カイのお付き業務
第九章 カイのお付き業務
傲岸不遜な神学生だったカイは、前代未聞のお付きになった。
お付きは、巫女と直々に対面して、その指示を神官長や執政官それに親衛隊長等幹部神官に伝える重要な職務で、どうかすると、幹部神官より序列が上の扱いになる。
だが、慣例として幹部神官にへりくだり、礼を尽くすことになっている。つまり、あなただけに伝えるだのから、と、大袈裟に格式ばるのだ。
ぶっちゃけ言えば、彼らがお付きに一目置くのは、巫女の託宣を伝達するからで、お付きそのものを敬っているわけではない。
託宣の伝達は大袈裟で儀礼的であればあるほど、幹部神官たちの自尊心がくすぐられる。 それだけ重要な託宣を受けた気分になるからで、自分だけが極秘の指示を受けたという優越感に浸るのだ。
だが、山出しで田舎者のカイは、礼儀というものを知らないのじゃないかと思えるほど、形式的な手続きを無視した。
カイは、お付き制度始まって以来の超合理主義者だったのだ。
カイは、どんなに地位の高い幹部神官に対しても極めて事務的に託宣を伝えた。
神官長に次ぐ地位にあるデルフォイなんか、今度のお付きは、儂をないがしろにする気か、と激怒したほどだ。
そもそもデルフォイは、初代のお付き経験者で、本来なら神官長になってもおかしくない男だ。
二代目お付きのセフィーラがお付き時代の記憶を残して先達になったので、やむなく神官長の地位を譲ったが、それは、デルフォイにとって屈辱以外何ものでもなかった。
ことあるごとに、セフィーラより自分の方が優秀だと主張し、実際、子飼いの神官を多く有することもあって影響力は大きい。
これまでのお付きは、この煙たい長老を敬して遠ざけるのが常だった。
上手におだてて、意味のない権威付けに付き合ったり、ときには、シーナに頼んで意味のない託宣をねつ造してもらったりして持ち上げた。
つまり、お付きになるための競争で磨いた技術を活用したのだ。
デルフォイのような例は枚挙に暇がなく、お付き制度がもたらす弊害の一つだった。
お付き制度は、お付き候補たちが狂瀾怒濤の職務の争奪戦を繰り広げるという悪弊を生んだだけじゃなく、幹部神官たちに無意味なエリート意識を与えた。
お付きの選考過程で、幹部神官たちの果たす役割は大きい。
勢い、幹部神官たちは、腹の中で、お付きがお付きになれたのは自分たちのおかげだと思ってしまうのだ。そして、その結果、お付きに対する影響力を行使することになるのだ。
カイは、神学生だった時も意味のないことはしなかった。
周りの男子学生たちが必死でお付きの座争奪戦をするときも交らなかったし、ましてや、お付きになるためのゴマすり合戦に参加することもなかった。
お付きになった今、意味のない儀礼や格式は無視した。
当然と言えば当然だった。カイがお付きになったのは、誰のおかげでもなく、シーナの気まぐれによるところが大きいからだ。
だが、これまでの大仰な格式を良しとしていた者には、たまったものじゃなかった。
ミコーヤ教が確立してから三百年、巫女が現れてお付き制度ができてから五十年弱、神官たちは当初の崇高な理念を忘れ、権力闘争に明け暮れていたのだ。
ミコーヤ教のトップは巫女だが、巫女の次に権力を握る神官長になれば、ミコーヤだけじゃなく、エドバルトやナーニワにも影響力を持つ。
言うなら、マートヤ大陸の精神的な覇権を握ることになるのだ。
神官長の席を狙うデルフォイは、虎視眈眈と現神官長の失策を待っていた。
そんな時、お付きになったカイの傍若無人な振る舞いは、デルフォイの神経を逆なでするに十分だった。
デルフォイを筆頭する派閥に、新しいお付きのカイとカイの言動を容認する神官長セフィーラに対する反感が生じるのは時間の問題で、ミコーヤ教の組織に見えない亀裂が入ることになった。
だが、そういう政治的なことは、カイやテーベには想像もつかないことで、神学校を卒業した二人は、カイはお付きに、テーベは神官身分の親衛隊員になり、学生生活とは全く違った日々で、与えられた仕事をこなすのに精一杯だった。
お付きの最初の仕事は、国内のあちこちに点在する神殿や社のご神体の交換だ。これは、年に一度の仕事で、お付きが交代した年だけシーナが国中を視察しながら行うことになっている。
だが、地震が頻発する昨今、悠長に国中を視察する余裕はない。いつ大規模な地震に見舞われるか分からないからだ。万一、巫女の視察中に地震が起きたら……。そう考えると、デルフォイを始め、多くの神殿関係者がシーナの視察に反対した。
結局、慣例となっているエドバルトやナーニワの神殿への挨拶は欠かせないものの、熟知している国内の神殿や社については、お付きに任されることになった。
掌に乗るほどの四角い箱にユリの花をモチーフにしたミコーヤ教の印が付いているそれを、作法に基いて取り替えるのだ。
お付きは、シーナに命じられた仕事を行うに当たり、周囲の人間を使うことができる。親衛隊員や神学生等を必要に応じて補佐に任じ、自分一人でできない仕事を任せるのだ。
これを『お付き補佐』と言う。
大抵の場合、仲の良い友人を指名するのだが、カイは、よりによってテーベを指名した。
馬鹿にしているのか?お付きになったことを鼻にかけて、僕を使おうってか?
テーベは激怒した。だが、お付き補佐は、お付きの次に狙い目なのだ。補佐に任じたのが、カイじゃなかったら大喜びで従うのだが……。
心中は複雑だった。
しかも、直属の上官である親衛隊長を通じての命令だ。断腸の思いで受け入れた。将来、大神殿の中枢に食い込むチャンスだ、と自分を無理やり納得させて。
カイは、シーナに教わった作法をテーベに教えると、シーナが直接するというイセールの大神殿と自分でする中央山脈の社以外の全ての神殿や社のご神体の交換をテーベに任せた。
人手が必要ならと、親衛隊員の何人かを手伝わせるよう指示までした。
山育ちのカイは、自分の好きなことだけして、面倒な町の神殿や社のご神体を押し付けたのだろう。
最初はそう思った。
だが、中央山脈の社は瑣末なものがほとんどで、ムーセツやマッサのような大きな町の神殿はミコーヤでも重要視されている。それなのに、そっちをテーベに任せたのだ。
お付きがテーベだったら、中央山脈の社こそ他人に任せただろう。
テーベには、つくづくカイ(あいつ)の考えることが分からなかった。
カイの思惑はともかく、お付きに頼まれた仕事は、巫女に頼まれた仕事だ。テーベは、丁寧に丁寧に、心を込めて作業に当たった。
神学校在学中、ほぼ月一回遠足があった。在学中の四年間で、ミコーヤ国内に全部で三十数箇所ある神殿や社を巡礼するのだ。
日帰りで済むこともあれば、中央山脈の山頂付近にある社に詣でるため二日がかりで山登りすることもあった。
これは、単に神殿や社を参拝するだけじゃなく、ミコーヤの主要な地域の見学を兼ねていた。
中央山脈に繋がる森ヨーノシ、エドバルトとの国境付近の町タナア、ナーニワとの国境の町マッサ近くで畑の広がるミノ(学校では穀倉地帯と学んだが、穀倉地帯もへちまもない。ミコーヤのような小さな国で唯一まとまった畑がある地域なのだ)等、森林、畑、人々が暮らす集落、市場、職人たちが集まった工業地域等を見学して回るのだ。
国土が小さいとはいえ、ミコーヤにはいろんな顔があった。
様々な人々がみんなミコーヤ神を信仰していて、その神に仕える名誉を得ていると思うと、テーベは体が震えるほど感動した。
カイは、神殿や社には興味がないようだった。ただ、地勢や人々の生活に興味があるのだ。
つくづく興味の対象が違う男だと思ったものだ。
カイに任されたご神体の交換には、遠足の経験が役に立った。だが、イセールの大神殿や中央山脈の社を除いても二十九もあるご神体の全てを交換するのに、二週間を要した。
テーベには、誰かに手伝ってもらえと言われて、はいそうですか、と手伝ってもらう神経はない。全て自分自身でやらなければ気が済まなかったのだ。
神殿と社の一覧表を手に、頻発する地震に怯えながら、1つずつきちんと交換した。
だが、交換するご神体は、これだけじゃない。エドバルトやナーニワにもミコーヤの神殿や社があり、そっちは、恒例の巫女の挨拶の時、同行したカイが交換するのだ。
テーベはパシリに使われているのに、カイは巫女の随行として旅をするのだ。羨ましくて、涙が出た。
何とかご神体の交換作業が終わり、テーベは解放された。名誉な仕事ではあっても、一人でするのは骨が折れた。やれやれだ。
クソ真面目なテーベは、お付きのカイに良いように使われたようです。




