無理なら一番近いムーセツでも良い。そこらなら、あんたたちを拾ってくれる。だから、そっちを目指すんだ。

 そっちに、親衛隊員がいるだろう。そいつらに連れてってもらえ」 


 キラは、遅刻の常連たちに指示した後、スーホたち親衛隊員たちに命じた。


「スーホ、マルコ、もう会えんだろう。これが最後の命令だ。

 その辺に馬や馬車や荷車なんかがまとめてある。礼拝に来た連中が乗って来たものだ。それを使って、そこの遅刻者たちを急いでタナアかムーセツへ連れて行け。

 急げ、急ぐんだ!死にたくないなら、さっさと行け!」


 

 生まれて初めて自分で計画を立てて実行した新米の神官たちは、へなへなと脱力した。


 誰も、自由が責任を伴うということを教えてくれなかったのだ。

 自分たちで招いたことは、甘んじて受け入れるしかない。それを生れて初めて教えられたのだ。

 だが、タイミングとしては遅すぎた。


 しかし、いつまでもへたり込んでいるわけにもいかない。次の揺れが来る前に行動を起こさなければならないのだ。


 大神殿の広場には、厩に入り切れなかった馬が適当に繋いである。どの馬も地震に怯え、興奮状態だ。

 

 条件反射とは恐ろしいものだ。

 キラの命令を受けたスーホたちは、速やかとは言い難いがそれなりに行動を起こした。


 使えそうな馬を選び、遅刻者たちを促して大神殿を後にしたのだ。

 走りながら、目的地をタナアとムーセツのどちらにしようかと相談しながら。


 まだ、間に合うかもしれない。いや、間に合わなければ命がない。生きるか死ぬか、時間との競争だった。


 遅刻者の半数はスーホたちに従ったが、残りは納得いかず居座った。

 ここで駄々をこねていれば大神殿側が折れてくれるかもしれないという淡い期待が、地震の最中さなか、タナアやムーセツを目指すことを嫌ったのだ。


 残った人々の中にデルフォイたちもいた。


 幹部神官たちはデルフォイと一緒にいれば、大神殿に入れると踏んだのだ。


 気配を察したキラは、デルフォイに向かって声をかけた。


「デルフォイさま。申し訳ないが、あなたを受け入れると、ここにいる神との約束を守った民の命を救うことができない。

 賢明なあなたなら、お分かりでしょう。大神殿ここを諦めて、他を当たってください。ご存知のように、タナアやムーセツでは遅刻者を受け入れる準備が整っています」


 デルフォイの側近たちは、扉の向こうに向かって暴言を吐いた。


「生意気な!お前なんか、セフィーラさまの腰巾着のくせに。そもそも、デルフォイさまの方がセフィーラさまより先にお付きになられたんだ。

 大神殿を追われるのは、デルフォイさまじゃなく、セフィーラさまの方だ」

「そうだ。お前なんか、徳もなければ慈悲もない。神に愛される資格がない!」

「カイかセフィーラを出せ!あの二人なら、私たちを中に入れてくれるはずだ!」


 叫んでいる暇があるなら、さっさとタナアかムーセツを目指せば良いのに。

 カイはいないし、セフィーラさまは忙しいんだ。


 キラが独りごちた。


 テーベは、容量キャパを超えた情報に目の前が真っ白になった。


 大神殿はエネルギーチャージ作業に入っていて、扉を開けるとパアになる。ということは、シーナは、エネルギーチャージが完了したら何か途方もないことをしようと目論んでいるのだ。



「タナアの民とエドバルトの信者、それとイセールに間に合わなかった者は、タナア若しくはムーセツなんかの神殿が引き受けることになっている。

 今後、何があってもこの扉を開けるんじゃない」


 礼拝が始まる前、そう命じたのは、親衛隊長のキラだ。


 

 何があっても、扉を開けるな。

 

 それは、外にいる人々を見捨てると言うことだった。




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