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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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これまでの礼拝との違い

 日頃使っていない筋肉がピシピシ言った。明日は、身体中が痛いだろう。


 荷車は一台だけじゃなかった。いろんな方向から全速力で集まって来るのだ。まあ、全速力と言っても、荷車だからそんなに速くもないのだが。とにかく、見る見る荷車が集まって来て、ボランティアの人夫や農夫たちが倉庫に詰め込んだ。


 礼拝は三日間だ。三日分の食料で良いだろうに。思いつく限りの神殿や社から食料を運び込んだのだ。 倉庫は天井までぎっしり詰まって、てっぺん付近の麻袋を取り出す労力を思うとため息が出た。


 こんなことが分かっていたなら、事前に準備しておけば良いものを。何て計画性のないことだろう。


 これがカイの仕事だ。去年までのアムルなら、もっと上手に準備しただろう。


 テーベは情けなくて、呆れるより先に憤慨した。


 少なくとも、事前に食料だけ運び込んでおけば、信者は集まるだけで済んだのだ。礼拝にかかる労力は最小限で済んだはずだ。


 僕がお付きなら、きっとそうした。


 

 足下を鶏が駆け抜けて行った。エッと驚くと、今度は牛にこづかれた。そおっと牛の脇を通り抜けると、後ろから誰かに押された。振り返ると、豚に押されたスーホが情けなそうにすがりついて来た。


 一体、この家畜の集団は何なのだ?


 春頃から、巫女の命令で中央神殿の庭で家畜を飼いだした。

 神殿は神の言葉を咀嚼し体感する場だ。畜産農家じゃない。家畜がウロウロするのは修行の邪魔になるのに、シーナさまは何を考えているのだろう。


 あの人がまともにものを考えることができるなら、カイなんかお付きに選ばなかっただろう。まともにものを考える人なら、僕をお付きに選んだはずだ。


 くそっ。面白くもない。


 祭壇の前に立ったカイが、人々に礼拝の心得を説いている。


「あなた方は、神に愛されている。神は、あなた方を救ってくれる。

 祈りなさい。助けてくれるよう祈りなさい。救ってくれるよう祈りなさい。

 あなた方と、あなた方の愛する人たちのために祈りなさい。

 あなた方を救ってくださる神を褒め讃えなさい」


 あれほど、突発的礼拝は神の傲慢さを示すだけだ、とこき下ろしていたカイが、率先して人々を神殿に招き、参拝者たちに祈りを捧げるよう促している。


 人は立場によって変わるというが、あんなに豹変するヤツも珍しい。

 あんなヤツにお付きになる資格はない。シーナさまは、そして、神は何を見ているのだろう。


 テーベは腹が立ってたまらなかった。


 

 最初に鐘が鳴り出して一時間経つと、いつものように神殿の扉が閉まった。遅刻者を明確にするためだ。

 扉が閉められると、遅刻して来た者は神官に詫びを入れて、神殿の最後尾に座らせてもらう。最後尾の席が遅刻席と呼ばれる所以だ。


 だが、今回の礼拝はいつもと違っていた。


 遅刻席どころじゃない。以前からの信者に加えて他所からの信者が合流したせいで、遅刻した者の居場所がなくなったのだ。



 お付きが変わると礼拝のやり方が変わることがある。今回がそのパターンだった。


 大体、国中のほとんどをイセールに集めるというやり方は滅多にないことで、そのために必要な食料の確保なんかの雑務は事前に知らされなかったこともあって、手順が無茶苦茶だった。


 いくつもの手順の齟齬があって、様々なトラブルがあった。

 

 そんな中で、これまでの礼拝との最大の違いは、大神殿が遅刻者を受け入れなかったことだ。


 遅刻者は三日間、大神殿の外にいるか、イセール以外の神殿に行かなければならなかった。目の前の大神殿に国中のほとんどの民が集まっているのにも関わらず、だ。


 前代未聞の仕打ちに、締め出しを食らった民から抗議の声が上がった。

 特に、牡鹿亭の亭主は神学生や親衛隊員と親しいこともあって、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべながら、お付き(カイ)に文句を言ってのけた。


「今までのお付きは、多少の遅刻は許してくれたんですぜ。カイ、あんた、えらく厳しいんですねえ。そこを何とか、手心加えてくださいよ」


 牡鹿亭はみんなが飲みに行くお約束の店だ。礼拝後の一儲けのために準備をしていて遅れたのは見え見えだった。


 カイは、牡鹿亭の亭主の猫なで声を切って捨てた。


「シーナさまによれば、礼拝中に大神殿の扉を開けると邪気が入るとのことだ。

 これまでのお付きは上品だったから、あんたのようなヤツに押し切られたようだが、俺がお付きになった以上、何があっても礼拝中は扉を開けない。

 そもそも、今回の礼拝はこのイセールの大神殿にほとんどの民が集まることになっている。遅れて来た者の場所はない。

 さっき、親衛隊員も言っただろ?悪いが、他を当たってくれって」


 他を当たれと言われても、距離的に一番近いムーセツの神殿でさえ馬で三十分はかかる。


「そんな、殺生な。そもそも、そんな無茶な礼拝をするほうがおかしいんじゃないですか。大体、国のあちこちに神殿があるのに、わざわざイセールに全員を集めるなんて。イセールはイセールの民のための神殿であって、他の地域の民は自分たちの神殿で礼拝を行うのが筋ってもんじゃないですか」

 

 牡鹿亭の亭主も負けていない。商売が掛かっているから必死だ。礼拝後に備えて準備ができていないと、客が来ても料理が出せず、商売にならない。

 

 自分勝手な言い分だと思うが、一理あることは確かだ。

 そもそも国中いたるところに神殿があるのに、わざわざイセールに集まらなければならない理由もない。


 

 イセールじゃないと、できないことがあるのだろうか。

 それとも、単に神の示威行為なんだろうか。


 大勢の信者を一堂に集めることは、神の力を誇示するには絶好の機会チャンスだろうが、意味があるとは思えない。

 

 テーベが牡鹿亭の亭主の屁理屈に気を取られそうになった時、カイが遅刻者一同を睨め回して冷ややかに告げた。


「神は礼拝に遅れることを怒ってる。今後、遅れてくるようなことがあれば、あんたたちは神に見捨てられるだろう。見捨てられても構わないなら、いくらでも遅れて来れば良い。俺は止めはしない」



 カイの言葉は神託だ。神は時間に遅れることを嫌うのだ。神に嫌われても良いなら勝手にしろと言い切ったのだ。

 そもそも牡鹿亭の亭主とお付き(カイ)では、喧嘩にもならない。


 この場合、お付き(カイ)は神の言葉を代弁するシーナとイコールなのだ。


 でも……。


 こいつは、突発的な礼拝は神の示威行為で民にとって迷惑でしかないと、散々非難していたのだ。それが、どうしたというのだ。この対応は。


 カイの変貌ぶりに、テーベは絶句した。

 カイの持論を知る元お付き候補ライバルたちは、怒りで口が利けないほどだ。

 

 それでも、神に救われたい人々は従順だった。


「申し訳ありません。今後、二度と遅れないよう気をつけます」


 そう言って頭を下げて、ムーセツの神殿に向かうため馬を駆った。ただ一人、牡鹿亭の亭主を除いて。




 三日間の礼拝が終わった後、粗食に飽きた大勢の信者で牡鹿亭は賑わった。

 

 礼拝の間、食料が配給される。だが、栄養は足りていても、はっきり言って不味い。三日も付き合うと、まともなものが食べたくなるのだ。

 牡鹿亭そこで一杯やった連中は、亭主の愚痴を聞きながら新しいお付き(カイ)の悪口を言い、他人の悪口ほど料理を美味しくするスパイスはないと痛感した。


 大神殿に詰め込まれた人々はそれぞれの家に帰り、同じように詰め込まれた家畜たちは以前のすみかである中央神殿の庭に戻った。

 倉庫に持ち込まれた食料だけがそのままにされ、次の礼拝は食料の心配をしなくて良いだろうとか、少なくとも今回のようなドタバタをしなくて良いだろうとか、神官や親衛隊員は思った。


 この機会にイセールの大神殿に食料を集中するのも悪くないかもしれない。


 テーベは、今まで体験した中で、最も無茶苦茶だった礼拝のプラスとマイナスを計算して頭の中の評価票にチェックを入れた。別に頼まれたわけでもないのだが。



突発的な礼拝も、カイがやると無茶苦茶で、周りの人が気の毒です。

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