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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
19/32

選ばれた理由

カイがお付きになったのは、とんでもない偶然でした。

 その晩、カイとテーベは牡鹿亭で大喧嘩した。そして、参加者全員、つまり十五名の元神官見習いが神学校へ呼び戻されて説教された。


 説教慣れしているカイや劣等生グループは平然としたものだったが、優等生グループの面々にとっては屈辱だった。


 特に、在学中一度も説教されたことのない優等生のテーベにとって、人生最大の汚点だった。

 これでお付きになれなくなったら、お前たちのせいだ、と涙を流して地団駄踏んだほどだ。


 カイやレオンたちは、お付きに縁があるじゃなし、若気の至りの失敗談だと一笑に付しただけだが。

 



 騒動の原因となったのは、シーナの容姿について見解が食い違ったことだ。

 

 テーベたちは、足下しか見てはいけないとのきまりを真面目に守って、体つきがどうのこうの語り合っていた。

 思ったより華奢な感じだったとか、案外スラリとした体型だったとか、噂どおり髪が長いようだったとか、そんな感じだ。

 

 お付き選びの解放感で、つい、話がそっちへ行ったのだ。

 

 だがカイはテーベたちの比じゃなかった。隣のテーブルで同じようにシーナの容姿の論争に興じたカイは、テーベたちの想像もつかないことやってのけていたのだ。


 カイは、自慢の視力を最大限に生かして、しっかりとシーナの顔を直視したのだ。

 

 

 驚きだった。

 

 はっきり言って若かったのだ。まあ、遠目だから小ジワまで分からなかったが、二十代と言っても通るほどの若々しさだったのだ。

 絶世の美女ではないまでも、意志の強さを表す鋭い視線に体がすくんだ。


 シーナは、カイが自分の容姿を観察していることに気付いて、とがめるような目を向けた。視線がぶつかり、眼力に気圧される。

 さすがに、神託を受ける巫女だった。


 だが、にらみ合いなら負けない。カイは、ミコーヤの不条理を体現する巫女の視線を押し返した。

 セフィーラがカイの説明をする短い時間に起こった戦い(バトル)だ。


 お付き選びが巫女との戦い(バトル)だなんて、誰が思うだろう。


 通常は仲間との戦い――足の引っ張り合いとも言う――で、巫女は審判だ。だが、カイは、確かに巫女と戦った。

 勝敗が決まる前に、時間切れになったが。


「あんなに遠いのに良く見えたな」

「って言うか、あの遠さでシーナさまを見ようなんて、やっぱりお前は豪傑だ。ただ者じゃないって」

「でも、シーナさまが若かったって、それってどういうことだろう。巫女は人じゃないんだろうか」

「そう言えば、そういう噂もあったな。だから、シーナさまに関することは、マル秘だって聞いたぜ」

「ん~。人じゃないなら、シーナさまは何なんだろう」

「神かもしれん」

「いや、神との連絡を司るから天使か御使いだ。きっと」


 

 場が一気に盛り上がる。


 落ちこぼれの集団は、勝手な想像をして面白がった。今日は何を言っても、何を聞いても可笑しい。酒を飲みながら大口を開けて笑い合った。


 規則ずくめの神学校を卒業し、最後のお勤めであるお付き選びも終わったのだ。

 解放感にあふれていた。

 もう、口うるさい神官たちの説教を謹聴しなくても良いのだ。

 三年間兵役に就くが、それだって神学校ほど堅苦しくないはずだ。


 窮屈な大神殿を出て、自由に羽ばたく。

 それは、とても魅力的に思えた。


 ミコーヤを牛耳る巫女の真の姿を見た男の報告は、彼らの好奇心を刺激した。


 思いの外、若かったという常識ではあり得ない話さえ、ミコーヤの巫女ならありかもしれない、と納得した。


 一同は、カイの話を肴に盛り上がった。

 


 それが、テーベたち優等生グループのかんさわったのだ。


 テーベの腰巾着のスーホは真っ赤になって反論した。


 「シーナさまは体つきこそ細身だが六十代の女性だった。そもそも、シーナさまを直視するなんて、不敬も良いとこだ。神官先生に叱られるぞ」


 そう非難したのだ。


 カイたちは神学校を卒業したばかりで、兵役が始まるまでの間、神官先生と呼ばれる教師の指導下にあった。

 でも、卒業したのに、他人を批判するのに恩師の力を借りること自体、子供っぽい理屈だった。


 口論が高じて喧嘩になり、牡鹿亭の亭主が神殿に通報したことから、元担任に知れることとなり、シーナさまの容姿を論じたということで、大目玉を食らったのだ。




「お付き選びの度にあるお約束の不祥事だがな」


 ため息とともに吐き出された一言に、一同は絶句した。


 つまり、歴代の神学生にとって、シーナさまの人となりは、知りたいが知ってはならない究極の秘密で、シーナさまに最接近できるお付き選びの日は、まさに、タガが外れたように、その人となりの探求が行われて来たのだ。




 一旦寮に帰った後で、カイは再び呼び出しを受けた。


 あれは、済んだことだ。済んだことを蒸し返して叱られるのも不本意だ。


 見れば、呼び出されたのは、カイ一人。

 他の連中は、無罪放免というか、あの程度の叱責ですんだのに、カイだけが呼び出されたのは、シーナさまを直視したという不敬を行ったからだろう。


 ヤバイ。兵役に悪影響がなければ良いが。


 カイは、小さく一人ごちた。


 不祥事の懲罰的意味で、他の連中が行きたがらない、言うなら条件の悪い部署へ配属されたりしたら、三年間は地獄だ。

 しかも、ナタルとの約束が果たせなくなる。


 こんなことなら、シーナさまを直視するんじゃなかった。


 後悔しても始まらない。第一、後でクヨクヨするから後悔と言うので、事前に分かって止めていたら、後悔とは言わない。 


 自分で蒔いた種だ。自分で責任をとろう。


 覚悟を決めた時、セフィーラが現れた。


「ずいぶん、派手にやったらしいな」


 いつもは、無口で通っている上役ひとの珍しい軽口に頭を抱えた。


 事態は、最悪に進んでいた。

 セフィーラが軽口を言うなんて、真夏に雪が降るようなものだ。


「若気の至りです。みんな、お付き選びに参加できて興奮していたんです」

「喧嘩のことじゃない。お前が、お付き選びでやったことだ」


 やっぱり、そっちを責めている。


 あんな場所で公言したのは失敗だった。後でこっそり、レオンやナタルにだけに話せば良かったのだ。

 神学校卒業後解禁された酒のせいだろうか。


 あれだけ大っぴらにしてしまったのだ。今さら、言い逃れはできない。


「申し訳ありません。つい、出来心で」

「出来心で、してはならない行為をすることを犯罪と言う。知らなかったのか」

「神学校で教わりました。でも、好奇心は猫をも殺す、です。人間は弱いものです。やっちゃダメだって言われれば、何とかしてやってみたいと思うものです」

「思うだけなら許される。問題は、実際にやってしまったってことだ」

「不敬は、重々お詫びします。兵役で一番大変な部署に配属してくれて結構です。それで、シーナさまのお気が済むなら、どんなことでもします」


 自らまな板に飛び乗って、さあ、どうにでも調理してくれ、と言うのは、勇気が要った。


 でも、向こうから罰を持ち出される前に謝罪の気持ちを表さないと、事態が更に悪化するように思えた。


「思ったより、度胸があるようだな」


 そう言うと、セフィーラは薄く笑った。


「結構、一番大変な役に就いてもらおう。ついて来い」


 目の前が真っ暗になった。



 ナタル、ゴメン。国境警備隊に行けそうにない。兵役が終わるまで待っててくれ。


 犯罪者として牢に入るよりマシだろう。と、心の中で言い聞かせ、嫌がる体を引きずって付いて行った。

 いや、付いて行くと言うより、連行されると言った方が良い。

 


 だが、そもそもシーナさまを直視したぐらいで犯罪だという規則自体、不当だと思った。


 逃げれるものなら、逃げ出したかった。


 そのままセフィーラの執務室に連れて行かれた。小さいが居心地の良さそうな部屋だ。

 

 セフィーラが尋ねた。 



「どうして、シーナさまを直視したんだ?」

「ミコーヤの国政の指針を告げる人に興味があったんです」

「実際、直視して、どういう印象を受けた?」

 

 正直に答えるべきかどうか逡巡し、ここまで来たら、毒を食らわば皿までだ、と思い切ってぶちまけた。


「思ったより若い印象を受けました。セフィーラさまがお付きをされたと聞いていますので、多分、六十五歳以上だと思うのですが、年齢に似合わない若々しさで驚きました」

「視力は良いのか」

「はい、中央山脈の中腹の小さな集落で生まれましたので。

 そこでは、住民の半数近くが猟師なんです。いわゆる山の民です。

 父もそうでした。

 猟師にとっては、遠くの獲物を見つける視力が生活を左右するんです」


 セフィーラは、ため息をついた。


「その馬鹿馬鹿しい好奇心で生命を落とすかもしれんのだぞ」

「の、ようですね。反省してます」


 静かな息を吐いて、セフィーラが言った。


「シーナさまは、お前が死ぬのを見たくないと思われたようだ」

「は?」


 どういう意味か分からない。質問しようとすると、やけくそのように告げられた。


「シーナさまは、お前をお付きにするそうだ」


「はあ?」

「だ、か、ら、お前をお付きにすることにされたんだ」


 へえ、そうですか。と、答えかけ、台詞の意味に気が付いて驚愕した。

 

 そんな馬鹿な話があるだろうか。

 テーベたち優等生が血眼になってなりたがっている職務だ。


「なんで?」

「理由は聞いておらん。だが、推測することはできる」

「推測って?」


 あの無精な巫女が説明しない理由をセフィーラが推測すると言う。

 一体、どういう理由で自分をお付きに選んだのだろう。


「そうすれば、お前は死ななくて済む」

「冗談でしょ?」


 一瞬、耳を疑った。あんなことぐらいで、死ななければならないなんて。

 そう言えば、さっきセフィーラがそんなことを言っていたような……。


 今頃気が付くなんて、どうよ。って、そっちじゃない。


 とんでもない話だった。


「いや、シーナさまは本気だ。お付きが情報を漏らしたら、死んでもらうことになっている。それが、きまりだ。

 歴代お付きが秘密を守るのは、そういうきまりがあるからだ。

 文字通り、死守しなければならない秘密だ。

 お前は、お付きでないのにシーナさまの情報を知ってしまった。しかも、それを漏らした。

 情報を漏らしたことはともかく、あの情報はお付きなら知って当然の情報だ。お前がお付きになれば、被害を最小限度に留めることができる」





つまり、シーナさまの気まぐれで、カイはお付きになったわけです。テーベがかわいそうです。

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