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ミコーヤ神国物語  作者: 椿 雅香
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お付き選びの日(カイの場合)

第8章 お付き選びの日(カイの場合)


 その連絡があったのは、春分の日の前日だった。明日の朝八時に大神殿の大広間へ集合せよとのことだった。


 兵役だろう、とカイは思った。

 兵役の招集場所は、例年、大神殿に決まっている。きっと、それだ。


 どの道、武官を志すのだ。事前研修だと思って訓練に励もう。それが終わったら、ナタルとともに国境警備に励むのだ。



 翌朝、神官身分の神学校卒業生が着ることになっている白い僧衣をまとって食堂へ赴き、そこにいる青年たちを見て、兵役の招集でないことに気が付いた。

 

 明らかに、別の目的を持って召集された集団だった。

 

 兵役義務者の招集なら、様々な学校の卒業生で構成される十五歳の男女の集団だ。神官長から呼出状が手渡され、それぞれの配属先を告げられることになっている。

 

 大神殿へ向かうべく食事をしているのは、全員、神学校の卒業生で、しかも年齢が十五歳から十七歳の男子に限定されていた。一様に白い僧衣をまとい、興奮状態だ。

 

 新しいお付きを選ぶために呼ばれたことを知った。

 

 女子や下級生が応援と見物を兼ねて姿を見せていた。

 

 テーベたち優等生がピリピリしていて、それを女子や下級生が興味深そうに見ている。

 彼らにとっては他人事だ。成績が優秀な者ほど青い顔で震えている。

 

 カイにとっても興味深いことだった。

 

 巫女も人の子だ。ばあさんになっても、見目麗しく優秀な男子がお好みなのだ。

 これまでのお付きを見れば分かる。いずれも、成績優秀で眉目秀麗な青年が選ばれている。しかも、招集されるのは十五歳から十七歳までだが、選ばれるのは、優秀な十六か十七の成績トップの親衛隊員だ。

 

 さっさと終わって、国境警備に派遣してもらおう。ナタルと同じ地で軍務に就くのだ。そして、兵役が終わり次第司令官になってエドバルトを撃退するのだ。

 

 無関係を自覚するほど強いことはない。


 媚びることもないし、おもねることもない。

 

 しばらくニケたち女子と談笑した後、一同に手を振りながら大神殿に赴いた。

 

 


 お付き選びの会場である大神殿に入っても気楽なものだった。

 

 同級生を見渡すと、神官志望で野心家のテーベは、ハイテンションで友人にお付きの心得を力説していた。

 美しい顔が紅潮して、いつもより輝いている。

 カイは、その美しさに一瞬見とれたが、話の内容に脱力した。


 お前、その顔で、言うことがそれか。もっと建設的なことに熱中すればいいのに。

 

 カイは、小さくため息をついた。

 

 テーベが力説していたのは、今までのお付きたちは巫女の希望をもっと推察して働くべきだったとか、巫女の好みを研究すべきだとか、そういうどうでも良いことだった。


 神や巫女のことより、民のことを考えれば良いのに。あの真面目さで民のために行動すれば、良い仕事ができるだろうに。


 カイは、テーベの真面目で何事にも真摯に取り組む姿勢を評価していた。

 周りの連中がテーベのそんなところを利用するのを苦々しくさえ思っていた。


 だがテーベ本人は、他人に利用されている自覚がない天然で、巫女のために身命を賭して働く気でいるようだ。


 神と巫女のため、というミコーヤ独特の理念に凝り固まっているのだ。

 それがテーベという男だった。


 本命はお前だ。お付きになったら、そうしてくれ。


 ポツリとつぶやくと、側にいたレオンが笑った。


 レオンは、マッサの出身で、どっちかと言うと、優等生とは程遠く、及第点すれすれで進級する落ちこぼれグループに属する。

 間違ってもテーベが相手をする男じゃなく、男子学生の中ではカイと話が合う方だ。


 こいつも、俺と同じだ。そう思うと、おかしくなった。


 テーベのように、このイベントに生命をかけている者もいれば、無関心でどうでも良い者もいる。それが、お付き選びだ。


 ドキドキすることも、やることもない。要は、暇なのだ。

 手持ち無沙汰で、何となく話しかけた。


「なあ、レオン、お前、シーナさまって幾つだと思う?」

「まあ、セフィーラさまが十五の時二十歳過ぎだったとして、あのお方が、六十越えてるってことは、若くても六十五、六なんじゃねえか。ってことは、ババアってことだな」

「だよな。でも、ばあさんでも良いんだ。問題は、ばあさんが死んだら誰が託宣を受けるんだろうってことだ」

「きっと上層部で問題になってるだろうよ。最重要検討課題ってな。このミコーヤの平均寿命が六十三だ。限界じぇねえか」

「それにしちゃ、切迫感がないと思わないか」

「確かに。次の巫女のことも託宣が下りてるんだぜ。きっと」

「言えてる」



 しばらくして、神官長のセフィーラが席に着くよう促した。どうやら、この集会は彼が仕切るらしい。


 神殿の入り口付近にカイやテーベたち先日卒業したばかりの神学生と去年一昨年の卒業生が座り、前方に幹部神官のお歴々がお付き候補に向かって座る。中央部分がごっそり空いているのが奇妙だった。


 最奥、祭壇の右の奥まった席に誰かいる。


 シーナだった。

 

 セフィーラが、招集された青年の名前や成績を一人一人読み上げる。呼ばれた者は、その場に立って頭を下げる。視線はシーナの足下で、決して顔を見てはいけない。それが、きまりだ。


 だが、シーナの鎮座する席は、神殿の最奥と言って良く、よっぽど視力が良いヤツがガン見しても、目が大きいのか小さいのか、瞼が一重か二重か、鼻筋が通っているか通っていないか、唇がぽっちゃりしているのか薄めなのか全く分からない。 

 かろうじて顔が細長いことがぼんやり分かるだけだ。


 しかも、規則どおり伏し目がちに見るだけじゃ、観察することなんかできはしない。それじゃ面白くないのだ。


 カイは、計画どおり思いっ切り凝視した。

 

 自慢じゃないが、山の民の視力は良い。

 シーナがバッチリ見えた。見えたどころじゃない。想像と違いすぎて絶句した。というか、頭の中が真っ白になった。

 

 遠くで、セフィーラの声が聞こえた。


「カイ、成績は下の上。弓、剣、体術などが得意。辺境出身で市井の生活に通じる」


 セフィーラの説明が右の耳から左の耳へすり抜けて行く。まるで、他人事のように聞こえた。


 人間というのは、自分の置かれている局面が分からないと、外から聞こえる台詞が、右から左へスルーして行くものらしい。聞こえる声が言葉だと思えない。音声の認識はできても、それが意味するものと結びつけることができないのだ。

 

 候補者全員の説明が終わると、儀式イベントが終了し、解散と相なった。これから、シーナが誰を選ぶか考えるのだという。

 

 一同、大仕事が終わった高揚感で散会した。



 

 深く大きな深呼吸をして、カイは動揺を抑え込んだ。


 あれは何だったんだ?

 よく分からないが、忘れた方が良い。


 あまりにも異常で、理解不能だった。


 ミコーヤ教は、理論的な宗教で不合理を嫌う。それなのに、肝心の巫女は、不合理の極みだった。


 シーナさまは人間じゃないのかもしれない。

 神殿関係者は、それが分かっているのだろうか。



「カイ、お前、やっぱり武官志望なのか」


 レオンの問いに、我に返った。


「ああ、タナアへ帰る。お前だってそうだろ?」

「辛気くさい神殿でばあさんの指図受けて右往左往するのは、ゴメンだ」

「そりゃ、言い過ぎだ。ばあさんかもしれんが、無茶なことは命じないって話だぞ」

 

 ばあさん。カイは、これまでそう思っていた。だが、この時は、『ばあさん』と口にしながら、納得行かないものを感じた。


「そりゃ、公式にはそういうことになってるさ。でも、考えてもみろよ。六十過ぎたばあさんって、頑固だぜ。

 俺のばあちゃんなんか、頑固で強情で、いっつも親父と喧嘩してたぜ。しかも、やりあっても負けなかった。いや、ありゃあ、七三で勝ってたな」


 カイが普通じゃないことに全く気付かず、レオンは、自分の祖母の悪口に夢中になっている。

 能天気な男だ。


 カイは自分が動揺していることに気付かれずに済んだことに安堵した。


 話の流れで、知り合いのばあさんの悪口を言い合っていると、遠くで二人を呼ぶ声が聞こえた。


「おーい。帰りに、牡鹿亭で何か食って行こうぜ」

「これが最後だし。レオンとは何度か一緒したけど、カイとは一ぺんもない。卒業記念にどうだ?」

 

 テーベに言わせると、落ちこぼれ集団グループの連中だ。

 

 二人は顔を見合わせた。あいつ等と一緒に飯を食うのもこれが最後だろう。望んで同席したいわけでもないが、忌避したいわけでもない。

 これが最後だと思えば……ということで、仲間たちに続いた。

 



 

 途中、神殿前の広場に芝居小屋がかかっていた。客寄せが滔々(とうとう)とまくし立てている。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。セーツ一座の最高傑作、『クロイツとサーラ』だ。

 時は、今から五十年前。ナーニワとの激戦で大怪我したエドバルトの士官クロイツが、ミコーヤの薬商人の娘サーラに生命を助けられ、恋に落ちる。

 だが、ミコーヤには有名な結婚禁止令がある。そう、ここミコーヤでは、エドバルトやナーニワの連中と結婚してはならないのであ~る。結婚はもちろん、恋愛さえ禁止されているってね。

 無粋な法だねえ。

 だが、悪法も法なり。そこに法がある以上、守らなきゃなんねえ。バレたら犯罪者だ。いや、バレなくても犯罪だって。

 気立ての良いサーラはクロイツを守ろうと、涙を飲んで別れを告げる。

 だが、勇敢だが無謀なクロイツは、サーラをさらってでも思いを遂げたいと計略を巡らせ、そして、それが神官たちの知るところとなって……あわや、二人の運命は……。シーナさまの託宣は……。

 こっから先は、芝居を見てのお楽しみ。セーツ一座の自信作。見ないと一生の後悔するよ。

 さあ、入った入った。大人、1500マール、子供が800マールだ」



 客寄せの口上を聞きながら、カイは小声で囁いた。


「なあ、レオン」

「なんだ」

「お前、変だと思ったことないか」

「何が」

「士官や敗残兵じゃなくても、エドバルトやナーニワからの流民が入り込むことがあるだろう」

「圧政に逃げ出した連中のことか」

「ああ、両大国は戦争し過ぎて国力が落ちた。だから、農村が疲弊して、農民が流民化するんだ」

「それが、どうかしたか」

「ミコーヤは、民に対して寛大な国だ。しかも、徹底的な平等主義をとる。それなのに、流民なんかの他国の民と結婚してはならないって、婚姻を禁止するんだ。しかも、その前提として恋愛さえ禁止している」

「お前、それって危険思想だぞ。誰かに聞かれたら……ヤバイ」




次回で、カイがお付きに選ばれた理由が明かされます。

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