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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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その日

大災害が起きます。苦手な人はスルーしてください。

第十一章 その日


 その日、テーベはイセール郊外の畑で、例によって職業訓練と称する農作業に駆り出されていた。 

 仕事は、じゃがいもの収穫だ。さわやかな風が吹いて、気温はさほど高くもないのに農作業すると暑いほどだ。


 神官はこんな作業をしなくても良い。つまり、神官になる予定のテーベには、こんな馬鹿げた職業訓練をする意味がないのだ。

 意味のない作業を強制されることほど消耗することはない。思わず、不満が口をついた。


 だが、体は正直なもので、適度な肉体労働は心地良い。

 少なくとも、剣の稽古より性に合っていた。

 しかも、テーベが土の中から掘り出したじゃがいもは、大きくて美味しそうだった。それを見ると何となく嬉しくて、頑張ってしまう。


 そんなところが単純だと、スーホたちにからかわれるのだが。


 作業が始まったばかりなのに、汗のしずくが流れる。首にかけていた布で顔から首を拭いた。

 見上げると、秋の空。青く高く晴れ上がった透明な空だ。雁が一列並んで飛んで行くのが見えた。


 

 その時、馬が二頭駆けて行くのが見えた。先を走るのがカイで、その後ろを誰かがあまり上手とは言えない乗り方で追い駆けて行く。


 一体、あれは誰だろう。テーベの知らない人間のようだ。イセールには、テーベの知らない神官はいない。きっと、どこか別の町の人だ。

 カイと二人で、どこへ行くのだろう。


 テーベは、ぼんやりと考えるでもなく考えた。彼らが向かっていたのは北。ムーセツやタナアの方角だった。


 

 お付きは良いなあ。こんな仕事をしなくて良いのだ。

 

 さっきまでの充実感を忘れて不平を言うと、同じ仕事をしていたニケに叱られた。


「テーベ、ぐだぐだ言ってないで、さっさと働きなさい」


 テーベがカイを目撃したのが、午前十時頃だ。

 それから四時間ほど経った午後二時頃、例の突発的な礼拝を知らせる鐘が鳴った。

 

 作業中の面々は、驚愕に顔を見合わせた。


 まさか、農作物の収穫中に礼拝を行うなんて。

 

 どの顔にもそう書いてある。


 確かに、ミコーヤ教の教えでは、何をしていてもやっていることを放り出して、神殿に駆けつけなければならないことになっている。


 だが、現実では、農繁期に礼拝を行ったお付きは皆無だ。突発的な礼拝は農繁期を避けるという、暗黙の了解があったのだ。


「何をしている!大神殿へ急ぐんだ!仕事はたくさんある!お前たちが行かなければ礼拝が始まらないんだ!」


 親衛隊長キラの怒鳴り声で、一同我に返った。


 いくら非常識だと言っても、鐘が鳴ったのだ。四の五の言ってはいられない。慌てて作業を中断して、大神殿に駆け込んだ。

 



 いつものように、神学生や親衛隊員は、礼拝の準備をして大神殿に民を招き入れる。いつもと違ったのは、この日は、お付きのカイじゃなく神官長のセフィーラが説教スピーチしたことだ。



「ミコーヤの民よ。とうとう、この日が、世界が終わる日が、来てしまった。

 あなた方は、神に愛されている。神は、あなた方を救ってくれるだろう。

 祈りなさい。助けてくれるよう祈りなさい。救ってくれるよう祈りなさい。

 あなた方と、あなた方の愛する人たちのために祈りなさい。

 あなた方を救ってくださる神を褒め讃えなさい」



 世界の終わりの日。


 居合わせた人々は、絶句した。誰もが神話の世界の話だと思っていたのだ。


 それが、現実に起こるなんて。


 本当だろうか。


 ほとんどの者が、思わず窓の外を見た。


 外は穏やかな秋の空。

 

 人熱れで酸素が不足しそうな大神殿に押し込まれた人々をあざけるような長閑のどかな日差しだ。


 誰もがセフィーラの言葉を疑った。

 

 だが、セフィーラは落ち着いたものだ。ただ淡々と起ころうとしていることを告げていた。


 もしかして、巫女は託宣を下されていたのかもしれない。

 あまりのも重い神託だから公表できなかっただけなんじゃないか。


 人々はそう思った。そして、半信半疑で祈り始めた。祈ることが求められていたからだ。


 その場に、スーホたちはいなかった。


 そう、スーホたちは、打ち合わせ通り親衛隊の詰所に駆け込んだのだ。



 テーベは七月頃まで迷っていた。

 

 だが、麦の刈り入れが終わる頃、ニケに頼まれごとをした。

 

 それは、突発的な礼拝の際、扉を開閉する担当を手伝って欲しいというものだった。

 ニケは、大神殿の扉の傍で遅刻者を締め出す担当だった。

 大神殿を締め出された民は、わめき散らしたり、口汚く罵ったりする。ニケには辛い仕事だった。


 恋しいニケの頼みだ。テーベは軽い気持ちで引き受けた。

 彼女がテーベを頼ってくれたことを嬉しく思って。


 突発的な礼拝が始まってから気が付いた。


 扉の担当になると、欠席サボタージュできないのだ。

 ニケは、テーベがスーホたちと行動をともにするかどうか悩んでいたことを知っていたのだろうか。


 まさか、ね。


 テーベは、このタイムリーな偶然を思いっ切り打ち消した。

 

 それから、いつもの手順でバタバタしたので、それっきり忘れてしまった。


 駆け込んで来る民の名前と住所をチェックして、まだ来ていない民を確認する。幹部神官たちが指示して、若者に年寄りや体の不自由な民を迎えに行かせる。


 いつもの光景だ。


 いつもと違うのは、そこにスーホたちがいないことと、デルフォイを中心とする一派がいないことだ。



 駆け込む人々。

 口々に指示を飛ばす人々。

 指示に従って民を迎えに走る人々。


 雑多な人々でごった返す中、テーベはカイの姿が見えないことに気が付いた。

 ここに至って、ようやく、カイが午前中にどこかへ出かけていたことを思い出したのだ。


 突発的な礼拝はお付きが仕切る。だから、鐘を鳴らす指示をしたのはカイのはずだ。

 だとしたら、礼拝が始まるのが分かっているのに出かけるなんて、何かがおかしい。

 何かが変だった。


 もしかして、カイは、この日が世界の終わりの日だという神託を聞いていたのだろうか。


 避難のために突発的な礼拝を利用することにして、その指示を終えると、そのまま別の任務に就いたのだろうか。

 

 十分あり得ることだった。


 あいつ(カイ)は、どこで、どんな任務に就いたのだろう。


 お付きが礼拝をほっぽり出してしなければならない仕事なんて、どんな任務だろう。謎だった。




 

 デルフォイを始めとする幹部神官は、鐘が鳴ると、打ち合わせ通り政務庁の会議室に集まった。

 窓から、徒歩で、あるいは騎乗して、あるいは馬車に乗って、民が続々集まってくるのが見えた。


 あのたくさんの民をまとめるのに、セフィーラと先達だけでは無理だ。デルフォイ率いる幹部神官がいてこそ荘厳で格調高い礼拝ができるのだ。

 きっと、セフィーラは困り果てるだろう。

 その時こそ、デルフォイ始め幹部神官の存在感が露わになるのだ。


 大神殿の扉が閉まってしばらくすると、ナーニワの信者が馬車を連ねてやってきた。先導しているのは、ナーニワにあるミコーヤ神殿の神官長だ。

 


 それが起きたのは、閉まっていた扉を開いて彼らを受け入れ、もう一度閂かんぬきをかけるのとほとんど同時だった。



 今まで経験したことのない天変地異が起きたのだ。



 その時、大地が動いた。

 大地が唸るように咆哮した。大きく吠えて、震えて跳ねた。


 その時、大神殿の中にいた人々は、神殿ごと振り回された。

 周りの人々とぶつかったり、押しつぶされそうになったりした。

 何とか怪我人は出なかったものの、集まった人々はパニックになった。


 その時、テーベは扉にしがみついた。

 かろうじて事なきを得たものの、あまりの衝撃に呆然として動けなかった。


 その時、ニケは隣にいたテーベにしがみついた。

 そうしないと、ふっとばされて、下手すると怪我しそうだったのだ。


 ニケもテーベと同様で、呆けたように神殿内で振り回される人々を見つめた。


 その時、セフィーラは祭壇にしがみついて叫んだ。

「大丈夫だ!大神殿は地震や噴火や津波に耐える構造になっている。今この時、大神殿ここにいたことは幸運なのだ。

 祈れ、祈るんだ!神が救ってくださる。神に助けてくれと祈るんだ。我々ミコーヤの民を地震から救ってくれるようにと。大きな災厄から救ってくれるようにと、祈るんだ!」


 セフィーラは、神官たちに先導させて祈りの言葉を唱和させた。


 大勢の人々が一斉に祈りの言葉を口にした。


「神よ、我々ミコーヤの民を救い給え。我々ミコーヤの民を助け給え」


 うねるような祈りの言葉が神殿内に響き渡ると、大神殿が静かに揺らぎ始めた。





 その時、スーホは親衛隊詰所の壁にたたきつけられた。


 痛みに耐えながら、窓の外を見ると大地が躍っていた。


 万難を排して駆けつけなければならない突発的な礼拝を、カイに嫌がらせをするためにサボったのだ。

 神が自分スーホたちの悪行を懲らしめているのだろうか。


 全身の血が凍るような気がした。


 


 その時、デルフォイたちは、会議室の大テーブルが壁に激突するのを見た。

 仲間の一人が壁とテーブルに挟まれて大怪我した。

 部屋中の家具が壁にぶつかって、ひどい場合は天井まで跳ね上った。

 なまじ、豪華な部屋だっただけに家具の数も多い。居合わせた面々は家具から逃れるのに必死だ。

 

 デルフォイたちは真っ青になった。まさか、礼拝を欠席サボタージュした日にこんな大地震ことが起きるとは。

 

 神が自分たちの所業をお怒りになったのだろうか。


 



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