セフィーラ
お付き選びの基準が、巫女の気まぐれ説で確定しました。
第八章 セフィーラ
テーベとカイが牡鹿亭で大喧嘩を演じていた頃、セフィーラは遠い記憶に浸っていた。
三年に一度のイベントだとはいえ、お付き選びは気を遣う。巫女の好みとお付き候補や神官たちの思惑にズレがあるからだ。
お付き候補や神官たちは、容姿端麗、成績優秀で盲目的に巫女の指示に従う男が最適だと信じて疑わない。
だが、世界の終わりが近づくと、権威に従順であることは必要でなくなる。
自分の頭でものを考え、行動する男が求められるのだ。つまり、主命に反しても主君の利益になることをなす、いわゆる逆命利君の行動力が求められるのだ。
確かに、ここ十代ほどは従順な男が選ばれることが多かった。だが、ここ二十年ほどの間、地震が増え、異常気象が続いている。そろそろ世界の終わりが近づいて、シーナが本気で行動する時が近づいていた。
シーナを命がけで助ける男が必要になるはずだった。
セフィーラは、自分がお付きになった時のことを思い出していた。
あの日、セフィーラは、潔斎して白い絹の衣をまとい、父であるゼーナのもとへ赴いた。
彼が十五歳の春分の日の夜のことだ。
ゼーナは、セフィーラに黙って後に付いて来るように言い、神殿の奥へと先導した。
最奥に扉があり、そこから出て右に折れるとシーナさまの部屋がある。部屋と言っても独立した造りで、別棟になっている。
歩きながら、ゼーナの話したことによれば、セフィーラはこの度のお付きに選ばれたという。
「お前は、どうやら、シーナさまのお眼鏡にかなったらしい。
無口で無駄なおしゃべりをしないところが気に入られたらしいが、そもそもどういう基準があるのかよく分からん」
と、ゼーナは頭を振り振り言った。
結局、セフィーラに理解できたことは、お付きが選ばれる基準は不明だが、選ばれるのは名誉なことだと言われているし、選ばれた以上、託宣を正確に伝達すべき義務が生じるということだけだった。
初めてシーナに会ったのは九歳の時だ。
最初の三年間はミコーヤ教の布教に奔走するシーナを手伝った。彼は、白くたおやかなシーナが好きだった。
凛としたたずまいで人々に神を説く。
その姿に感動して、この人の役に立ちたいと思った。
畑、市場、工場、学校、病院。シーナは、セフィーラを連れて、様々な場所へ出向いた。
そして、人々に神を信じるよう説いたのだ。
それだけではない。シーナは、ミコーヤを国として整備した。シーナは、精力的に走り回って、イセールの町の大神殿をミコーヤ教の本山とし、学校や兵役を制度化した。この時、従前からあった神学校や親衛隊と国防軍をミコーヤの正式な学校や軍隊として組み込んだ。
セフィーラは、シーナにつき従って、イセールの町から中央山脈の山々まで歩いた。
四年目以降、お付きを介するルールができたので、大好きなシーナに会うことができなくなった。
だから、会うのは久しぶりだ。
セフィーラは、シーナの笑顔が好きだった。特に、笑うと右の頬に現れるエクボが好きだった。
三年も離れていたせいだろう。会ってみると、以前の印象と随分違って見えた。
あの頃は、ひたすら大きく見えたし、大人に見えた。今、十五になってみると、セフィーラが大柄なせいもあって、そんなに大きく感じない。むしろ、小柄に見えた。
自分が大きくなったせいだろうか。だが、それだけじゃない感じがした。
久しぶりに会ったシーナに違和感を感じた。
わけもなく胸が騒いで、言葉が出ない。
やっと言えたのは、一言だけだった。
「もしかして……」
シーナは、三年前と同じく、やるべきことを精力的にやった。
セフィーラがシーナから受けた最初の託宣は、神官たちにエドバルトとナーニワへ布教活動を行うよう命じることだった。
兵役を終え、多少なりとも自分の身を守れるようになった神官たちを宣教師として両国へ派遣し、ミコーヤ教を広めるよう命じたのだ。
志願した神官には、男も女もいた。中には、セフィーラが尊敬するビゼー師やカーチャ師もいた。みな、神の教えを記した書を携え、出発して行った。その先に何があるのか、セフィーラには分からなかったが、困難な道であることだけは確かだった。
エドバルトやナーニワで布教活動する神官たちは、年に一度帰国し、各地の状況を報告した。その際、セフィーラも同席し、宣教師とシーナの間を取り次いだ。
どちらの国でも布教活動は困難なものだった。だが、神託によって天候を予知したり、病気を治したり、農業技術を指導することを通じて、両国の民だけじゃなく、役人や政府からも好意的に迎えられるようになって行った。
ミコーヤ教がエドバルトやナーニワに広まると、エドバルト王とナーニワの盟主がシーナに謁見した。シーナが両者と会ったのは、後にも先にもこの時だけだ。
ミコーヤ神国では、お付き以外シーナに会うことはできない。だが、さすがに国賓とあって、シーナは二人と対面した。
シーナは、少女のような感性と老練な政治家のような実行力を持った人だった。
年の頃は、二十代後半と言ったところで、この後、その美貌と稀有な能力をめぐって、エドバルトとナーニワが争うことになるが、この時、誰もその可能性に気付く者はいなかった。
シーナと会ったエドバルトのエドモンド一世とナーニワの盟主であるセンバー家のウイリアムは、その美しさと聡明さに魅入られてしまった。どちらも、シーナとミコーヤを手に入れようとして、エドバルトとナーニワの戦争が勃発した。
戦いを通じて、両国は犬猿の仲となった。
三年後、新しいお付きが選ばれて、セフィーラの任務が終了した時には、両国の関係は修復不能になっていた。
お付きの任務終了後、セフィーラは、神託によって神官になるよう命じられ、今日に至っている。
これまでお付きになった者で、お付き時代の記憶を保っているのは、セフィーラを除いて三人だけだ。
彼らは先達と呼ばれ、ミコーヤ教の中枢で重んじられている。
他のお付きは、何故か、お付きであったことを忘れて、神官あるいは文官や武官、教師になっている。
何かの強い力が働いて、お付き時代の記憶をなくすのだ。
極秘事項を扱う神託を代弁するのだ。
お付きの任務が終わっても、守秘義務は続く。
禁止命令にストレスを感じるより、忘れることで許される方が楽なのだろう。
人生において輝かしい青春時代の三年間の記憶をなくすのは辛い。だが、記憶をなくしたお付きも、お付きだったことで一目置かれる。ミコーヤにおいて、それなりの地位を得ることができるのだ。
お付きは、神学校の生徒たちにとって、憧れの的だ。国民の誰もが経験する兵役とは違い、ミコーヤの中枢を担うからだ。
お付き候補の学生や親衛隊員たちは、お付きになるため画策することになり、お付き選びが近づくと、お付きになるための方法を探ろうと先達たちに接触する。
彼らにとって、先達はエリートだ。そして、その前提となるお付きは最高の出世コースなのだ。
お付き選びの前年の夏頃から、セフィーラたち先達に、お付き候補が、ミコーヤ教の教義の解釈について質問に来たり、お付きの心得を学びに来たりするようになる。
長く神官をしていると、無駄な努力をする青少年に、それは無駄なことだと諭す気にもならなくて、セフィーラは彼らの気が済むようにやらせることにしている。
だが、彼らは知らないし、知らせてはいけないのだ。
お付きを選びには基準がないということを。
お付きはシーナさまの判断だけで決まり、シーナさまの判断には何の基準もないということを。
あるとすれば、それはシーナさまの気まぐれだけだ。
セフィーラが選ばれた基準は無口だった。だが、次の回の基準は運動神経、その次の回は成績で、そのまた次の回は容姿だ。
シーナさまは、様々なタイプをお付きに選んで楽しんでいるのだろうか。そう思ったのは、セフィーラが三十代になった頃だ。彼がお付きの任を終えて十五年ほど経っていた。つまり、彼の五代後のお付きが選ばれた頃のことだ。
だから、候補者たちに、教義の勉強をすればお付きになれるのかと訊かれても、そうだとも違うとも言えない。
ただ、若者の夢は大事にしてやりたかった。
それが、彼らの希望に繋がるし、引いては、ミコーヤの将来に繋がるのだから。
ミコーヤが、巫女によって恣意的に統治されているとか、人材登用を好みだけで行っているといった風評が立つと、若者の人生に悪影響を及ぼしかねない。
若者には健全な野心が必要だし、ミコーヤは徹底した平等主義で、彼らの野心を育てている。
それなのに、肝心の巫女のお付きの人事が恣意的だというのは、ミコーヤにおける唯一かつ最大の矛盾だった。
巫女が出現した頃から地震が増えた。特に、ここ十数年、地震が頻発するようになった。
セフィーラには嫌な予感がした。小さい頃、父から聞いた家に伝わる極秘の家訓が気に掛かった。
巫女に忠誠を尽くすことが、ミコーヤの民を救うことになる、というあれだ。
あの話には先があって、大地の揺れと巫女の出現は天変地異の前触れだ、と言うのだ。
巫女の出現は、ミコーヤの民にとって光明だが、天変地異の前触れでもあるのだ。
巫女が現れてから地震が増えている。
隣国のエドバルトもナーニワも地震で大きな被害を受けた。
去年なんか、エドバルト第二の都市スーンの下町が壊滅的な被害を受けた。大地が揺れ、多くの建物が倒壊したのだ。ナーニワも同様だ。ミコーヤとの国境近くのオーリーの町が半壊した。どちらも死傷者の数は千人を超えたという。
ミコーヤでも同じだ。イセールの北の町ムーセツが大揺れに揺れ、死者数百人を超えた。
大地の揺れと、巫女の出現。
天変地異の前触れだ。
セフィーラが先達として、お付き時代の記憶を留めているのは、天変地異に備えるために必要だとシーナが判断したからだ。
今年のお付きはカイに決まった。確かに、行動力はありそうだ。
シーナの気まぐれとはいえ、異端児をお付きに選ぶのは、天変地異が間近いのだろうか。
いずれ、お付き競争に敗れた連中が巫女やお付きの任務の内容を詮索するだろう。お付き選びの度に起きる現象だ。
カイは、それらにどう答えるだろう。うまくごまかしてくれれば良いのだが。




