テーベの努力と痛恨の失敗
第七章 テーベの努力と痛恨の失敗
突発的な礼拝が行われるとき、礼拝が行われる地域の神殿や社の鐘が鳴り、人々は日常を捨てて馳せ参じる。
兵士や学生は、集まった信者の名前と住所を確認し、人々を町毎にまとめる。
町内会の礼拝担当者が、病人や怪我人を連れて来るのを手伝いに行ったりする。
食事時に神殿や社の倉庫に備蓄してある食料を配給するのも、学生や兵士の仕事だ。
通常、礼拝は三日で終る。その間、集まった人々はひたすら祈るのだ。
自分たちを救ってくれるように。様々な災厄から救ってもらえるように。
食べ物と寝場所は保障されている。ミコーヤの人々は、家や畑に残して来た様々な仕事に心を残しつつも、一丸となって祈るのだ。
テーベもカイも神学校在学中何度も礼拝を手伝った。民が神に近づく手助けをするのだ。神学生にとって、光栄な任務だ。
テーベの見るところ、異端のカイは礼拝そのものより、礼拝に集まる人々が神殿や社にたどり着くためのルートや集合時間の短縮にこそ興味があるようだった。
現に、礼拝に集まる際、身体障害者や老人を介添えする方法を提案して、人々に感謝されたという。
話を聞いて、妬みより呆れが先に立った。
あいつ(カイ)は本質とは違うところで生きる男だ。
神学校の一日は、鐘によって区切られている。
起床の鐘。朝の祈りの時間を知らせる鐘。朝食の鐘。授業開始の鐘。昼食の鐘。午後の授業の鐘。夕食の鐘。そして、就寝の鐘といったぐあいだ。
これには、国中に響く神殿や社の鐘とは異なり、神学校関係者にだけに聞こえる鈴のような音色の鐘が使われる。
テーベは最上級生だ。毎日、模範的な優等生として、授業で学ぶ教義の理解に努めるとともに、神官やお付きの手伝いをして一日を過ごす。
この春、テーベは思いを新たにした。
絶対に、お付きになるのだ。
そのために、お付きのアムルの手伝いをするのはもちろんのこと、手が空いている限り、神官たちの日常業務の手伝いもこなした。そうやって、お付きや神官の手伝いをすることで、お付き選びに関する情報を得ることができると信じているからだ。
酒が入ると愚痴をこぼす父を見て来たテーベは、神学校の最終学年になったら、お付きになることを目標に、最大限の努力をすることにしていた。
どうやったらお付きになれるのか詳細な調査を行い、綿密な計画を立てるのだ。
一生に一度のチャンスだ。やれる限りのことをやって、何とかしてチャンスをものにしたかった。
そのために、神学校に入学した時からお付きと親しくし、できる限り仕事を手伝った。
とりわけ、アムルがお付きに選ばれた二年前からは、さりげなくアムルに近づいた。他の学生がゴマをすり始めるズッと前からだ。
アムルだけを手伝うとあざとさが目立つので、一般の神官たちの仕事も手伝った。
おかげで、テーベの評判はすこぶる良い。級友たちからは、ゴマすりだとして馬鹿にされたが、知ったこっちゃなかった。
神学校の四年間は、お付きになるためにあるので、お付きになるための準備期間にすぎないのだから。
最上級生になってすぐ、テーベは、これまでのお付き経験者の一覧表を作成した。初代のデルフォイに始まって、二代目のセフィーラ、三代目のカインと続き、現在のアムルは十八代目だ。
先達として現在もお付き時代の記憶を留めているのは、二代目のセフィーラ、八代目のシモン、十代目のラーマ、十七代目のキラの四人だけだ。
次に、彼らがどんな基準で選ばれたかを検討した。
デルフォイは成績で、セフィーラは寡黙さで、カインは運動神経で、とそれぞれ選ばれた基準が異なる。これらの基準は、一見、不規則に見えるが、何らかの規則性があるはずだった。
何しろ、相手は、ミコーヤだけじゃなく、マートヤ大陸全土、つまり、エドバルト、ナーニワといった大国にも影響を与える巫女なのだ。
一体、どういう基準で選ばれているのだろう。それとも、表には出て来ない何らかの共通点があるのだろうか。
テーベの一覧表は一部で有名になり、その法則性を研究しようと何人ものお付き候補が写しに来た。
少なくとも十数人の友人知人に教えたが、誰もその法則性を解明できた者はいなかった。
もっとも、法則性が分かったら教える約束をして写させたのだが、ライバルなのだ、解明できても正直に打ち明けるはずもなかった。
歴代お付きの選定基準の法則性が見つかれば、次回の基準を割り出すことができ、自己ピーアールに活用できる。
誰もが必死だった。
ただ一人、カイを除いて。
テーベはカイが嫌いだった。
カイはそこにいるだけで、テーベたち他の神学生を否定するように感じるのだ。
カイはそこにいるだけで、テーベたちが善と信じるものを、価値のないものとして断罪するような気がした。
見ていろ。もうすぐお付き選びだ。お付きになったら、お前なんか、顎で使ってやる。
歴代のお付きを見る限り、成績、容姿、調整能力で選ばれる場合が圧倒的だ。テーベにはその全てがあった。
確かに、カイはいくつかの学科では優秀で容姿も抜きん出ている。
だが、神官としての作法も無茶苦茶で、山出しでは逆立ちしたってお付きになれるはずがなかった。
しかも、最近のミコーヤ教の教義の成績は最悪なのだ。
お付きには、テーベのような上品で成績優秀な男子こそ選ばれるのだ。
テーベは、春分の日の夜お付きに選ばれ、そのまま大神殿の後方にあるシーナさまの部屋へ誘われる場面を妄想して酔った。
使者を迎える自分。仲間たちの羨望の眼差し。先輩たちの悔しそうな目付き。カイは面白くなさそうに明後日の方向を見るだろう。ざまあ見ろ、だ。
いいさ。みんな、思い知れば良いんだ。
僕はみんなと違うんだ。
そもそも、神学校へ入ったのだって、おじいさんから始まって三代目だし、両親とも神学校の卒業生なのだ。
お付きには、テーベやカイの属する学年とその一学年上と二学年上の全ての神官(親衛隊員や国防軍兵士)及び神官見習い(神学生)が候補になる。
しかも、男だけだ。
徹底した男女平等をとるミコーヤにおけるただ一つの例外だ。
お付きにならなければ先達になれない。だが、お付きから先達になれれば、無条件で大神殿の上層部に入れるのだ。
春分の日当日。お付き選び最大の山場である巫女との対面の場。
天敵とも言える男がそこにいた。
驚いたことに、作法を無視してシーナさまの顔を直視している。やっぱりあいつは山出しの無作法だ。
巫女との対面では、視線はシーナさまの足下までというきまりがある。しかも、こんな遠い場所から見ても見えるはずがないのに。
無駄な好奇心に胸クソ悪くなった。
候補者全員の説明が終わると対面が終了し、解散となった。
一大イベントが終わった安堵感もあって、スーホたちと一緒に牡鹿亭へ出掛けた。
牡鹿亭は市場の近くにある食堂で、酒も出る。神学生や親衛隊員御用達の店だ。
味はまあまあだが、量が半端じゃない。育ち盛りの神学生や親衛隊員にとって、何より優先されるものだ。
神学生の間は酒はご法度だが、みな卒業したばかりだ。言うなら解禁直後だ。
巫女との対面が終わって、気分が高揚しているお付き候補たちは、酒に酔った。
神学校の男子学生にとって人生最大のイベントが終わったのだ。
そこで、テーベは悔やんでも悔やみ切れない失敗をした。
カイとシーナさまの容姿について論争したのだ。
牡鹿亭には、テーベたち優等生グループだけじゃなく、去年の卒業生のグループも一昨年の卒業生のグループも来ていた。
テーベたちが陰で落ちこぼれグループと呼んでいる成績の良くない連中まで来ていて、その中心にカイがいたのだ。
カイは、居並ぶ仲間に得意気に自慢していた。
自分はシーナさまを直視した、と。そして、その結果、二十代後半と言っても良い容貌だったと言い切ったのだ。
聞き捨てならないことだった。
思わず、テーベは割って入った。
後から考えれば、カイの与太話なんか放っておけば良かったのだ。
「馬鹿なことを言うな。シーナさまは、セフィーラさまが子供の時にミコーヤへ来られたのだ。だから、セフィーラさまが六十を超えている今現在、優に七十を超えているはずだ。
そもそも、視線は足下までという作法に反すること自体不敬だし、あんな遠いところから、見えるはずがないじゃないか」
最初は言い争うだけだった。だが、互いに激して、終いに、優等生代表のテーベと野生児カイの取っ組み合いになってしまった。
これまでの鬱憤が爆発したのだ。
何もこんな大事な日にこんなことをしなくても良かったのに。テーベは後に猛省することになる。
結局、牡鹿亭の亭主が神学校に通報し、一同全員で元担任(三日前に卒業式があったので、テーベたちは正確には卒業生であって、神学生じゃない)の呼び出しを食らった。
連行された面々がずらりと並んだその前で、テーベとカイは二人並べて説教された。
このタイミングで説教されるなんて。テーベは頭を抱えた。お付きに興味のないカイと違って、テーベにとって人生最大の挑戦なのだ。
お付きの発表は、対面の日の翌日の日の出までに行われる。選ばれた当人がシーナさまの居住する部屋に呼ばれるのだ。
今日のうちに寮の部屋へ戻らなければならないのに、こんなところで足止めを食うなんて。
長い説教が終わって、慌てて部屋へ帰ったテーベは、イライラしながら使者を待った。
時間の経つのが遅い。
夜が白々と明け始めても、何の連絡もない。
落ちたのだ。テーベは体中の力が抜けるように感じた。
牡鹿亭の1件は痛恨の失敗だった。
じゃあ、ルカに決まったのだろうか。まさか、レビという落ちはないだろう。どっちにしろ、お付きの座を他の男に取られたことは間違いない。
朝食のため食堂に行くと、一同がテーベを気の毒そうに見た。テーベにとっては屈辱以外何ものでもない。
本命と言われた自分を押しのけたのは、ルカかレビのどっちだろう。それもこれもカイのせいだ。ふつふつと怒りがこみ上げた。
友人たちは腫れ物にでも触るようで、声も掛けて来ない。逆の立場だったら、テーベだって、同じような対応をとるだろう。
テーベの無念を知りながら、唯一平然と声を掛けて来たのはニケだった。
ニケは気の毒そうにテーベを見ながらも、あっけらかんとした調子で教えてくれた。
「残念だったわね、テーベ。お付きはカイに決まったんですって」
「カ…イ…だって…」
一瞬めまいがした。
なんであいつが。テーベと一緒に、昨日トラブルを起こして説教されたのに。
同じ失敗をしたはずなのに。
いや、あいつは不敬の罪さえ起こしている。
それなのに、あいつはお付きになって、自分はなれなかった。
どう言うことだ。
目の前が真っ暗になった。
カイのペースを乱されるテーベがつくづく気の毒になります。




