シーナの提案
唖然、呆然、絶句した。
仮にもミコーヤの巫女の代弁者をそんないい加減なノリで選んでも良いんだろうか。
死に様を見たくないからお付きにするという発想そのものが異常で、信じられないものだった。
「シーナさまが、そう決めた。決めた以上、そうなる。だが、これだけは言っておく」
セフィーラは、一呼吸置くと、重々しく告げた。
「今後、シーナさまに関することを他の人間に漏らすんじゃない。誰かに話したら、その時こそ、お前は死ぬことになる。お前だけじゃない。お前の話を聞いた人間も同様だ。
次は、シーナさまだって、助けることができない。よっぽど誰かに話したくなったら、俺が相手してやる。俺に話すんだ」
そう言って、誓約書にサインさせられた。
誓約書には、「お付きの職務に就いている間及びお付きの職務が終了した後、在職中に関わった職務及び巫女に関する情報を他言しないことを誓います」と書いてあった。
誓約書にサインしながら、カイは昔話にあった『王様の耳はロバの耳』を思い出していた。王様の耳がロバの耳であることを知った床屋が、口止めされていたのに、誰かに話したくてたまらなくなる話だ。
でも、そこまで秘密にしなければならないなんて。
シーナさま、結構、綺麗だったのに。
カイは、そのまま神殿の奥から更に進んで離れと呼ばれるシーナさまの部屋に連れて行かれた。
離れは小さな建物で、神託を受ける祈りの間を中心に寝室、食堂、風呂や洗面所、それにトイレなんかのシーナさまのプライベートスペースが配置されたものだ。
そこでお茶をごちそうになった。
一般人の手に入らないような高級で値段も馬鹿みたいに高いお茶だ。
確か、一杯で家が買えると聞いたことがある。
近くでシーナさまを見て、再確認した。
やっぱり若いのだ。神殿で遠目で見たとおりだ。ほっそりと背が高く二十代後半と言ったところだ。
「あり得ないって。
十五でお付きをしたセフィーラさまが今現在六十超えてるのに、シーナさまの年齢が二十代って、計算が合わない」
呆然とつぶやくカイに、シーナがピシャリと言った。
「君は、エドバルトと本格的に戦争をしたいそうだね」
低めの力強い声だ。
彼女の手元には、カイが二年の時に提出したレポート『エドバルトに対する外交政策と撃退方法について』が置かれている。
エドバルト、ナーニワ、ミコーヤの三国の戦争状態と今後の外交方策について論ぜよ、という課題で書いたレポートだ。
あのレポートでは、悪辣卑劣なエドバルトを思いっ切り非難した。
攻撃されてから防御するという現在の防衛体制の欠点を指摘し、攻撃は最大の防御だという格言に乗っ取って国境付近に駐屯するエドバルトの小隊を積極的に攻めることも考えるべきだ、と、ぶち上げたのだ。
シーナの口ぶりには、カイの考え方を批判するようなニュアンスがあった。
この案は、カイ一人で考えたものじゃない。
神学校に入る前、ナタルたちと練った策だ。
それが悪いと決めつけられて、思わず言い返したくなった。
「戦争しなくて済むなら、それに越したことはないですが、何しろ敗残兵の攻撃がひどいので、やられっぱなしと言うのもどうかと……」
「ボクは、好戦的な方法は好きじゃない。さらに言わせてもらえば、意味のない戦いは嫌いだ」
「でも、それじゃ、タナアの民を、国境地帯の民を見捨てるんですか?」
「エドバルトなんか、放っておいても消滅する」
「それって、神託ですか?」
「そう。君は、本気でミコーヤがエドバルトとナーニワの戦いの勝者の属国になると思っていたのかい?」
「三国協定って、そういう意味だったんじゃ……」
「近い将来消滅する運命のエドバルトやナーニワに向かって、『あなた方は、もうすぐ消滅する。だから、勝手にやってくれ』なんて言えると思うかい?」
なら、せめてタナアの民にそれを教えろ。無駄に苦労させられたじゃないか。
カイの心の声が聞こえたのだろうか、シーナは平然と切って捨てた。
「両国の消滅は確定している。だから、それまでの間、タナアやマッサのような国境地帯の町を守る手立てを考えれば良いんだ。
君のご両親のことは資料で読んだ。偵察、つまり情報収集に失敗したケースだ。
その点の反省を踏まえ、今後、国境地帯の情報収集に力を注ぐことにする」
俺の両親もナタルの両親もみんな死んだのに。情報収集に失敗したケースだって?あんたにはその程度の話でも、俺たちにとっちゃ重大事件だったんだ。
「いろいろ思うところもあるだろうけど、質問は受け付けない。お前は、ただ、指示通りに仕事してくれれば良い」
死刑宣告にも等しいその言葉にカイは目の前が真っ黒になった。
本当にお付きになってしまったのだ。
同学年ではテーベやマルコといった優等生がいるし、上の学年にもルカやレビといった優秀な人材がいるのに。
よりによって、はみ出し者の自分がお付きになるなんて。
カイの混乱が面白いのだろう。シーナが薄く笑った。
「悪いようにはしない。協力してくれたら、君たちの夢をかなえてあげよう」
「俺たちの夢?」
「君たちは、大陸に渡りたいんだろ?」
「一体、どうしてそれを……」
まさしく巫女だった。シーナは、誰にも話したことのないタナアの子供たちの夢を知っていた。
シーナに挨拶した後、隣接するお付きの部屋へ案内された。
神学校の寮の部屋より一回り大きい部屋で、ベッドや机やタンスが備え付けられている。
タンスには、お付きが着る僧衣が用意されていた。通常の神学校卒業生――新米の神官――が着る僧衣は白い綿でできているが、お付きが着るのは絹だ。カイのために用意されたものだ。
前のお付きのアムルは、セフィーラの配下の神官として神殿に残るらしい。剣や弓、それに体術を苦手としていたから、当然と言えば当然だった。
あいつは、先達になれたのだろうか。
興味はないけど、自分の人生に通じるのだ。後で確かめてみよう。
ナタルとともに国境警備隊に配属されて、一緒に国を守ろうと思っていたのに、とんでもない方向へ流されてしまった。
一体これからどうなるんだろう。
今後の三年間、いや、その三年後も無事に国境警備隊に配属してもらえるのだろうか。
そもそも、近い将来エドバルトが消滅する運命にあるなら、国境警備隊を目指すカイたちの計画は大きく狂うことになる。
だが、それは、漏らしてはならない超極秘事項だ。
俺はどうなるのだろう。
タナアはどうなるんだろう。
ナタル、俺とタナアのために祈ってくれ。
カイは、神でなく、ナタルに祈った。どさくさでお付きに選ばれてしまった自分が、ひどく可哀想に思えた。
翌日、カイがお付きに選ばれたというニュースが神殿中を駆け巡った。
「よりによって、あんな異端が、どうして…」
と、絶句する者もいれば、
「ああ見えても、カイは教義以外の成績も良いし、何より、剣や弓や体術に秀でているから、最近のエドバルトやナーニワの情勢を踏まえて、熟慮された結果だろう」
と、うがった見方をする者もいた。
だが、お付き候補の面々、とりわけカイと同学年の優等生たちは歯ぎしりして悔しがった。
「何で、あいつが…」
「あんな山出しがお付きの責務を果たせるはずがないじゃないか。シーナさまを直視して叱責されるようなヤツだぞ」
「一体全体、シーナさまは何を考えていらっしゃるのだ?」
「きっと、カイの腹黒さをご存知ないのだ。ご存知なら、お付きに指名するはずがないじゃないか」
筆頭はテーベだった。
彼は、この三年間、お付きのアムルにかしずいて、彼のために尽くしてきた。それが、シーナに尽くすことに通じると思ったからだ。
当然、シーナはテーベの努力を知っていて、アムルの次のお付きに指名してくれると信じていた。
テーベは、もはや神が信じられなくなった。
ミコーヤ神は、テーベを見離したのだ。
あれほどアムルに尽くしたのに。アムルを通じてシーナに尽くしたのに。
牡鹿亭でのあの大喧嘩がいけなかったのだ。あれのせいで、シーナの印象が悪くなってしまったのだ。
でも、そうだとしたら、あの喧嘩のもう一人の中心人物であるカイが指名された理由が分からない。
「シーナさまは、どうしてあいつなんか選んだんだろう?」
謎だった。
シーナは腹黒な美人でした。(笑)




