カイのやり方への反感
礼拝が終わってから知った情報によれば、驚いたことに、今回の礼拝があることを知っていたのはセフィーラとカイだけで、イセールの大神殿のそうそうたる神官たちさえ知らなかったという。
あちこちから、事前の連絡がなかったとか、幹部神官を何だと心得ているんだとかいった不満の声が上がり、中にはセフィーラに抗議した神官もいたようだ。
とりわけ、デルフォイの怒りは凄まじかった。元々、突発的な礼拝は、神官長が所管し、幹部神官には決定事項の事前報告があるだけなのだが、今回の礼拝が事前報告さえなかったことに、怒り心頭だった。
「お付きごときが、儂をないがしろにするとは、百年早いわ。
いいか、そもそも、事前報告というのは建前で、今までのお付きは、いつにするとか、どのぐらいの規模にするとかいった重要なことは、セフィーラだけじゃなく、儂とも相談して決めていたんじゃ。じゃないと、民の日常生活に支障が出る場合がある。そういう微妙な判断はセフィーラやシーナさまじゃできんのじゃ」
カイに面と向かって、そう怒鳴った。
結局、シーナさまが「私の指示です」の一言で一蹴したが、そもそも、そのシーナさまの言葉を代弁するのがお付きのカイだ。デルフォイを筆頭とする幹部神官たちの不信感を払拭するには至らなかった。
たまりかねた神官長のセフィーラが、神官、親衛隊員そして神学生の全員を集めて宣言した。
「そもそも、カイはシーナさまの代弁者として職責を全うしただけで、礼拝を極秘で行うと決めたのは、シーナさまご自身だ。
神は、最初から予定された日時に行われる礼拝には興味がなく、平凡な日常において突発的に行われる礼拝を求めた。シーナさまはそれをカイに告げ、カイはシーナさまの命に従って、極秘でことに当たった。
この件において、不満を持つ者は、神の意志に背くことになる」
あの無茶は巫女が望んだことだった。
カイは、ミコーヤ全土を牛耳る巫女の手足として職責を全うしただけだ。
そう、カイがやっている仕事は、本来シーナがやるべき仕事だ。人々に祈りを捧げるよう促したり、遅れて来た民を叱責したりするのは、シーナの代理でやっているに過ぎない。
テーベたちが不満を持っても、デルフォイたちが地団太踏んでも、シーナの命に逆らえないのだ。
でも、テーベには面白くなかった。
面白くなかった。本当に面白くないことだった。
カイは、前から女子に人気があったが、お付きに選ばれてから、半端じゃなくモテだした。
それまでは、人気はあっても、いずれ国境警備隊の司令官になる男だ、と距離を置いて見られていた。
神学生は男も女も計算高い。辺境に帰る男に付いて行こうという奇特な女子はいなかったのだ。
だから、ハンサムだから目の保養にはなるが恋人や伴侶にするのはちょっと、という観賞用としての扱いだった。
だが、お付きになったことで女子の目の色が変わった。
もともと顔立ちやスタイルは良いし、お付きはエリートコースの王道だ。
辺境に帰るのではなく、大神殿のトップを約束されたのだ。
女子にしてみれば将来性抜群の有望株、つまり、超優良物件だ。
お付き選びに敗れた男たちは地団駄踏んだ。
テーベも例外ではなかった。
テーベが親衛隊でチマチマ訓練を受けている間に、カイは涼しい顔で大神殿の重鎮たちの間を泳ぎ回っているのだ。
しかも、女子のお誘いを受けまくって。
あの礼拝の後、親衛隊員や中央国防軍、それに国境警備隊員なんかの軍人に、農作業や土木工事の手伝いといった任務が増えた。
例によって、理由が全く分からない。ミコーヤは平等を旨とするが、何かにつけて情報を隠そうとするのだ。
テーベたち親衛隊員にとって、それは軍事訓練より屈辱的な任務だった。
カイは、農作業や土木工事を手伝うこともない。テーベは、羨ましくて羨ましくて、スーホたちと牡鹿亭でやけ酒を飲んだ。飲まずにいられなかったのだ。
当然、翌日は二日酔いになる。
ますますカイが嫌いになった。
テーベの思惑を無視して、カイは平然とお付きの仕事をこなしていた。
噂によれば、中央山脈の社のご神体の交換には、神学生や親衛隊員じゃなく、よりによって国境警備隊の一兵卒をお付き補佐に任じたという。
今頃分かったって、遅いじゃないか。抗議するにしたって、作業が完了してしまった今となっては、意味がない。
だが、カイと幼馴染だと言うその男は山に詳しいことから、通常ならば十人以上で十日はかかる作業を二人で三日で終えてしまったという。
どうやら、ロッククライミングのように絶壁をよじ登ったり、ロープを使って崖を滑り降りたりしたらしい。
今までのお付きは、そんなやり方をしたことはない。複数の供を従え輿でしずしずと社から社へ向かい、道中に宿がなければ土地の有力者の家に泊まったのだ。
だが、カイとその友人は、頻発する地震をものともせず、山中で野宿しながら崖をよじ登って先を目指したという。
テーベには到底真似のできない芸当だった。
だが、お付きにそんな芸当を求めるのはおかしい。お付きは、あくまでも巫女の言葉を神官や執政官に伝えるのが本来の仕事のはずだ。
テーベにはロッククライミングの真似事ができないから、お付きになれなかったのだろうか。
そもそも、巫女とのパイプ役という重要な任務があるお付きが危険を冒してロッククライミングのようなことをすること自体、無謀だ。
任務の重要性が分かっていないとしか言いようがない。
しかも、粗野な国境警備隊をお付き補佐に任命するなんて、常軌を逸していた。
こんなことをチクるのは、フェアじゃない。でも……。神官長のセフィーラは知らないのだろう。知っていたら、カイの暴挙を許すはずがない。
テーベは、我慢できなくなって、神官長に抗議した。今さらカイの資質を論じても仕方がないが、言わずにいられなかったのだ。
「慣例によれば、お付きを補佐するのは、神学生か親衛隊員に限られます。例え田舎の社であったとしても、国境警備隊員なんかをお付き補佐に任ずるのは不適当です。いや、違法と言っても良いでしょう。
神官長は、そんな状態をお許しになるんですか。
いくら、中央山脈一帯の地理に詳しくても、国境警備隊の兵なんか使うのは異常です。
そもそも、カイにお付きの自覚があるのでしょうか。僕には疑問です」
神官長の答えは簡単だった。
「お付き補佐に任ぜられるのは、お付きが使いやすい人間だ。だから、お付きの友人がなることが多い。
必ずしも神学生か親衛隊員に限られるという規則はない。
これまで神学生か親衛隊員に限られたのは、お付きの友人にそういう人間しかいなかっただけだ」
あまりのことに食って掛かった。
「って、補佐に任ぜられるのがお付きの友人なら、どうして、僕が補佐になったんですか?
僕は、カイの友人じゃありません。あんなヤツ、友人だと思ったことはない」
神官長は、困ったような微笑みを浮かべた。
「カイがお前が良いと主張したんだ。
お前は、どんなに面白くない作業でも、命じられたことを正確に間違いなくこなす。だから、安心して任せられると言っていた」
意外だった。
カイが、テーベを評価しているらしい。
どうして……。
「いずれにしろ、お付きの仕事は、形式的で無味乾燥なものが多い。そういう仕事を任せるにはお前ほど適任はいないというのが、カイの意見だ」




